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Mission 01: Nightmare

西暦26世紀,宇宙航空技術は飛躍的な進歩を遂げ,地球から月への旅行が実現していた.飛行機で海外旅行に行くのと同じ感覚で,スペースシャトルで地球から月へ,または月から地球へ旅行することができるようになった.


灰色の岩石とクレーターしかなかった大地には,「コロニー」と呼ばれる居住区域が数多く建設された.これは,地球から月へ派遣された開拓団による長年の開発の賜物である.そのコロニーは,住宅街,商業施設,学校など,地球上にあるのと何ら変わらない施設を多数備えていた.おかげで,人類はそれまで地球上で営んでいた生活を,月面上にそのまま再現することを達成したのである.


しかし,ここである問題が浮上した.それは,「月は誰のものか」という問題である.


月面コロニーの利権をめぐって,国連加盟国の中で,月面コロニーの所有権を主張する国が続出した.このニュースは,地球上の世界各国で報道され,月面にも知れ渡ることになった.西暦2534年8月10日,月面の人々は,「月は地球上の誰のものでもない.醜いパイの奪い合いに巻き込まれる筋合いはない」として,「月面共和国」と称する独立国家の樹立,および地球からの完全な独立を宣言した.


しかしその2年後,西暦2536年6月26日,国連加盟国の中で最大の国力を誇るロイシュラント連邦,通称ロイシュが,月面共和国に宣戦布告,侵攻を開始した.以前から月面コロニーをわがものとせんと画策していたロイシュは,最新鋭の人型機動兵器「ゴーレム」をはじめとする圧倒的な兵力によって,月面共和国の半分,地球から見た月の表側を占領した.しかし,月面共和国軍は,月の裏側に多数存在するクレーターや地面の起伏を利用したゲリラ戦によって,ロイシュ軍に抵抗した.戦線はやがて膠着状態に陥り,両勢力は終わりのない泥沼の抗争を,漫然と続けるに至った・・・.


―――


「父さん!母さん!」


少女は,燃え盛る炎の中で,そう叫んでいた.


月面コロニー17は,ロイシュ軍のゴーレムにより蹂躙されていた.火の海を歩く巨大な影.彼女はそれを死ぬまで,いや死んでからも,ずっと忘れることができないであろう.なぜなら,その影が,少女からすべてを奪ったのだから.大好きだった家族も,大好きだった友人も,大好きだった町並みも,風景も,何もかも全てが,ゴーレムによって火だるまにされてしまったのだから.


少女は,自分以外誰も生きていないことを悟った.そして,泣いた.叫んだ.しかし,彼女の目からこぼれ落ちる涙は,火の海の熱さに蒸発してしまった.


気が付くと,ディアナ・サザーランドの視界には自分の部屋が映っていた.自分の体はベッドの毛布に覆われている.周りを見渡すと,いつも見ている机,いす,本棚,テレビ,そしてミュージックプレイヤーが見えた.なんだ,またあの夢か.あれ以来毎日そんな悪夢を見ている.自分の体が汗びっしょりになっているのに気付いた.


ディアナはベッドから立つと,テレビを見ながら昨日朝食用に買ったパンを2個食べ,歯磨きをした.タイミングを計ったかのように,部屋中にチャイムが鳴り響いた後,ダミ声のアナウンスが流れた.


「まもなくゴーレムによる模擬戦を開始する.該当者はゴーレム格納庫まで来るように.」


そっけないアナウンスを聞いた後,ディアナはパイロットスーツに着替え,自分の部屋を出て,ゴーレム格納庫まで歩いて行った.


それにしても,皮肉なものだ.ゴーレムを憎んでいる自分が,まさかゴーレムに乗って戦うなんて.でも,自分が乗っているのは月面共和国のゴーレムであって,ロイシュのゴーレムではない.あの時のゴーレムにしっぺ返しを食わせるためには,やはりゴーレムに乗って戦うのが一番だ.毒を以て毒を制す.目には目を.ゴーレムにはゴーレムを.奴らは絶対許さない.


ディアナは格納庫に到着した,やがてその場に模擬戦の参加者16人全員がそろった.横一列に並んだ彼らの前で,上官のイワーノフ・ザムチェフスキー大佐がダミ声を張り上げて点呼を取ったあと,模擬戦の説明がなされた.さっきのアナウンスの主だ.


「これよりゴーレムによる模擬戦を開始する.模擬戦では実弾の代わりにペンキ弾を使用する.諸君らには赤と青の2チームに分かれて対戦してもらう.ペンキ弾が当たった者は即退場だ.どちらかのチームが全滅するか,開始後1時間経過した時点で終了とする.模擬戦だからといって気を抜くな!実戦のつもりで気合を入れてやれ!いいな!」


「はい!」


参加者たちの返事が威勢よく格納庫内に響いた.大佐が続ける.


「では,諸君らのうち左半分が赤チーム,右半分は青チームとする.総員,配置につけ!」


ディアナ・サザーランド准尉は左半分に並んでいたため,赤チームとなった.参加者たちは後ろにあるゴーレムに駆け寄っていく.ゴーレムは高さ6メートルの人型ロボット兵器であり,人間から見たらまさしく鋼鉄の巨人である.その巨人たちの背中に,パイロットが次々と乗り込んでいく.


ゴーレムたちは,両足を地面に着けたまま,足元に付いたタイヤで広々としたグラウンドにゆっくりと動き出す.全てのゴーレムが配置についた後,大佐が模擬戦の開始を告げた.グラウンドをペンキ弾が飛び交う.大佐が開始前に訓示した通り,実戦同様の激戦であった.ペンキ弾に直撃されたゴーレムが,大佐の離脱命令に従い,次々と退場していく.この激戦のさなかでも,ディアナは奮戦していた.ある時はペンキ弾の雨の中をかいくぐりながら,またある時はグラウンドの地面の起伏,岩や壁などの遮蔽物に身をひそめてタイミングをうかがいながら,敵チームのゴーレムに的確な攻撃を与えていった.


開始30分で,両チームのゴーレムは3機ずつ残っていた.ディアナも奮戦の結果,この時点まで残留することができた.


模擬戦終了まであと5分というところで,青チームのピエール・ベディヴィエール准尉が,自らの機体の右肩に赤ペンキを受けた.すぐさま大佐から離脱命令が出たが,


「大佐!自分はまだやれます!」


「ばかもん!実戦だったら片腕が使えない状態だぞ!さっさと離脱しろ!」


そういわれて,コックピットを両手で殴ったのち,素直に離脱した.


それから5分後,開始1時間経過により模擬戦が終了した.残留した機体は赤チーム3機に対し青チーム2機で,ディアナの所属する赤チームの勝利であった.


ディアナは模擬戦が得意だった.最初は弱かったが,回数を重ねるにつれて,今や常に良好な成績を収めるようになっていた.ここまで強くなれた理由は3つある.1つ目の理由は,身体能力や戦いのセンスが生まれつき優れていたから.2つ目の理由は,誰も殺さず,自分も死なずに済む模擬戦にゲーム的な魅力を感じていたから.そして,3つ目にして最大の理由は,ロイシュに対する憎しみ,絶対に倒してやろうという気持ちが,彼女の闘争心を増幅していたからである.


模擬戦終了後,ゴーレムたちが後片付けをしている最中に,異変が起きた.基地全体に,人の叫び声のような警報が鳴り響いたのだ.やがて,本物の人間の叫び声が,警報の理由を告げた.


「ロイシュのゴーレムが空中より接近中!数は30!総員戦闘態勢に移れ!これは演習ではない!繰り返す,これは演習ではない!」


その場にいた全員が凍り付いた.ディアナも例外ではなかった.自分たちの倍くらいの敵が突然やってくるのだ.しかし,一瞬の凍結はすぐに破れ,ゴーレムたちは格納庫に走っていった.


「演習のあとに実戦とか,タイミング良すぎだろ!」


ある兵士のつぶやきが無線で聞こえた.


この時,ディアナの心臓の中では,二つの感情が渦巻いていた.ロイシュのゴーレムに対する恐怖と,今の模擬戦の成果を見せられるという高揚感.気持ちの整理がつかないまま,ディアナのゴーレムは,格納庫の中で実弾をのアサルトライフルに装填していた.

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