九州奪還対処方針会議
ハクリュウが、東京に来た時点での日本国の社会、政治、軍事等のシステムを述べておこう。
日本の歴史は多少間延びしていたが、大体佐川達の歴史と同じ流れをたどり、350前に東京に織田幕府が出来ていて平和に統治している。
しかし、中国の清がスイレン帝国にいいようにやられて、国土の重要部の大部分を蚕食されるのを見て、20年前の織田幕府の若き将軍家正が、このままで日本も危ういということを説いて挙国一致国家をつくることを提言し、実際に諸藩を統合して日本国政府を設立した。
その首班として天皇を世襲大統領として国の統合の象徴とし、実際の政治は首相以下の内閣で行うものとした。内閣にはそれぞれ内務府、外務府、建設府、農林水産府、産業府、教育府、軍務府がおかれて、国会議員から府相のもとに官僚組織を作っている。
軍務府は中でも特殊であり、内務と軍務に別れて、軍務は陸軍総司令官と海軍総司令官がいて、それぞれ本部があって参謀部、作戦部、兵站部で構成されている。実戦部隊は、定員1万名で構成される連隊が4つで師団となり、現在全国に8の師団があるので、32万人の定員だが実際には半分しか充足されていない。
武装は残念ながらお粗末であり、ほとんどの兵が火縄銃しかもたず、東京を守る第1師団の2万5千人にのみに火打ち式の銃が配備されている。砲は様々なものがあるがいずれも欧州勢のものに比べると一世紀は遅れたもので、弾はいずれも球形で射程は最大で10丁である。
海軍は、スイレン帝国との小競り合いの中で殆どの艦が撃沈され、小型艦が50隻程度残っているだけで、今のところの兵員は1万2千人であるが壊滅状態といっても差しつかえないレベルである。
なお軍の階級として将官が大将、中将、少将であり、士官としては大・中・少佐及び大・中・少尉、下士官としては曹長、軍曹、伍長、兵としては上士、中士、下士の分けである。
貨幣の単位は円であり、日本国の年間予算は約3億円であるが、10円あれば4人家一月食べていけると言われているので、10円が10万円とすれば国家予算は3兆円になる。GDPの統計はないが、人口が3千万人と言われており、一人当たりのGDPが一人50円とすると15億円になる。その場合の租税徴収率は20%余であり、ちょっときついところだろうがまあ常識的なところか。
織田幕府もイサリア教の影響を断つために部分的に鎖国をしており、日本は周りの世界の流れから取り残されている間に、欧州では軍事的覇者であったスイレン帝国に産業革命が起きた。
もっとも、その成果は殆ど軍事に集中され、すでに軍艦は第2次世界大戦前夜のレベルまでになっているが機関はいまだ蒸気であり、燃料は石炭である。技術の産業への展開は遅れており、内燃機関はいまだ研究段階であるため、輸送は鉄道と馬車である。
このなかで、日本は中国の清がスイレン帝国に蚕食のを見て、織田幕府の織田家正が国体変更の決意をしたわけである。
陸軍本部の午後の会議が始まり、ハクリュウの士官が司令官室に入室すると、総司令官の隣に新しいメンバーが3人座っている。ちなみに、この時代の日本人の男の髪型は殆ど佐川らの時代と変わらず、女性はおかっぱかまたは長髪をそのまま流すかあるいは様々に結っている。
司令官桧山の隣に座っているのは、年は40代後半で白髪混じりの精悍な浅黒い顔で強い目の光を放つ男性だ。服装はこの日本のフォーマルな服で洋服に近く、下もズボンそのままだ。その隣には、2人の同じ服装のはやり眼光鋭い男たちが座っており、一人は背が高く、一人は低いがいずれも佐川達を睨むように見ている。
「先に紹介しておきます。こちらは、首相の織田家正様、こちらは軍務相の平垣大輔殿、海軍総司令官の梶陽介殿です」桧山が立ち上がって、同じく立ち上がった2人を紹介する。
織田首相が挨拶する。「ハクリュウの乗組員の方々には心から感謝する。わが日本はスイレン帝国をはじめとする欧州勢さらにロシア帝国に追い詰められていた。近く、我々は降伏して奴隷になるか、徹底抗戦して本土で最後の一兵になるまで戦うか決断しなければならなかった。
それを、日本近海にいてあちこちを砲撃し始めた敵艦6隻を撃破していただいたとのこと。この通り、感謝します」立ち上がった日本側の全員が深々と頭を下げる。
それに対して艦長の佐川がいささか慌てて返す。「ハクリュウの乗り組み員を代表して、今回この世界の日本のために我々がお役に立てたことは本当に良かったと思います。
これは、神の思し召しかも知れませんね。どうぞ顔をあげてください」皆が頭を上げたところで、佐川は続ける。
「聞かれたかと思いますが、私ども27人はハクリュウと共にこの日本に流れ着いた迷い人です。迷い込んだいきさつから、まず前の世界に帰れる見込みは無いと思っています。たまたま、ハクリュウがこの時代ではとんでもない戦力を持った艦であったため、とりあえずお役に立てました。
また、そのほかに私どもはいわゆる技術においてこの日本よりはるかに進んだ技術に係るあらゆる資料を持っています。この2点で、皆さんに貢献できることも多いと思っております。今後共存共栄でやっていければいいと思っています」
そう言って、今度は他の将校と共に頭を下げ、佐川はさらに続ける。「どうそお座りください。私の艦の将校をご紹介します」日本国側が座ったところで、佐川が皆を紹介し着席する。
桧山が始める。「ではまず領土問題から話をしたい。よろしいかな?」ハクリュウの将校は皆頷く。
「では私から現状を説明させていただく」作戦部長の庄司が口を開く。
「まず、我が国の領土と認識しているのは、本州、四国、九州、北海道それに樺太とそれに至る千島列島だ。このうち、九州がスイレン帝国、北海道及び樺太がロマノ帝国の支配下にある。
まあ、樺太と北海道は我が国の民は少ないが、九州は百万人は逃げてきたがなお2百万が残っており、奴隷にされておる。これは大至急取り返したい。
九州にはスイレン帝国とイングラム国の兵が南の薩摩の辺りに入っておりスイレン兵が九州全域に2万人、イングラム兵が1万人駐在しており、スイレンの本部は北九州の博多、イングラムは鹿児島を本拠としている。
そのほかに、スイレン人の一般人が2万人、イングラム人が5千人住んで好き放題に住民を虐待している。なお、兵には元込め式の新式銃が配備されており、これは射程が50間以上もありさらに装填の速度も速く、第1師団の銃の先込め射程25間では歯が立たない。
さらに問題は大砲の類で、大口径の5寸砲、2寸砲は10町以上も飛ぶ上に炸裂弾であるためわが軍のものに比べ段違いの威力だ。特に小口径の大砲は50人の兵に一台ほども持っているため、火力では全くかなわないのが実情だ」悔しそうに言って続ける。
「さて北海道であるが、和人は殆ど避難したので、残っているのは2万人ほどのアイヌのみだ。情報も入りにくいのだが、ロマノ兵は5千人程度とみられており、一般人も5千人程度入って猟と漁業及び砂金をとっている。樺太の事情は分からないですな」
「海軍の梶です。では、海軍関係についてわかっていることを説明します」梶が皆を見渡して始める。
「日本近海の主要な敵艦は昨日3隻は捕獲し、3隻は撃沈したという6隻の巡洋艦といわれる戦艦です。
ですから、残りはイングラム国のやや小型の巡洋艦が2隻にさらに小型の駆逐艦と言われる4隻に、スイレン国は駆逐艦が10隻です。
残りは連絡艇レベルであり、こちらで建造した木船ですな。ただ貨客船が日本近海に30隻ほどおり、いずれも小型の砲を備えているようです。このように主力艦を無力化したわけですが、残念ながら現有戦力ではとても、のこった駆逐艦にすら勝てません。
そういう意味では浜松の海岸に乗り上げたという敵主力艦をなんとか戦力化したいと思っています。それと、浜松では敵の乗り組み員を眠らせる弾を使われたとのこと、敵の駆逐艦でも同じように捕獲できないでしょうか?」肝心の戦力の無い海軍司令官の梶は必死である。
佐川が立ち上がる。「概略は承知しました。ハクリュウの知識によってさまざまなもの、欧州勢より優秀な鉄砲、砲、軍艦を作ることは出来ますが、なにぶん時間がかかります。ハクリュウの使い方として以下のようなことが出来ます。
1)極めて早い移動、たとえスイレン帝国の首都マドリッドでも3時間で移動できます
2)空中は無論、海上でも海中でも運用可能です
3)超長距離砲撃(100里)が可能ですが弾数に限りがあります
4)自分の艦程度の重量を持ち上げられます
5)防備を固めれば至近距離からの砲撃も平気です
6)最大300人程度の武装した兵を運べますが、兵は基本的に立った状態になりますから移動範囲は日本国内が限界ですね。
7)熱線砲というものを2基備えているので、一里程度の距離の先にある木造の家程度なら一瞬で焼き払えます。しかしこれは、人に対する殺傷能力が非常に高いのでそういう目的では使いたくはないです。
なお、催眠弾は弾数がのこり10発と少ないのでよほどのことでないと使いたくないですね。
また、ハクリュウの燃料は水ですからほぼ無限の航続距離がありますが、砲の弾は限りがあります。昨日敵艦を攻撃したのは小口径0.8寸の弾ですが、これは数が大量にありますが、大口径の径が5寸のものは数がありません。大体こういうことでハクリュウを使って有効に領地を取り返す方法を考えましょう。」
作戦部長の庄司が、手を挙げて「ちょっといいかな?」と聞く。「どうぞ」佐川の返事に質問する。
「ハクリュウほどの大きさのものを持ち上げられるということは、大勢の兵が乗った箱あるいは桶を持ち上げられるということですな?」佐川はちょっと考えて返事をする。「うーん、持ち上げることは簡単ですが。せいぜい500間程度の高さであまり速度も出せないですよ。よほど近い距離でないと」
「そうか、ちょっと使い道がないな」庄司が残念そうに言う。「宜しいかな?」今度は海軍の梶である。
「どうぞ」
「駆逐艦くらいは持ち上がらんだろうか?乗り組み員ごと持ち上げて持って帰ってくれば」
梶の意見に、佐川は答える。「うん、駆逐艦はせいぜい2千トンくらいですから。持ち上がりますよ、また5千m位急に持ち上げれば乗員は気絶するでしょう。それから、敵の基地の近くに捕獲要員を潜ませておいて、操艦して持って帰ればいいのですよ。途中の護衛はハクリュウでやりますから安全です。
まとめて5隻くらい持って帰りましょう。敵を混乱させるのにぴったりですし、日本海軍にとっては貴重な艦になります」梶が頬をほころばせる。
「それと、ハクリュウが300人を運べるということだが、わが軍に九州に潜入させる予定の部隊がある。
兵は500人おりそれぞれ一騎当千のものばかりだ。訓練も終わって、潜入工作を始めるかどうか考えていたところだが、沿岸の砲撃があったのでためらっておった。
実は九州には10ほどの抵抗組織があってそれぞれ100人位の人員がいるが、いかんせん武器がない。この隊員を彼らに渡す武器と一緒に適当な場所に運んでもらおう」参謀長の秋山が言うのに佐川が答える。
「結構ですよ。ちなみに無線機はお持ちですか?」
「いや、欧州勢が持っているのは判っているが、我々にはない」秋山が顔をしかめて言うのに、佐川は機関長の永田に目配せをする。
「無線機は2日もあれば30台用意しましょう。九州からここ位の距離だったら簡単だ」永田があっさり言うと室内の皆が驚く。
「なんと、無線機が!」
「ええ、たまたま部品があるので作れますが、それ以上の数は部品を最初から作るので、すぐ準備にかかっても半年位はかかりますね」
「さて、では、九州奪還の作戦としては、500人の特殊部隊を潜入させ、地元の抵抗組織と協同して敵兵の暗殺、破壊工作、武器の奪取を行って、敵を混乱させ、居住区を集中させる。ある程度敵が固まって日本人がいない状態になったら、ハクリュウで順次殲滅していくというのはどうですかな」庄司が提案する。
「うーん、ちょっとどうかな。たぶんそういう事態になったら、人質をとりますよ。だから、特殊部隊を送り込んで、破壊工作等で大いに混乱させてどうにもならないと報告が本国に届くようにしましょう。彼らは無線機をもっていますから、そう時間がかからず知らせは首都まで届くでしょう。
その間に、駆逐艦などの奪取はやりますから、敵はますます混乱します。そこで、スイレン帝国の首都のマドリッドに行って彼らの帝都を人質に、九州から撤退させましょう。
イングラムも一緒で、ロンドンを人質です。いずれにせよどちらのとしにもかなりの被害は出ないと決心できないでしょうが。
とりあえずは引き上げだけですが、後で損害を計算して賠償金を取り上げます。鼻血も出ないくらいに取り上げてやりますよ」悪そうな顔をして笑う佐川を見て、日本国側はドン引きしている。