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Ⅳ.オムライス



それから三日経ち、亜紀を大学に迎えに行き無言のままで亜紀の自宅に着いてしまった。


「賢?どうしたの?」

心配した亜紀が顔をのぞく。

「亜紀…話がある。」

やっと重い口を開いたが、やはり言葉が出てこない。





「賢、距離を置こう。」





亜紀が唐突に声に出した言葉は、俺が声に出せなかった言葉だった。




「あの事件から、まだ少し賢や他のメンバーに会うの辛くて。賢とも、他のみんなとも距離を置きたい。」


亜紀の本心なのだろうか…


いや、きっと俺の気持ちを汲み取って…




「わかった…。」





「じゃ、またね。ちゃんとご飯食べるんだよ?」

「………うん。」



亜紀はそっと、俺の手を握った。


グッと涙を堪え、無理矢理笑顔を作った。



「大丈夫。わたしたちは、大丈夫。」


握った手に力が込められた。



俺は頷くことしかできなかった。



亜紀を幸せにするって約束したのに…













賢の表情があの日から思い詰めたような様子だった。


きっと賢のことだから、社長に距離を置くように言われたけど、葛藤していたのだろう。



でも、今の賢にとって、その言葉を伝えるのはとても苦しいことだと思った。




「賢、距離を置こう。」




そうわたしが言った時の賢の表情は、少しびっくりしていた。



賢、いつもわたしのことを一番に考えて行動してくれてありがとう。



今は、わたしのことよりもバンドの未来を優先してほしい…そう思った。



「大丈夫。わたしたちは、大丈夫。」



それくらい私たちは強い絆で繋がっているって信じてる。







「もしもし?亜紀?」

亜紀からの連絡は久しぶりだ。


「うん。ちょっと翼にお願いしたことがあって。」

「それより大丈夫か?無理してないか?」

「うん。大丈夫。多分、今一番辛いのはわたしじゃない。賢だよ。きっと、自分のことすごく責めてると思うし。」

「そうだよな…。」

「それでね、当分賢のことお願いしたいの。」

「え?なんで?」

「ちょっと落ち着くまで、賢ともみんなとも距離を置こうと思って。」

「賢から言われたのか?」

「ううん。わたしから話した。でも、きっと社長さんから言われてたんだと思うよ、距離置けって。ここ数日、思い詰めた表情しててさ。」

「そうだな…。俺らの前でも無理してたかも。」

「わたしとのことなんて、これから先どうにかなるけど、DIM-TAMにとっては今が一番大事な時期だと思うし、色々な予定がきっと組まれてると思うし。」

「まあな…。」

「だから、翼にお願いがあるの。」

「おう。なんでも言え。」

「賢をひとりにしないで。ご飯もろくに食べなくなるから。お願い。」

「ああ、わかった。」

「じゃあ、またね。」

「亜紀。ごめんな、ありがとな。」



高校からの仲である賢のこと、俺はわかっていたはずなのに…


亜紀の心配と自分たちバンドの心配しかしてなかった。




「賢をひとりにしないで。」



亜紀が言ったその言葉が心に強く響いた。






.




「行ってくるわ。」

「今日は何時に帰ってくるの?」

「多分、20時には。」

「みんなも同じくらいの時間かしら。」

「今日は打ち合わせと音合わせくらいだからそんなに遅くならないかも。」

「じゃ、もし誘えたらご飯食べにきてって声かけて。」

「ああ、ありがとう。後で連絡するわ。」

「よろしくね。」




亜紀の電話から2週間。

ツアーの準備もあり、今日はグッズについての話し合い。


剣斗は時々想いに耽る場面もあるが、徐々に落ち着いてきているようだった。




「今日、うちの母さんがご飯食べに来ないかって言ってるんだけど、どう?」

「翼ママの手料理!食べたい!」

「魅波が行くなら俺も。」

「剣斗はどうする?」

剣斗は少し考えて、

「…ん、じゃあ行く。」

と答えた。


「よし。今日は翼ママの手料理食べに行くぞー!!」












大学の午前の授業が終わって、食堂に向かう最中に電話が鳴った。

「はい。谷沢です。」

「もしもし?亜紀ちゃん?翼の母です。」

「翼ママ!?どうかしました?」

「今日、あの子達がうちにご飯食べにくることになったんだけど、一緒にご飯作るの手伝ってくれないかしら。」

「え、いいんですか?」

「剣斗くんと亜紀ちゃんのこと、翼から聞いて何かわたしにできないかなって。」

「ありがとうございます。ちょっとご飯食べられてるか心配で。距離置くことにした時、翼にお願いしてたんです。」

「本当に剣斗くんは幸せね。」

「あ、でも。剣斗には会わない方向でお願いできますか?ご飯は作ってあげたい気持ちはあるけど…。」

「うん。大丈夫よ。剣斗くんに、ご飯作ってあげて。」

「はい!じゃあ、次の授業終わったらすぐに向かいますね。」

「ええ。待ってるわ。気をつけて来てね。」




翼ママの粋な計らいに、心が温かくなった。



賢に料理を振る舞うなんて久しぶりだなあ。



賢の好きな食べ物作ってあげたいな。












「じゃ、出発するぞー?」

「おう。」

「楽しみだなあ♪」

「………。」



剣斗は柳の隣で無言で座っていた。


「なんか久々だな、こうやって4人でご飯食べるの。」

「竜ちゃんも遊びに来いって言ってたぞ。」

「竜ちゃんの焼き鳥喰いてー!」


他愛もない話をしていると、俺と亜紀の地元に近づいてきた。



「久しぶりだな〜。」

「だな。」


「あ、ここが母校ね。」

「亜紀ちゃんが教育実習してたところ!」

「もう一年近く前になるのかあ。」

「誰もいない学校って、なんだか不気味だよな。」

「職員室に残ってる先生とか怖くないのかね?」

「楽しそうだけどな。」

「柳、肝試し好きだもんな。」



剣斗は何も言わず、外を眺めているだけだった。







「お邪魔しまーす!」

「あら、みんなお久しぶり!さあ、上がって。」


久しぶりに大きな円卓を囲んだ。



「さ、賢くんも食べて。オムライス、賢くんのために作ったのよ。」

「ありがとうございます。」


賢は一口食べた後、少し顔色が変わった。


「このオムライス…亜紀の…。」

「さすがね、賢くん。」

「亜紀ちゃんが作ったの!?」

「ええ。一人じゃ作りきれないから、亜紀ちゃんにお手伝いしてもらったの。」

「亜紀…」

「賢のこと、頼まれたんだよ。賢のことひとりにしないでって。」

「亜紀ちゃん、食欲あるか気にしてたわよ。」

「会いたい。亜紀に。」

「行ってこい。」



賢は俺の家を出て、西に走って行った。













お風呂から出て髪を乾かしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はいはいはいはい〜、隣の山田さんかな〜。」

と、お父さんが扉を開けに行った。



「亜紀!賢くんが来てる!」


洗面所まで走ってやってきた父が玄関を指して息を切らして言った。


「え?賢?」


玄関に向かうと、肩で息をしてる賢が玄関の扉の前で立っていた。


「亜紀…。」

「オムライス、食べてくれたの?」

「うん。ありがとう。ありがとうっ…。」

ぎゅっとわたしを抱きしめた。


「ごめん。本当に、ごめん。」

「なんで謝るの?」

「だって、、」


賢は子供にもどったかのように泣いていた。


「賢は口下手だし、加えて甘え下手だからなー。」

「由美そっくりだな。」

「お父さん。」



たったの2週間会ってなかったけど、元々細い体がひとまわり小さく感じた。



「心配した通り、ご飯食べてなかったんでしょ。」

「うん…でも亜紀が作ってくれたオムライスで食欲戻ったよ。」

「チーズが入ったオムライスね。」

「うん。谷沢家特製の。」


「賢くん。週に何回かご飯だけでも食べにこないか?」

「でも…迷惑じゃ…。」

「今の2人に大事なのは、距離を置くことじゃなくて支え合うことなんじゃないか?亜紀の周辺も落ち着いたし、毎日送迎しなきゃって思わなくても大丈夫だから。」

「賢が来ないのお父さん寂しがってるんだから。」

「賢くんはもう家族の一員だと思ってるよ。」

「お酒の相手もしてくれるしね。」



「さ、翼の家帰ろっか。わたしも翼ママのご飯食べたい。」

「うん。食欲出てきたからお腹すいた。」

「ちょっと着替えてくるね!」











家のチャイムが鳴り、インターホンを覗いてみると、亜紀と賢の姿が映った。

「扉開いてるからご自由に〜」

「はーい」



「おじゃましまーす。」

「ただいま。」

2人が手を繋いで戻ってきた。


「亜紀ちゃーん!会いたかった!」

「魅波、自重しろ。」

「はーい…」


「みんな、心配かけてごめん。」

賢が頭を下げた。


「わたしが悪いの。距離を置くって言って極端に連絡もしなくなったから。」

「そりゃ、賢も落ち込むわな。」

「社長にも距離を置って言われて…」

「ま、剣斗らしいんじゃん?だって、バカ真面目だし。」

「魅波と違ってな!」

「おい!俺も最近大学の勉強頑張ってるんだから!」

「魅波くん、えらい!」

「亜紀ちゃーん!ありがとう!!みんな優しくないんだから!」


「それで、2人は今後どうするの?」

2人が目を合わせて、賢が口を開いた。

「亜紀のお父さんから、ご飯食べに来てって言われて。」

「ツアーも始まるし、外でのデートとかはあまりできないけど。」

「送迎はもう無理しなくていいってお父さんに言われたから、いい距離感で付き合おうと思う。」

「ま、どちらかが無理してたら関係続かないし。それくらいの距離保ってみるのもいいかもな。」

「柳の彼女も忙しい人だもんな。」

「あぁ、そうだな。」

「えー!柳くんの恋バナ聞きたい!」

「わたしも聞きたい!」

母さんと亜紀が目をキラキラさせていた。

根掘り葉掘り聞かれる柳を横目に、賢が「ありがとな。」と俺に伝えてきた。

「いいってことよ。ほら、ご飯食べるぞ。」

「腹減った!食べよ!」



賢が食欲を取り戻した姿を見て安心したのと同時に、亜紀の幸せを心から願った。













.


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