0 プロローグ
何気ない日だった。
クラスメイトの友達と一緒に、何気ない話をしながら、いつもの通学路で学校から帰る。
お母さんもお父さんも、仕事が忙しくていないのはわかっているから、ランドセルを片付けたり、用意されてる軽食用のお弁当を持って支度したりして、塾へ向かって私立中学校の受験勉強。
何ら変わりない、いつもの出来事のはずだった。
横断歩道でいつものように「今夜の夜ご飯なにかなー」なんて適当なことを考えていた。すると、突然明るくなる視界。
(眩しいなぁ)
気づいたときには、目の前にトラックが物凄い勢いで迫ってきていた。
悲鳴を上げることすらできなかった。
そして、私の意識はそこで途切れた。
◇
ずっとずっと、深い深い海の底に漂っているような感覚。
海の底になんて行ったことはないけれど、きっとこんな暗くて冷たくて静かなところなんだろう。
(……動けない)
苦しくもない、つらくもない、でも何もできない。
ただ、ここに自分がいるだけ。
何で私はこんな真っ暗なところにいるんだろう、と思い出そうとして、ゆっくりと身体が浮き上がるような、ふわふわするような、そんな不思議な気持ちになる。
「どうかどうか、お願いだから、目を覚まして……っ!」
この声はお母さんだろうか。お母さんの声が聞こえて、キュッと胸が苦しくなる。
「もう一度、お願いだから」
お母さんの苦しそうな声。つらそうな声。こんな声は今まで聞いたことがなかった。
(お母さん、泣いてるの?)
何をそんなに悲しんでいるのだろうか。私に何ができるかな。お母さん大丈夫かな。
どんどん疑問や感情が湧いてくる。今までにない感覚。
ふっと身体が軽くなる。
今なら、手が動くかもしれない。
……そう、今なら頑張れば、きっと。
今までで一番というくらい、全力で動く。それが実際には指先しか動かせなかったとしても、それが今、私にできる全力だった。
「……っ、麻衣?!看護師さん、看護師さん!麻衣、麻衣が!!!」
ザワザワと色々な音が聞こえる。
先程まで静かで真っ暗なところにいたというのに、今は明るくて真っ白な空間にいることに気づく。
(ここは、どこだろう)
ぼんやりと、あまりの眩しさに目を細めながら、私は長い時を経て目覚めた。