Ⅱ.イタズラ好きな神様
亜紀が連れ去られて1時間。
電話が切られて30分が経つ。
「こちらC班。カラオケ店に到着。」
「了解。男女2人で入った客がいないか確認しろ。」
「了解しました。」
無線で他の班からの連絡が入る。
A班には魅波と柳
B班には剣斗と亜紀の父親
C班には玲架と桂さん
それぞれ警部さんについて向かった。
「B班、スタジオに到着しました。灯がついている模様。」
「警部、スタジオの管理人を連れてきました。」
「ご協力ありがとうございます。」
「今日の予約は一件。Bスタジオにタナカという名前で予約があったようです。」
「失礼ですが、ご本人にはお会いしていますか?」
「い、いえ。去年のリニューアルから鍵はダイヤル式になりまして。予約して決済が終わった際にその番号が通知されるという感じですので…。普段は予約が入っていない時間に掃除に入るくらいで。」
「なるほど。では、予約した本人とは会ってないということですね。」
「は、はい。」
警部がスタジオの管理人と話をしていると、剣斗のスマホが鳴る。
「警部、恋人の携帯に入電が!」
「出てください。」
「は、はい…。」
剣斗が電話に出ると。
「おお、剣斗か。」
「煌!亜紀は、亜紀は…!!」
「睡眠薬で寝てるよ。」
「おい、お前何する気だ!」
「何する気って、当たり前だろ。寝てる間に犯すんだよ。お前の大事な女をな。」
「やめろっ!!」
「お前だって、俺の明菜を殺しただろ!」
「明菜となんの関係があるんだ!」
「知らねえよな。当たり前か。俺と明菜は、兄妹みたいなもんなんだよ。」
「兄妹…?」
煌は、電話の向こう側で話し始めた。
『これから突入する。電話で気を逸らしてくれ。』
と、刑事がメモを渡してきた。
俺は小さく頷いて、話を続けた。
「明菜のことは、ごめん…。俺が守ってやれなかった。」
「守ってやれなかった?ふざけるな!お前が妊娠させたんだろ!」
「それは、誤解だ。嫌がらせで流された噂だった。俺も知らなかったんだ、明菜が死ぬまで…。後悔してるんだよ。」
「後悔してる?そんな奴が、他の女と付き合うか?」
その言葉に、俺は言葉が詰まった。
「違う!剣斗は、わたしに全部教えてくれた。明菜ちゃんの分まで、私が生きるって決めたの。」
「うるせぇ!!」
「きゃー!」
大きな物音と共に、亜紀の悲鳴が聞こえる。
「亜紀!!」
「剣斗、早く迎えに来いよ。どこかわかんねえのか?」
「くっそ…」
また自分の愛する彼女を助けられないのか…と思ったその時。
「警察だ!人質から手を離しなさい!」
「亜紀ちゃん!」
「魅波くん!!」
「煌、もうやめろ。罪を重ねてどうなる。もう、明菜さんは帰ってこないんだ。」
「柳さん…」
「お前と明菜さんは児童養護施設で育ったんだってな。」
「そんな…」
「ああ、そうだよ。明菜の笑顔が俺の生きる糧だった。そんな奴を死に追いやった剣斗に復讐して俺も死ぬつもりだった。」
「明菜ちゃんはそんなこと望んでない。剣斗のために死んだんだ。ファンに追い詰められて、剣斗に別れを告げて…。」
「あの時の剣斗は、誰も手がつけられなかった。ずっと心を閉ざしていた剣斗や俺たちの前に現れたのが、亜紀さんだ。やっと、心を開いて剣斗は新しい幸せを手に入れようとしてるんだよ。どうかお願いだ…剣斗のためにも、明菜さんのためにも、もうやめてくれ。」
「明菜のため…」
煌の表情が変わった瞬間、警察が亜紀を確保した。
「人質確保!」
「23時19分、誘拐及び殺人未遂の現行犯で逮捕する。」
繋がっていた電話は、事件の解決と同時に切られた。
亜紀が搬送された病院に向かうと、待合室に魅波と柳と一緒に亜紀が座っていた。
「亜紀!」
「賢。お父さん。」
「ごめん。守ってやれなくて。」
亜紀を抱きしめて、俺はこの言葉しか出てこなかった。
「なにいってるの?賢が気づいてくれたんでしょ。嬉しかったよ。」
「ごめん…」
「もう、泣かないで。わたしは生きてるよ?無事だよ?」
「亜紀…」
玲架と桂さんが到着して、事情を魅波が説明した。
現場にいた魅波は、不思議な顔をしながら口を開いた。
「それにしても、煌が賢の元カノと同じ施設で育ったって…知らなかったな。どうして柳が知ってたんだ?」
「煌が昔、俺に写真を見せてくれたんだよ。『いつか俺が幸せにしてやるんだ』って。」
「柳には心開いてたもんな…。」
「なるほどな…。それで、ネットで検索して、剣斗が原因だと勘違いしたってことか。」
「偶然、だったのかなあ。」
「神様ってイタズラ好きだよな。」
「本当だよ!だって、俺と亜紀ちゃんが付き合えないなんて!!」
「おい、いい加減諦めろ。」
「いいんじゃん?亜紀に出会って聖太変わったしな。」
「えへへ!」
「ま、片想いだったら許してやるか。」
運命の悪戯はどこまで俺たちを苦しめるんだろうか。
俺らは一緒にならなきゃよかったのか…?
乗り越えたこの先に、俺らの幸せが待ってるのか…?
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