俺はずっと勇者になりたいと思っていた。しかし今、魔王になってしまっている
俺はずっと勇者になりたいと思っていた。しかし今、魔王になってしまっている。
…俺が魔王になってからすでに1年の時が過ぎた。最初はかなり戸惑いがあったが、今はこれでよかったのかもしれないと思う。
というのも、魔王になってから人間の醜さがよく見えてくるからだ。つまりあの時のことは本当だったのだろう。だから人間は滅ぼすべきだ。
何年経っても心から消えることはないだろうこの気持ち、今日はそれが芽生えた経緯を少しばかり語りたいと思う。
俺はナワという村に生まれ、そこで15歳まで育った。15歳の誕生日、俺が魔王になる前日のことなんだが、そのことは後で話そうと思う。
優しい両親、優しい村人に囲まれ、俺は平和な日々を送っていたのだ。
世は人間と魔族が長きにわたり戦いを続ける時代、そんな戦乱の時代でもナワ村はとても平和だった。それはなぜか、それは村を一人の豪傑が守っていたからに他ならない。
豪傑の名はパラディン。恐ろしい程強い、剣の使い手だ。
15年の中で何度も魔物が村を襲いにきた、しかしパラディンはそれをあっさり返り討ちにし、何度も村を守ってきた。「俺はこの村にずっといる、そうすれば村は安全だ」、その言葉にいたく感激したのを覚えている。
俺は何度もパラディンに剣術を教えてほしいと頼んだ。しかしパラディンは一向に首を縦に振らなかった。「レオンお前は武術など知らず、平和に生きるのだ」そんなパラディンの優しさに、俺は涙がでそうだった。
だが俺の心の中にあった勇者になりたいという気持ちは消えなかった。なぜなら俺が魔王を倒し平和な世になれば、パラディンが自由になれると思ったからだ。きっとパラディンにだってやりたい事があるはず。戦う術をどうにかして学ばねば、そう思いながら10年という月日が経っていった。
そして俺の運命を変える時が来る。俺の15歳となるその日、両親、友達、そしてパラディンにより祝福のパーティーが開かれた。 俺は本当に本当に嬉しかった。世の中にも平和が訪れてすぐだったし、皆が祝ってくれるしで、俺は幸福の絶頂にいた。
…しかし次の日の朝、俺を人生最大の悲劇が襲う。両親、友人、パラディン、村人全員が殺されていたのだ。
全員、体をバラバラにされ燃やされており、辺り一面血の海だった。父の左足、母の右手、パラディンの左腕、村人たちの…燃え残った体の部位がそこら中に散らばっていた。
俺は泣いた。誰がこんなことを…。その時、俺の元に一人の男がやってきた。男は自分をゲルバと名乗り、俺を助けにきたと言うのだ。
男が言うには俺は魔王の子供らしく、15年前パラディンとその仲間によって拐われたと言うのだ。魔王の後継者を出さないようにパラディンは俺を拐った。そしてナワ村に向かい、そこで暮らし始めたのだと。村人も全員その事は知っているし、両親だと思っていた二人はパラディンの仲間だという。
子供は殺せない、それがパラディンの言葉だったそうだ。最初村人はそれを了承していた、しかし現実に魔王が討たれた時、俺の存在が怖くなったのだ。
だがらパーティーに出す酒やジュースの中に眠り薬を入れ、俺や両親、パラディンを殺そうとしたのだと言う。恐ろしい話だ…。
ここで一つ村人に誤算が起きる。パラディンが目を覚ましたのだ。薬で朦朧となりながらも必死で俺を守ってくれたらしく、両親の方は無理だったが、俺をなんとか村の外にいる人物めがけ放り投げたそうだ。俺を受け止めた人物がゲルバで、パラディンをいつか殺して俺を取り返そうと見張っていたらしい。そこにまさかのパラディン自身から返しにくるという展開に…。
ゲルバはその後、村人を殺した。まぁ、俺を隠していた村だそうなるだろう。…しかしパラディンを殺したのはゲルバではなく村人、バラバラにしたのも村人。…俺の頭に生えている角を触った時、信じるしかないのかもしれない、そう思わざるをえなかった。
ゲルバはあえて両親とパラディンの焼けた死体と体のパーツを俺の目の前においた。そして目が覚めるのを待ったのだ。
人間の醜さを見ただろう?ゲルバは俺にそう言った。正直頭の中が混乱してパニックだったし、あの優しい村人が両親とパラディンを殺したとは思いたくなかった。…そしてパラディンが魔王の子を拐ったとも。
ゲルバによって魔王城に連れて来られて1年、さっきも言った通りゲルバの話は本当なんだろうと思う。そう思うほど人間は醜く見えるのだ。
よく考えれば小さくても頭に生えた角を村人が気づかないわけがないし、パラディンが村にずっといたのは俺を取り返されるリスクを減らすためだろう。悲しいがあの優しさは拐ってきた負い目からに違いない。…真実のピースがどんどんはまっていく気がする。
この1年で俺の魔王としての名は人々に大きく売れた。ここからだ、ここから俺は大きく羽ばたく、大好きな両親とパラディンを殺した人間を滅ぼしてやるんだ。……ん?どうやらゲルバとリパクが俺を呼んでいる。さぁ人間どもよ絶望の始まりだ。
◇◇◇
レオン様を魔王城に連れてきてもう1年になる。私ゲルバは先代魔王ジキル様の忠実なる腹心であり、今後は魔王レオン様の腹心となる者である。
事の始まりはレオン様が生まれる少し前、人類最強といわれた勇者が現れた時に遡る。当時世界中に猛威を奮っていた我ら魔族はもう少しで世界を征服するはずだった。
しかし突如現れたその勇者は余りにも強すぎたのだ。恐ろしい程のスピードで魔物や魔獣たちを倒していき、我々の支配地をどんどん解放していった。我々は危機を覚えた。このままでは魔族が滅ぼされると…。さらにその時、魔王ジキル様の妾であるエマ様はご懐妊しており、このままでは生まれてくる子まで殺されてしまう可能性が高かった。
魔王ジキル様とエマ様はかなり苦悩されていた。もし勇者との戦いの中で子供の存在がばれたら?…考えるだけでも恐ろしいが、確実に殺されるであろう。
その時、影の知将リパクがある名案を思い付く。「人間に育てさせたらどうか…」、正直その言葉に私は度肝を抜かれた。きっとお二方も同じであったと思う。
しかしリパクの話を詳しく聞くにつれ、その名案の素晴らしさに私達は気づいていった。作戦はこうだ。
まず、逆賊処刑人の1人であるパラディンに、生まれたばかりのレオン様を渡し2人をナワ村に逃げさせる。もちろんナワ村の人間は催眠術師コウメイにより予め催眠術をかけて魔族の味方になるよう準備をしておき、そしてそこで人間として暮らすのだ。偽の両親を作り上げ、来たる時まで安全にレオン様を育て上げる。ナワ村を襲おうとする魔物や魔獣がいるかもしれないが、村にはパラディンがいる。逆賊処刑人という魔族で2人しかなることのできない強さを持つパラディンなら、襲ってくる魔物や魔獣を倒すのは容易であろう。そうなれば我が軍はその村に近寄らなくなるだろう。勇者で手一杯の時に、支配できない村にかまってなどいられないからだ。
ナイスアイデアだ、魔王ジキル様はリパクを褒めた。正直私も素晴らしい作戦だと思った。レオン様が育ったら、人間を恨むようしむける作戦も考えており、この作戦は必ず成功するように思えたのだ。
事実この作戦は成功した。パラディンには隠していたがパラディンを殺すことも作戦に含まれていた。もう1人の逆賊処刑人ギャオスに、薬を盛ったパラディンと偽両親、村人を殺させ、それをレオン様に人間の仕業と植え付けたのだ。レオン様は嘘の全てを信じた。先に向かわせたギャオスから事が済んだと連絡があり村に着いた時、正直私は体が震えた。パラディン、偽両親、村人、その全てがバラバラにされ焼き殺されていたからだ。やはり逆賊処刑人、恐ろしいほどまでに残酷である。ギャオスが両親とパラディンの死体を指差し、私はレオン様の前にあえておいた。この理由はすでにレオン様に説明したが、人間の残酷さを強く理解してもらう必要があったからだ。結果的にレオン様は魔王になった。
しかしこの作戦には2つ誤算があった。1つは先代魔王ジキル様が余りにも早く勇者と相討ちによりお亡くなりになられた事。もう1つはパラディンがレオン様に武術を全く教えなかったこと。確かに人間として育てよと言ったが、武術を教えるなとは言ってない、魔王になるため最低限教えこんでいると思っていた。
もしかしたらまだレオン様が15歳という年齢だった故に教えていないのかとも考えた。しかし「俺は人間として生きたくなった、たがらレオン様にも人間として生きてほしかった」、ギャオスに聞いたパラディンの死に際の言葉に私の淡い希望は打ち砕かれた。逆賊処刑人が逆賊になろうとは…。「読めなかった…このリパクの目をもってしても」リパクも悲しそうにそう言っていた。
だからレオン様はまだ弱い。だが、この1年の私やコウメイ、リパクの尽力により魔王レオンの名は大きく人々に知れ渡った。これからだ、これから魔族がまた世界の覇権をとる。待っていろ人間どもよ、絶望の時が始まるのだ。…ん?ふふ、リパクが呼んでいる。人間を滅ぼす作戦会議であろう。
◇◇◇
これはある日ある場所での3人の会話…。
「影で裏切り者を殺しつづける逆賊処刑人であるお主ら二人に、ワシはどうしても聞きたい事がある」
「「?」」
「お主らは正直、裏切り者達を見てどう思っている?正直に答えて欲しい」
「…俺たちは人間になりたいと言った奴らを何人も殺してきた。…正直な話だが、そんな奴らを何人も見てその言葉を聞き、心が揺らぎかけているのは事実だ」
「揺らぎかけている?」
「俺たちは間違っているのでは?人間になりたいと思う事は正しいのでは?と…」
「ふむ…お主は?」
「…正直私も同じだ。大きな迷いを持っている」
「そうか…実は私もお主らと一緒でな、魔族より人間の方が素晴らしいのではないかと考えているんだ」
「あ、あんたも…」
「うむ、だから実はある作戦を考えておるんじゃがな」
「作戦?」
「ワシら3人が英雄として人間になる作戦をな」
「そんな事ができるのか?」
「ああ、まずはレオン様を………」
「………なるほど、そうやってレオン様を安全に育て、魔王にすると」
「うむ、現魔王ジキル様は必ず勇者に敗れる。ただ…おそらく相討ちになる可能性は高い。ジキル様もお強いお方だからな」
「そうしてレオン様が魔王になり、大きく名を馳せた時に倒すと…」
「そうだ。だからお主は村でレオン様に武術を教えてはならぬぞ。弱い方が作戦の成功率があがる。さらに優しく接するのだ、そうすればレオン様のお主にたいする憧れは大きくなり、お主を殺した人間への憎しみも強くなるだろう」
「なら俺の死の偽装はしっかり頼んだぞ?」
「わかっている、村人全員バラバラにして火でもつければどれがお前の死体かわかるまい。そこでお前が死んだと適当な死体を指差してレオン様とゲルバ樣に言えば信じるんじゃないか?」
「…いや、それじゃあまいな。お主、左腕を犠牲にする覚悟はあるか?」
「左腕を?」
「うむ。切り取った左腕を似たような体格の死体の側に置くのだ。これだけでお主の死に真実味がでる」
「ふっ、いいだろう。この左腕を犠牲にしようじゃないか」
「すまぬな。その後の隠れ家もきっちり容易しておく。レオン様を討つその日までそこで隠れていてくれ。…なぁに、1年ぐらいの話だ。それと武術をレオン様に教えなかったのは、人間として生きてほしかったと説明するのだ。それもまた真実味に一役かうだろう」
「なるほど」
「よいか、これは表舞台にでず影で働くワシら3人だからできる事。なにせ人間に顔を知られていないのだからな」
そして白歴2000年、3人の勇者によって魔王レオンが討たれる。さらには腹心ゲルバ、催眠術師コウメイ、レオンの母エマまでも。これは魔王レオンが誕生して1年目のできごと。このできごとにより、魔族は絶滅まで追い詰められることになってしまう。
3人の勇者は人々からこう呼ばれた。
『片腕の剣士パラディン』
『二刀流使いギャオス』
『知略賢者リパク』
人類が平和になった今も、彼らの石碑は大々的にまつられている。