九州での攪乱工作
セイタは、仲間の30人ほどと山道を歩いていた。今は新月で殆ど明かりがないが、慣れているセイタ達にとっては見えないことがむしろ居心地がよく、歩くのにも不自由はない。
やがて、星明りでぼんやり明るく見える山の中腹に切り開かれた広場にでたところ、そこにすでに50人以上が集まっているのが見える。
セイタ達の小頭のヤマが待っている者達に挨拶をしている。セイタも知っているものが何人もいる。今日は、本土とのつなぎのものが訪れて本土から部隊が来て物資の補給もするということで集まったのだ。
しかし、海岸だったらわかるが山の中でどうやって人が来て、また物資も持っているのか意味が分からんという者もあるが、セイタもその一人である。
セイタは18歳で、農家の2男であり日頃は当然農作業をしているが、スイレン帝国には野菜と小麦を作らされてそれは殆ど取り上げられており、自分たちが食べるのは野菜の屑部分や雑穀と木の実や沼地に植えた僅かばかりのコメである。
村には支配者であるスイレン人の代官の一家がおり、数百人の村人に対して5人の家族であるが、その家には電話というものものかあるために、なにかあると軍の駐屯地に連絡が行ってそこから銃を持った軍が馬で駆けつけるので代官一家には手を出せない。
ある村で、極めて過酷な徴税をしていた代官が村人から殺されたことがあったが、その時は軍によって村人350人が一人残らず皆殺しにされたものだ。
九州にはいくつかのスイレン帝国に対する抵抗組織があって、山の隠し田や猟で暮らしをたてつつ、里とは交わらない生活をしている。彼らは、火縄銃をある程度持っているほか隙を見てスイレン兵の銃や刀剣を盗み出しており、それなりの武装をして、スイレン兵を狙撃したり、乱暴行為をするスイレン人を攻撃したりしている。
当然、かれらはしばしばスイレン兵の討伐を受けているが、深い山に逃げ込んでいる彼らは殆ど捕まることはない。その抵抗組織にセイタが加わったのは、ほんの1年前で、その後、時間を見つけては彼らに加わって戦闘や、行軍の訓練を受けている。
セイタ達の地元福岡がスイレン帝国に征服されたのは5年前で、進んだ銃を持った相手には、山刀と火縄銃では敵うわけもなく蹂躙されたが、その時の刀や火縄銃による抵抗に対して見せしめの意味もあったのだろう、スイレン帝国の兵士は殆ど降伏を受けいれず、殺されたものが数万におよぶ。
その後のスイレン人の施政は残虐なもので、すべての日本人は奴隷に位置づけられ、わずかな数のスイレン人はいわば神として位置づけられた。
そこでは、日本人はスイレン人から殺されても罪にもならないため、気紛れに殴られ蹴られるは日常茶飯事で、若い女はスイレン人の気の向くままに犯される有様であった。
ただ、さすがにこういうことは起きるのは街のなかであり、農村地帯は基本的に代官一家のみが居住しているため、こうしたことは余り起きない。
これは、九州のスイレン帝国支配地の日本人200万人に対して、スイレン人が兵士2万人、一般人が2万人であるため、住民をいじめるのも人手が足りないということも一因になっている。また、九州からは年間で3万人余りが奴隷として海外に連れ出されているが、どういう目に合っているかは定かではない。
上空に何かの気配を感じて、セイタははっと見あげた。不思議な風切り音がして上空から何か大きいものが降りてくる。地面直前でそれは止まったが、ものすごく巨大だ。
博多の港に行った時のスイレン帝国の軍艦位大きいように感じる。上からささやきいているように聞こえる声がする。
「この艦の下に入らないように移動してください」
「おーい、そこの皆こっちへ来い」小頭連中の掛け声で降りてきた艦の下に居た人々が移動する。その筒から何かが4本降りてきて、その大きな筒がさらに降りてくる。
地面についた足がめり込み、やがて筒が静まると、底が開いて明かりが四角形に漏れる。それは階段の形をしており、そこから、黒っぽい色の服を着て帽子をかぶり銃を持ったものが続々と降りてくる。
かれらは、整然とまたきびきびと地面に下り次第列を作り、5人並んだ列を10列作った。真ん中に一人立った少し明るい色の帽子を被った男が、ばらばらに見ている皆にさっと敬礼して言った。
「日本国陸軍、特戦隊第12小隊隊長、島田中尉である。本日より福岡地区の破壊工作に着手する。勝手ではあるが、ここの皆は我々の隊の指揮下に入ってもらう」
抵抗組織の3人の小頭は頷き、一人が島田に向かって言う。「わかった。わしらは所詮素人の集まりだからの。しかし今後の作戦を教えもらいたい」
「無論、それは教えるが、まずは荷物を下してその後分配する」島田が答えたとき、艦底がまたも四角に開いて、そのまま降りてくる。その上には3尺角ほどの木箱が4個ずつ2段の8個積まれている。
整列していた、兵がさっと散って、それぞれ6人ずつで上の段の箱を下して艦の下から離れたところに並べ、さらに下の段の箱も動かして一列に並べる。
そうしているうちに、地上に降りた艦の階段と荷物を載せていた台が上がって、また元の状態に戻ると、艦が音もなく滑らかに上昇を始める。
島田中尉が静かに言う。「あれが、わが日本国の救世主である空中戦艦ハクリュウだ。良く覚えおいてくれ。あれにはわれわれ特戦隊がほかに250人乗っており、50人の小隊ごとにほかの5か所に降りる。
ハクイリュウは、別の日本から神様によって使わされたのだと噂されているほど、この世で最強でかつ信じれらないほどの飛ぶ速度と共に、数々のとんでもない力を持っている。
皆も知っていだろう。スイレン帝国から6隻の大型戦艦が送られて来て、それらは日本の沿岸を砲撃して回っていたことは?」
セイタはそれを聞いてそのことを思い出したが、小頭の一人がそのことを言っている。
「ものすごくでかくて、すごい大砲を備えた船が何杯も居てとてもあんな艦にはかなわんと言われておる」
「そう、その通りだった。しかし、そのうちの3隻はすでに、あのハクイリュウによって撃沈され、3隻は傷つけられて浜松で捉えられた。つまり、スイレン帝国の最大戦力の6隻の艦はすでにないのだ。
私たちはあのハクリュウにほんの半刻前に東京で乗って、今はここにいるが、スイレン帝国の首都までの5千里を何と1刻半で着くという」
島田はそういうが、みな頭がついていかずぼんやりしてので、島田はそれを見て、いまそういうことを言っても意味がないと反省し皆に呼びかける。
「さて、では荷を配りましょう。蓋を空けてくれ」再度、陸軍の隊員たちが箱の周りに集まり、どこからか取り出したバールで蓋を開ける。さらに、一部のものを取り出して、さっさとテントを張る。
「さて、この中には、皆の制服と靴、さらに武器弾薬、食料が入っている。まず、人員の点呼をとるので、10人ずつ並んでくれ。小頭は先頭にならぶように」島田のことばに「おお、武器がもらえるか。楽しみだ」と抵抗組織のものは喜んで素直に並び始める。
並んだ彼らは、順次テントに入って、しばらくして荷物を抱えて出てくるがみな銃と刀も持っている。
それを見て、セイタは本当に楽しみになってきた。ようやく彼の番が来て、テントの中に入ると島田中尉とその横に少し年配の兵が立っており、そのまた横に小さな机があって、一人の書記役の兵が座って何やら筆のようなものをもって書き物をしている。
テントの端の方には鉄砲や刀さらに服らしきものの山が見える。書記が書き終わると島田が言う。
「名前、年、住所を言ってくれ」その通りにセイタが言うことを、書記役の兵が何やら見慣れないもので書き留めていく。
「よし、セイタ下士、武器類を渡す。まず、村田式火打ち小銃だ。元込め式で有効射程は30間、弾と弾薬は100発分で、この袋に入っている。これは軍刀で2尺2寸、ナイフ5寸、食料10日分だ。これは制服、軍靴、背嚢だ。制服すぐ着てみて合わないようだったら、言ってくること。いいか?」
「はい、ありがとうございます」お礼を言ったセイタに島田が話かける。
「よし、セイタお前は我が陸軍の最下級の兵士である下士として採用する。お前には給料を月に2円払う。ただし、払うのは九州が日本に帰ってからだな。その前にもらっても使えんからな。
よし、外に出て制服に着かえてこい」
セイタは明るい中から外に出て、目が慣れるまで少し待って着かえ始める。
さすがに褌は入ってないが、上に着る下着は入っている。せっかくだから、セイタは褌も替えて真新しい制服に身をつつみ、靴下をどう穿くか人に聞きながら靴も履く。寸法を見てくれていたようで殆ど服と靴はぴったりだ。
こうして、島田中尉が隊長を務める、陸軍特戦隊12拡大小隊の、副隊長の曹長2名、軍曹5名、伍長5名、上士25名、中士18名の元からの隊員が51名に、地元の抵抗組織から98名が加わった。
これらの新兵は小頭が中士、その他は下士である。この抵抗組織は山中に砦を築いており、そこにとりあえず落ち着き、あちこち建て増して全員がとりあえず住めるようにした。島田中尉は、東京の本部と弁当箱大の無線機で毎日定期連絡を取っている。
隠し砦に落ち着いて5日後、島田中尉が下士官以上の会議に新兵の中士も呼んで最初の襲撃計画について話し合っている。
「まず目標にしたいのは、ここから、11里の位置にある新田のスイレン兵の駐屯所だ。兵力は200人だと言うことは少なくとも200丁の銃と相応の銃弾がある。
我々の村田銃は敵のものに比べて、充填速さも射程も大きく劣るので、これを銃弾ごと是非奪いたい。
新兵に中に入ったことのある者がいたので、中の様子はほぼ分かっているので、まず明け方に5人で塀を越えて忍び込み、見張りの兵を殺ってから門を開いて、出来るだけ静かに殺れるだけ殺る。
問題は、常に数10人もとらわれているという女たちだ。これは解放したいが、その後どうするかだな」 島田の話に小頭だったものが応じる。
「ええ、小頭だった中士の源三です。そのことでお話します。駐屯地に連れてこられた女たちは、特段記録を取られていないはずです。また、各村には代官としてスイレン人がいますが、住民がどうなっているかなどには関心を持っていません。
従って、駐屯地を襲うときスイレン・ペソも奪えると思いますので、女に金を付けてやれば預かる家はいくらでもいますよ。嫁日照りの家も多いので、結構、好都合かもしれませんね。嫁日照り言えばわしらもそうですが」
「うむ、それは良いことを聞いた。しかし、駐屯所にさらわれた女は当然、スイレン人に、うーんいろいろされていると思うが、お前らは受け入れてやれるか?」
島田がためらいながら言うが、源三はきっぱり言う。
「ええ、もともとわしらが守らなくではならんのに、出来なかったのです。ここで受け入れることを認めて頂けるのだったら、無論受け入れます。
わしらも嫁が欲しいですよ。たぶん、今度仲間に入れて頂いた皆がそうだと思います」島田はしばし考え込んでいたが、やがて顔をあげていう。
「うむ、では女たちはここに連れてこよう。ここも少し手を入れれば、倍くらいの人は住めるだろう。大砲もあるはずだから分捕ってこよう。もし大部隊で押し寄せてきたら、ハクリュウに頼んで一撃だ。よし、襲撃は明日だ」島田は宣言する。
ハクリュウ艦内では、特戦隊204人が降りて、残りが102人になり、すし詰め状態からようやく解放されたハクリュウ乗り組み員は一息ついていた。あとの降下地点は、熊本の2か所である。
湯川は特戦隊の降下のアシストも慣れてきて、次の降下地点の熊本の街の近くの広場が映っている画面を見つめながら、西田早苗の家の西田家を訪ねた時のことを思い出していた。
自分が西田家の玄関で待って、早苗が父を呼んできたときの、あの父の芳人の顔はなかなか複雑であった思いを表していたが、まあとりあえず「まあ、どうぞお上がりください」とは言ってもらえた。
これが、自分が将校だったらもっと歓迎はしてもらえただろうが、一水兵ではね。しかし、一応応接間に案内されて、挨拶だけは正座をしたがその後は勘弁してもらって、こっちの狙いを話すとすぐ乗ってくれた。
芳人氏もハクリュウが海岸に座礁させた浜松の3隻の軍艦のことは聞いており、海軍もどうやって引き上げて修理をするかは、三菱なんかの大会社を呼んで話をしていたようだが、基本的な知識がないものに、修理は無理だ。
その意味では、湯川はすでにハクリュウのデータベースから、さまざまなデータを引っ張りだしている。 無論スイレン帝国船そのもののデータはないが、似た構造の軍艦の様々なデータから、修理方法も大体当りを付けていた。
恵一は大学に行くというコースは途中でドロップアウトはしたものの、自分の頭脳には自信があって中学からハマったコンピュータには絶対の自信があった。
自衛隊に入ってからは技術コースを選んで、さまざまな兵器・機器について隅々まで理解してきたが、昇進試験は将校になると面倒なので受けないようにして避けてきた。
ハクリュウ乗り組み員の話を聞いてからは、自分の経歴を細工して、またあっちこっちのシステムに潜り込んで、自分が選ばれるようにした。
彼からすると、ハクリュウのAIとはお友達で、あらゆるデータは自由になる。
ちなみに、西田早苗になぜあんなに魅かれたのか、それは確かに初恋の人に似ていたというのもあるが、やはりあの浜松の夜の、あの子との一夜が、どちらかと言うとあまり興味のなかった女性を求めるようになった原因だろう。
大体、独身ばかりだった乗り組み員が15人もお見合い会でくっついたのと言うのは明らかに異常だ。
やはり、あの浜松の夜が切っ掛けだろう。まあ、それは置いといて、彼が西田早苗と結婚したいのは事実で、であれば今の日本の状況では父親を納得させるのが大事だ。
であれば、浜松の戦艦の修理を芳人の会社に請け負わせ、自分が助けて修理を完了することで大会社になる切っ掛けを掴むことが出来れば決定的だろう。無論、その手助けは自分以上の適任はいないだろう。