第十話『俺は...てめぇの思惑の全部から逃げきってやる』
「『生きる』か『死ぬ』か選べ、ねぇ...」
「ふふ、『本題』はそれですよ...『前置き』を聞きますか?」
「...あぁ」
隼人はどんな流れでこの話に行きつこうが、答えは決まり切っている気もするが、とりあえず『前置き』も聞いてみることにする。
「とは言ったものの...そうですね、どこから話しましょうか。貴方はこの世界に呼び出された理由は御存じで?」
「『魔王』を倒すため、って聞いたが?」
「確かにそうですね。しかし...それは『手段』です。『目的』は別にあります」
「は?」
隼人は神居が何を言っているのかまるで分らなかった。
つまり『魔王』とやらを倒すのは、その『魔王』という存在が邪魔というわけではなく他の理由がある、と言っている。
「うーん、この『前置き』は本当に説明が難しい...もっと他のことから話しましょう」
そう言って、神居は別の話題を切り出した。
「...貴方は私の『治癒』がどういったものかは分かっていますか?」
「は...?んなもん分かるわけねぇだろ」
一回見たとはいえどうやって『治して』いるのかなんて分かるものではないだろう。と、隼人が考えていると―――
「『そういうもの』だから治ったのですよ。私の『治癒』は『傷を治すもの』、これが『本質』であり『全て』なのです」
「さっきから言ってることわっかんねぇぞ...『そういうもの』って...理論的に説明するでもなく、解明できていない、でもないって...」
―――神居が斜め上のことを言いだす。隼人はもはや考えるのをやめてしまいたかった。
「これが私の『権利』です。『権利』というのは理論があるわけでもなく、こういった『権利』だから、こういった『結果』を得られる...そういうものでしょう?これが『神』により与えられた『権利』なのです」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ。もっと分かるように説明しやがれ」
頭パンク寸前にまでなった隼人を見て、神居は一瞬話す内容を考えたのか顎を手で触った後、再び話し出した。
「ふふ、この話は難しく考えれば考えるほどダメなのですよ。もっと素直に言葉を鵜呑みにすれば分かります」
「うっせぇ、さっさと説明しろ」
「さっきまでのも十分説明なんですがねぇ。では先に『この世界』のことを話しましょう」
「では...貴方を連れてきた『天使』が空を飛んだ場面を見たこと無いでしょうか?」
「ある。翼が生えて飛んでったな」
「あれが『飛翔の権利』。『治癒の権利』と『飛翔の権利』は『天使』の誰もが持っています。『権利』というのは『神』によって与えられた『この世界でこういった現象、事象を無条件で引き起こすことが出来る能力』、と考えればいいでしょう。あれだけではありませんよ?他にも『権利』は山ほどあります」
「つまり例えるとあれか?火には少なくとも酸素と燃焼物が必要だが...『火を起こす権利』っていうのは『火を起こすもの』だから、そんなものなしで『火を起こせる』...ってことか?」
「そうですね、端的に言えばそうです」
若干分かっていない頭で適当に例えてみた隼人だったが、どうやらいい線に行っていたようだ。
「『火』とは『そういうもの』です。氷を水の中に入れても発火しないように『そういうものだと定められている』のです。少なくともこの世界は。ですが『氷を水の中に入れると発火する権利』ならそれが可能です。言ってしまえば『権利』というのは『定められた法則というルールを無視できる』と考えていただければ」
「...『社会』の中の『特権身分』ってことか。...こういう『権利』だから、これが『出来る』...。でもそれって『魔法』じゃねぇのか?」
「ふふ、この世界の『魔法』はちゃんと理屈があるのですよ。こうすればこうなるという法則が。まぁ、今説明すると脱線するので言いませんが」
ふとした疑問をぶつけてみるが、どうやら違うらしい。ますます頭がこんがらがってくるようだった。
「『この世界』もそうなのです...『この世界』は『こういう世界』です。それ以上でもそれ以下でもありません。『この世界』の全ては『神』が定められたのです」
「は?」
それでも隼人は神居が今言ったことを―――なんとなく理解して、そして信じられなかった。
「『この世界』が『中世ヨーロッパに酷似している』のも、『魔法』という文化があるのも、『奴隷制度』があるのも、『魔王』がいるのも...私達がいた『裏の世界』では『人間が歴史を築いてきました』...でも、この『表の世界』では『神が今の文化を定めたからこうなった』のです。そこに『年月』はあっても『歴史』はない...何故なら、その『歴史』すら『定められている』のだから」
「......」
隼人が今まで抱いていた、不自然な違和感。
まるで『作り物』のように感じるほどのテンプレな異世界。
当然だ。何故なら本当に『作り物』だったのだから。
そしてキドエルの、あの『異質さ』。
当然だ。何故なら『そういう風に作られていた』のだから。
「ですが『神』ですら『人間』を完全に『定める』ことは出来なかった...いや、しなかった」
「何?」
「それは『信仰』のため。『力』を得るため。より『高次元の存在』になるため。です」
「おい、勝手に話進めてんじゃねぇよ。どういうことだ、それは」
どうやら長文を話しているうちに、神居に熱が入ってしまったようだ。
隼人は不本意ながら、それを指摘し疑問点を答えさせようとする。
「ふむ、いいですか?『神』は『信仰』させる『天使』を作り出すことができます。『神』の力の原点は『信仰』です。ですが『信仰させる存在』を『力』を作って生み出しても無駄でしょう?そこから『貰える力』など『使った力』より弱いのだから。だから『自発的に信仰する存在』が必要だったのです。そして...それが『この世界の人間』」
「......そういうことか」
隼人の中で、点と点が線でつながり始める。と、すれば『魔王』を倒す『意味』もおのずと見えてくる。
「つまり『信仰』が欲しいんだな...?『七人の勇者』の伝承の出所なんて『神』って認知されてるに決まってる...!つまり...『俺達に魔王を倒させて、結果的に神自らが信仰を得る』のが目的...!」
隼人の中で黒い感情が奥底から滲み始めた。それはイラつきなんてものを超えた『怒り』。
『ここまであからさまでふざけた侮辱は初めてだ』、と。
「そう!まさにその通り!いいですか?『裏の世界の人間』というのは多少なりとも『神の手から離れた存在』!『世界の法則』を『解析』し、そして『利用』するまでに『進化』してきた!ゆえに『表の世界の法則に違和感』を感じることが出来る!それは違うと!故に!私達『七人の勇者は魔王を倒せる』のです!」
「黙れ...!!」
「ッ...」
再び熱がこもり始めた神居は、今になって隼人の『怒り』に気づいたらしい。
隼人の焼き殺すかのような烈火の視線を受けて、一瞬硬直するもすぐさま元の調子を取り戻す。
「やれやれ...やはり貴方もそうですか。...私と『一番目』以外は、皆拒んだようです。『ふざけるな』と。何故ですかね?」
「てめぇこそ、なんでそんな『神』とやらを『崇拝』してやがるんだ。明らかにおかしいだろ。そして『お前はそれを分かってる』んだろ。なのになんでだ...!」
隼人は神居の疑問は無視して質問をぶつけた。隼人にはもはやこの男がまともとは思えなかったが、それでも隼人は『何故か』と問うた。
この問いで確信しているのは―――神居が『まともじゃない答え』を返した時。自分は何をするか分からないということだけだった。
「何故って...もし『神』が完全にこの世界を掌握した時...それは『私にとっての理想郷』となるからです」
「...何を言ってやがる」
「もし『この世界の人間』も全てが『定められた』としたら...それは『何も間違いがない世界』だ。『神』が『より高次元の存在』になれば、今度こそ『人間』を『定める』でしょう。その時...『絶望』など一欠片もない『完全な世界』が出来るのです」
「......」
神居は答えた。どこまでも純粋に真剣に。そしてそれはキドエルのように不自然なものではない。隼人は―――密かに考えを改めた。しっかりと見て取れたのだ―――
「貴方も...いや『勇者は全員』そうでしょう?人に譲れない『ナニカ』があるでしょう。私もこれのみは...『譲れない』のですよ」
「...そうみたいだな。今のお前の表情で分かったよ。それが『てめぇの正義』だ。ちゃんと『人生』を積み上げた奴の...」
―――神居の中に『自分の正義』を。
「それでは最後に聞きましょう。私が崇拝せし『神』のために『生きる』か...『神』のために『死ぬ』か、選んでください」
「...どっちも『クソ喰らえ』だ」
だからこそ、隼人もしっかりと答えた。
『相手の正義』には『自分の正義』をぶつけるしかないと知っているから。
「...では、私は貴方を殺すとしましょう」
「あぁ来いよ。どうせぶつかったなら、どっちかの『正義』が壊れるまで戦うしかねぇんだ。お前が殺すっていうなら、俺は『逃げる』。絶対にお前の『思い通り』になんてなってやらねぇ。俺は...『てめぇの思惑の全部から逃げきってやる』。お前が戦いたくないって言うなら俺から喧嘩ふっかける。お前がなんか計画でも立ててんのなら、知った瞬間それを邪魔するために動いてやる。今は...殺されないように『逃げる』だけだがな」
どこまでも真っすぐに『逃げる』と言い切る隼人を見て、神居は薄ら笑いを浮かべ―――
「おっと...一つだけ言うことを忘れていました」
「...は?」
―――その瞬間、神居の周りの長椅子が四つだけ『浮いた』。
「『権利』はですね...一人三つまで授かることができます。共通の『権利』は『飛翔』と『治癒』ですが...もう一つ『個人で違う権利』を、ね」
神居は浮いた長椅子を見て驚愕している隼人を見て、更にその笑みを深めて説明していく。
「今...私は『自身の魂を分割して長椅子に分け与えました』...」
「んだと...?」
それはまさに―――神の奇跡を自在に賜っているようだ。
「これが『魂分割の権利』です」
これが『五番目の勇者』の『信仰』の『真骨頂』。