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異世界に来たので逃げます。  作者: 焼き餃子
第一章 人生が終わり、人生が始まる。
9/15

第八話『いつもの。つまり戦術的撤退。直訳を逃げると訳す』

「腕痛ぇ...指痛ぇ...本当にこの町に治せる人いるの...?」

「は、はい...確かいたと思います」

 さっきからぶつぶつぶつぶつと文句ばっかり垂れている白髪のニート一直線のような容姿をしている静海隼人と、綺麗な銀髪をたなびかせた少女フェリルはある町の前まで来ていた。

 この状況の出発点は盗賊を倒したところまで遡る。


「んじゃ...これで俺とお前の協力関係は終わりだ」

 盗賊を倒して満身創痍な隼人は急にそんなことを言い出した。

「え、でもハヤトさん...そんな体じゃ...」

 当然フェリルは拒否しようとするが、隼人は首を横に振った。

「元々逃げ切ったら『勝手』にしろって話だっただろ?お前は自由なんだ...後は勝手にすればいい」

「...だ、だったら」

 フェリルは強い意志を感じる表情で『だったらハヤトさんと一緒に行きたい...』と意を決して言おうとした時だった。

「あ、いや...ごめん」

「え?...はい?」

「俺、町までの行き先知らねーんだ」

「えぇ!?」

「......いや、ほんとごめん...すみません...道案内してください、お願いします...!」

 まさかの隼人が速攻で折れるという、なんとも情けないことになってしまった。

 ということで協力関係続行。ついでに隼人のなけなしのカッコよさもすぐに霧散してしまうこととなった。


「そういえば、お前って猫耳隠せるんだな」

 フェリルの銀髪を見ながら気になったことを聞いてみる。さっきまではピコピコ動いてたと思う猫耳と尻尾がいつの間にか消えている。

「えっと、隠蔽魔法のようなものです...エンチャントの一種ですね」

「...そのエンチャントとか知らんのだけど」

 いきなり魔法の中で専門用語っぽいのを出されてもよく分からない。この世界の一般常識なのかもしれないが勝手に連れてこられた身としては勉強する気とか起きない。

 というより、隼人の中で魔法=クソ天使のイメージが死んだとき定着してしまってムカついてくる始末だ。


「俺の傷も魔法で治んの?」

「魔法では治らなかったはずなんですけど...治癒する技術を持った人がいるんです...すごく有名な人が」

「ふーん」

 適当な返事を返しつつ、それなら早く治してもらおうと隼人が歩を進めようとした時だった。

 フェリルが無意識なのか震えて固まってしまっているようだった。

 まるでこの先に進んだらトラウマが再発するのが分かっているかのように。

「...どうした?」

「あ、いえ...すみません、行きましょう」

 出来るだけ気丈に振舞おうとして無理やり笑顔を作っているが、今にも崩れてしまいそうな表情だ。

 今の隼人にはその原因が何なのか知る術はない。

「...あぁ、そうだな」

 それでも、ここまで案内してくれた礼として、何かあったら力になろうとは思ったが。


「活気ある街だな」

 隼人が適当に見ていて感じた第一印象はそんな感じだった。

 異世界転生というワードで思いつく印象とその街は完全に同じで、中世ヨーロッパのような雰囲気だった。

 それでも、意味不明な防具や服を身に着けた人もいたりで、それだけがこの世界のオリジナリティを支えているような気がした。

「はい...ここは『アルカード』という町で...元は廃れた村だったらしいですけど、最近になって一気に城下町みたいになったとか...」

「ふーん...最近ってどんぐらい前なん?町単位だから10年とかそういうのか」

 隼人は適当に答えていたが、政府とかそういうのが関わっていない限り、文明化なんてそれぐらい時間がかかるのではと思った。

「二年でこうなったとか...」

「...適当に答えたけど、早いのか遅いのかわっかんねーな、やっぱり」

 自分の興味あることや適当なところで聞いた雑学だけは無駄にある隼人は、普通に自分のものさしが乏しいことを今更ながら悟った。


「あーいう意味わからなん服着てるのは、なんなんだ?」

「あれは...『冒険者』さんですね...この町はギルドも置かれて冒険者さんには人気があると聞いています」

 やはりそうかと、内心予想が当たりまくって怖くなってくる隼人。

 自分が勇者だという話もそうだが、この世界は都合のいいような異世界が現実になっているような感じがする。

 リアル感に欠けるというか、何かが違うという違和感が心の奥底からぬぐい切れない。

「ギルドなんてものもあるのか...怖そ...近寄らんどこ...」

「本当に人気がある理由はそこじゃないと思いますけど...」

「は?んじゃ...」

 隼人はフェリルがぽろっとこぼした、地味に重要そうな情報を真剣に考えてみる。すると不思議なことにぽろっと結論が浮かんだ。

「あぁ、治癒できる人がいるからか。魔法で治癒出来ないんだっけ?」

「はい。えっと魔法の詳しい説明は私もよく出来ないんですけど...この町にいる人は不思議なことに治癒が出来るんです...」

 治癒というのはこの世界でもかなり貴重であるらしい。あの森がアルカードに近かったのは運がよかったのか。本当に運がいいなら異世界転生なんてしないと思うが、と隼人は内心毒づく。


 数分間フェリルと一緒に歩いてきて分かったが、フェリルの足取りに迷いが一切ない。

 普通人探しなんて適当に寄り道のように右往左往しそうなものだが。

 そのまま歩いていくと、ある大きな建物に向かっているのがなんとなく分かった。

「あの『教会』か?向かってるのって」

「あ、はいそうです...きっとあの建物に居るはずです...」

 隼人が特段でかい教会を指さすと、フェリルは頷いて同意した。

「んじゃ、俺は適当に人間観察でもしてますかね」

 目的地も分かって人を探す必要もなくなったということで、隼人は本格的に好奇心で色んなものを見始めた。

 歴史なんて好きでも何でもないが、こうやって間近で見ると本当にこんな建物や乗り物。生活習慣で過ごしている人たちがいるんだとある種の関心がある。

 だが色々なものが見えると、見たくないものまで見え始める。


「......」

「......」

 二人はここから無言になってしまった。

 二人とも知っている。ここは嫌悪も同情もしてはいけない。それは両方ともある種の侮辱だ。

 一見活気があるように見えるが、ところどころに明らかにまともな生活が出来ていない者たちがいる。

 隼人はこの様子を見ながら、自分の数少ない授業の記憶を思い出していた。

 西洋の大産業革命とやらの時はこのように金持ちが更に金を蓄えていく中で貧乏人がさらに増え、本当にこんな都市が増えたらしい。

 今の隼人にはあの少年少女にどんな声をかけたらいいのかなんて分からない。ただ、優しい言葉も諦めたような言葉も今考えるのは間違ってるような気がした。


 ふとそんな影の部分から目線を外して今度は光の部分を見てみる。

「やっぱり、その剣かっこいいねー!」

「おう、そうだろ?遺跡の隅っこで眠ってた業物ってやつよ!」

「そんなの手に入れちゃうなんて、やっぱり運命かなー?」

「はは、もしかしたら勇者になっちまうかも!なんて!」

 ただ目線を逸らして、ある冒険者の一団の姿を見ただけなのに自然と聞きたくもない会話内容まで頭に入ってきてしまう。


「なぁ、『勇者』ってお前知ってるか?」

 そして本物の勇者の隼人はふと気になってフェリルに聞いてみることにした。

「『勇者』...ですか?はい、凄く有名な話ですし...『七人の勇者』さん。どんな人なんでしょう...」

「そうだな、どんな奴らなんだろうな」

「ハヤトさん...?」

「...悪い、ちょっと考え事だ」

 この時、自分がイラついていたのに気づいたのはフェリルが自分の顔を覗き込んできた時だった。

 『七人の勇者』。どんな話なのかは未だに分からないが、自分が勇者だというのは今も間違いじゃないのか、いや間違いであってほしいと思っている。

 だが―――


「......なんか哀れだよな。あーいうの」

―――本物の勇者らしい自分が運命から『逃げたい』というのに、ちょっとした運で力をつけ、それを運命だという奴らに隼人はバカにするどころか吐き気にも似た嫌悪感を覚えていた。

「あーいうの...とは?」

 隼人は冒険者に指さして感想を述べたが、当のフェリルはあまり考えたことも無いらしい。あんな冒険者が横行していて考えても無駄だから考える人がいないのか分からないが。

「まぁ、あれは表裏の一面なんだろうけどさ。あいつらきっと自分の望む結果じゃなかったら『そんなの間違いだ』とか言い始める。そんで望む結果になれば『これは運命だ』と言って、他の奴らを自分と無理やり比較し始めるんだよ。自分がどんだけ優れてるかって。そーいうのムカつくを通り越して哀れに思えてくるよな」

「...ハヤトさんは運命はお嫌いですか?」

 フェリルは不安そうに返答してくる。きっと嫌悪しているのが顔に出ているのだろう。

「嫌いってわけじゃなくて...それを盾にされんのが嫌いなんだ。さっき言った逆もしかり。そんな考えの上流階級の奴らに抑圧されてた下の奴が、力付けた瞬間同じ理論を振りかざして逆襲したりするのも嫌いなんだ。はぁ...」

ついに耐えきれないとばかりに大きなため息を吐いて隼人は言った。

「そんな『自分の正義』に重みを持たせられる奴なんざ...『運命』なんて『蜘蛛の糸』にすがるバカじゃなくて、『人生』っつー『土台』を積み上げてった奴だけなのにさ」

 ため息交じりに呟いたそんな隼人の言葉は、フェリルには本当に『重く』聞こえた気がした。

 したのだが―――


「「「おい、俺達がなんだって?」」」

「「...え」」

 いつの間にか、話題になっていた冒険者の一団が後ろから睨んでいた。

 どうやら―――いや、確実に聞こえていたらしい。フェリルは隼人の方を再び見るが、隼人は『完全にやらかしたオーラ』全開で『言葉の重み』もへったくれもなかった。

「あ、あのー...ははは」

「笑ってごまかそうとしてんじゃねぇよ。俺達がなんだって聞いてるんだ」

「そうよ、私には『私達が哀れ』とか聞こえて来たけど?」

「哀れなのは腕ケガしてるあんたじゃないの?」

 冒険者の一団―――というか男一人、女二人のグループは口々に言って、隼人の惨状を笑い始めた。

 本当に傍から見て、どっちが哀れなのか分からない状況である。


「あ、あの...ハヤトさん...」

「あ、あぁ...こうなったら『いつもの』を...」

 『いつもの』。つまり『戦術的撤退』。直訳を『逃げる』と訳す。

 二人は冒険者に背を向け、同時に走り出そうとするが。


「おい待てよ、そっちの可愛い子」

「えっ...」

 そんな二人の中で冒険者はフェリルの腕を掴もうとして―――

「させねぇって、そんなこと」

 ひょいっと隼人が先にフェリルの腕を引っ掴んで引き寄せた。

「おい、何すんだよ」

 そんな隼人を睨みつける男と汚物を見るような目で見る女二人。

「うっせぇよ、どうせ『逃げる』から言わせてもらうけどな。その剣だっせーよ」

「はぁ!?てめぇ、どこに目ぇつけてんだ!殺されてぇか!?」

「眼つける場所は見失ってねぇつもりなんだけどな。剣のかっこよさが+でもお前がだっせーから合計が-なんだよ、はっきり言わせんな恥ずかしい」

 『逃げる』側になると途端に煽り始める隼人。よく聞きなれた人とかはネタで言ってんだなとか分かるんだろうが、この典型的な冒険者には本気で馬鹿にされてると思ったらしい。その額にはよく見るまでもなく青筋が浮かんでいる。

「ぶっ殺す!」

「物騒な奴だな、出来るなら―――」

 この時、隼人は何か異質なものを感じ取った。


「殺し合いはいけません」

 それは背後から。はっきりとしたリズムの足音が背後から近づいてきていた。

 その足音の主を見た冒険者は動きを止めた。取り巻きの女冒険者二人も驚愕していた。

 フェリルも既に後ろを見て驚いていた。だがそれよりも―――

―――フェリルには何か恐れのようなものが強く見えた気がした。


 そして隼人も後ろを向く。

 そこには神官らしき人物が立っていた。

 黒いキャソックを身に着け、黒のロングヘア―をたなびかせた好青年といった感じだ。その眼は細いを通り越して目をつぶっているのではと思わせる。

「殺し合いなど、神が悲しみますよ...?貴方は神に背けますか?神の悲痛な声が聞きたいのですか?」

「い、いえっ...そんなことは...」

 さっきまで完全に殺気だっていた冒険者が完全に委縮しきっている。

「ならば、ここは手を引きなさい...たとえ、名誉が汚されたとしても、そのような方法で汚名返上をするのは間違っています」

「は、はい...」

 男冒険者は女冒険者二人を連れて、急いで逃げるようにどこかに行ってしまった。

 それはライオンなどのように常に危険な者から逃げる感じではなく、いつもは平気なのに、今回はその人の逆鱗に触れてしまい迂闊に会えなくなってしまったという感じだ。


「さて、ご無事ですか?」

「は、はい...」

 神官はそんな様子の冒険者たちの姿が見えなくなるまで見送ると、隼人とフェリルの方を向いて話しかけてきた。

 フェリルの方も、冒険者たちが行って安心しきってはいるが、なんとも言えないような複雑な表情をしている。

「......」

 隼人の方は去った冒険者たちのことなどどうでもよく、神官をまじまじと見ていた。

「おや貴方...ケガをしているようですね」

 神官はそんな隼人の様子はガン無視で、隼人のケガを見つけるとゆっくりと手で傷に触れ―――

「この者に神の奇跡を...」

 ただそう言っただけなのに、淡い光が神官の手から漏れ出て隼人の左腕に流れ込んでいった。

「あ...?今何を...」

「貴方の骨折を直しただけです...おや、右指もですか...」

 見れば確かに左腕の骨折が治っている、後遺症のようなものもない。そしてそのまま右指の骨折も治してしまった。

 本当に奇跡のような所業を目の当たりにした隼人だが、そんなことよりもこの神官のことが気になった。

 この数分の間見ただけだが、それだけで本当に聖人だと分かる。隼人にも善の塊のような奴だと分かった。

 それなのに、また何か引っかかるのだ。

 致命的な何かが―――


「さて貴方たちは初めまして、ですね。では自己紹介をしなければ」

―――いや、その何かはすぐに分かった。

「私は『アルカード聖教会』の司祭。そして―――」

 その時、神官はにこりと笑った。

「ッ!?」

「―――僭越ながら、神の御言葉により『五番目の勇者』。『民に救いをもたらす御手。絶対的な信仰を持つ勇者』となりました...」

 その純粋な笑顔には記憶がある。それもかなり最近の記憶。

神有月神居(かみありづき かむい)と申します」

 あの『天使』の怖いほど純粋な『意志』と同じモノがこの男にあるのを一瞬で感じ取った。

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