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イサリア教団崩壊

遅くなりすみません。

 さて、細田官房長官から簡単に説明のあったイサリア教の変革であるが、彼が簡単に言ったほど単純なものではなかった。

 スイレン帝国皇帝セニャーラ・サラム・フィリペ3世は、宰相のマゼラ・ドラ・ミズマンと共にイサリア教団財務担当枢機卿ファルナンド・ドン・マサイアと密談している。皇帝は32歳で、中背中肉の金髪のフィリペ家特有の整った顔立ちであり、宰相は長身、細身の半白の髪の55歳の沈着冷静さがその静かな表情に出ている。 また、皇帝と宰相に向かい合って座っているファルナンド・ドン・マサイア枢機卿はイサイア教において、最高の決定権のある教皇と5人の枢機卿の最若手の一人であり現在45歳である。


 宰相が枢機卿に話をしている。「マサイア枢機卿、判って頂けましたか?帝国はイサリア教の腐敗に目をつぶってきました。それは、イサリア教あればこそ民衆の心が帝国の元にまとまり、また植民地の者どもの心もまとまると思ってきたからです。

 しかし、最近あがってきた報告から見ると民衆からの教会への不満がずいぶん高まっています。これは聖職者の恥知らずな強欲・姦淫及び傲慢な民へのふるまいによるものです。さらには、植民地においては、各地で現地人による自暴自棄な死にものぐるいの抵抗がしばしば起きています。


 これは、現教皇キマスラス・マズラ・カンイン猊下の方針で、異民族、特に肌の色が違うものは人間にあらず、彼らに対しては神に等しい立場にあるスイレン人教徒はいかなる振る舞いをしても良いという極端な考えが広まっていることから、まさにその通りのことが植民地で行われているからです。

 はっきり言って、植民地に居るスイレン帝国の臣民のその被征服民に対する振舞いは、被征服民をして絶望の余り命を捨てても歯向かう決心をさせるレベルです。当然、そうした抵抗は帝国に大きな損失を与えております。そして、そうした態度を招いた根源は、イサリア教のカンイン猊下の教えにもとづく現地での神父の教えにあると分析されております。


 先ほど言った、日本という東洋の蛮国と思っていた国がとてつもない力を持つ兵器を持ってしまい、彼らがそうしたわが帝国の植民地政策により、深い怒りをわが帝国に対して持つに至り、その結果大損害をわが帝国に与え、さらに様々な要求をしてきました。

 そして、残念ながらわが帝国は自らの滅亡を避けるためにはそれに従うしかないのです。その要求の一つがイサイア教の教えを変えるということです。マサイア枢機卿、これについてどう思われますか?」


 枢機卿は冷静な顔を崩さず答える。「実のところ、同僚の枢機卿である教務担当ミーズマル、植民地担当トメルカーナの2人は、現在のイサリア教の在り方にそれなりに危機感を持っております。信者の僧侶に対する不満の高まりは明らかであり、これに対しては、枢機卿会議に対して何度も警告を出しておりますが、残念ながら肝心の教皇猊下に危機感がなく、さらにラザマール、アーマン枢機卿の反対もあってその警告も結局は骨抜きにされています。

 また、植民地の状態も無論協会には情報は上がって来てはいますが、大部分がゆがめられたもので、少数の状態を憂いている神父からの報告からは原住民への迫害の結果の反乱等深刻さが伝わってきています。

 しかし、こうした少数の神父が力を振るえる場所では大きな問題は起きてはいません」


「ふむ、3人の枢機卿が現状を懸念しているとは耳寄りな情報ですな。今回の日本国からの帝国への要求については、教会から教皇名で断固拒否すべしという命令のような無礼な文書が帝国に対して出されました。あの結果、実のところ我が帝国政府としては、教会が現実を見る力がないという深刻な懸念を持つきっかけになったのですが、実のところ教皇猊下、枢機諸卿はどういう見解であったのでしょうか?」

 

 再度ミズマン宰相が問い、マサイア枢機卿が答える。

「あの通告については、空から撒かれたわけですので、直ちに協会にも知らせがもたらされました。

 無論、我々私を含めて枢機諸卿は大きな怒りを覚えましたが、教皇猊下の怒りは凄まじく、狂人の如くなり、その勢いであの帝国政府に対する文書になったわけです。

 教皇猊下の怒りは、日本国よりそのような事態を招いた帝国のふがいなさに向けたもので、失礼ながら皇帝陛下に対して、前陛下と比べてののしりに近いものでした。

 しかし、先ほど申し上げた3名と私は、怒りはしても、帝国があの通告文を拒否することは実質不可能であろうと考えております。僅か2日か3日で世界一のスイレン帝国海軍の主要艦船の半分を撃破し、帝国軍本部を無残に破壊できる相手には、時間を稼いで破壊を止めるしかないでしょう。

 現実に我が教団としても、彼らが軍本部になした破壊をイサリア教の教会になしたと考えるとこれこそ悪夢です。しかし、教皇猊下と枢機卿筆頭の異端審問担当ラザマール、さらに国内教会担当アーマンは帝国の軍がだらしないということで思考が止まっています。

 また、要注意なのは皇帝陛下が教団に対して批判的であることは彼ら3人に認識されており、常々不満を持っていることです。ラザマールは、異端審問担当枢機卿としてはそれなりの私兵を抱えており、またその中には暗殺に近い工作を行う部隊がいるという情報もあります。

 実際に、教団には異端担当にとって都合の悪い人物が突然死するということがちょくちょくあるのですよ。ですから、我々もラザマールには強くは逆らえないのです」


 そこで、皇帝が表情を変えぬまま身を乗り出して枢機卿に尋ねる。

「仮にだな、仮に教皇と異端審問担当が罷免された場合、教団はその教えの一部を変えることは可能かな?」


 マサイア枢機卿は考え深げに答える。「うーむ、まあ、神の思し召しで万が一そういうことがあれば可能でしょう。 狂信的に教皇猊下と同じ考えのものは精々1割、はっきり反対のものが2割、都合の良い方に着くものが7割ですから」


「うむ、帝国は教団の大体の資産、及び腐敗した神父連中の莫大な資産は掴んでおる。はっきり言って、われわれ帝国政府は今回の帝国軍の大損害、及び日本国が賠償を要求してきたのは教会の教えに原因があると思っている。

 日本国と和解するために支払う必要のある、5億ペソについては教団から支出してもらいたい。いや、支出を要求する。もし、拒否すれば、軍を動員して強制徴収する」


 皇帝が同じように淡々と言うと、枢機卿は考え込む。「うむ、すこしお待ちください」

 頭の中で計算した後、やがて枢機卿は回答する。

「教団から支出できる金額は3億ペソです。しかし、教皇、ラザマール、アーマン及び腐敗した教区長12名等の隠し資産は合計1億5千万ペソを越えます。また新生する教会としては、我々にもシステム的に流れて来た表に出せない金も供出する必要があるでしょうな。

 これらを合わせれば5億ペソの供出は可能です。どうでしょう、帝国が掴んでいる額と大きな差はありますかな?」

 

 その回答に対して今度は宰相が尋ねる。「うむ、大体のところは合っている。しかし、どの程度の期間で支出は可能かな?」

 これに対して枢機卿が回答する。「3億ペソはすぐにでも、しかし残りは、そう3カ月程度の時間が必要です。しかし、これは先ほどの条件が満たされた場合ですよ。その条件が満たされれば、残ったものは軍事力を持つものに逆らうことで出来ないという合理的な判断を下せるものばかりです」


「うむ、判っておる。アーマン枢機卿は仲間にできる2人の同志を固めてほしい。それと消えていく同僚の代替の準備もよろしくお願いしたい。近く、最も若い教皇が誕生しますかな」宰相の言葉を最後に会議は終わった。


 その後、枢機卿が退出の後、皇帝が宰相に聞く。「マゼラ宰相、ラザマールの動きは?」

「はい、潜らせている者の知らせでは、陛下の暗殺の検討はされたようですが、不可能と言うことであきらめたようで、異端審問官を通じて内部引き締めを命じたようです」


 宰相が答え皇帝は鼻を鳴らす。「ふん!しかし、計画すれば十分だ。仕掛けはいいな?」

「はい、3日後ということで進めています」宰相が答え、皇帝は更に聞く。

「マサイア枢機卿については、今日の話からも切れ者なのは確かだが、次代教皇ということで教団はまとまるのか?」


「ええ、マサイア枢機卿は前々代の人望のあった教皇の孫であることもあり、切れ者ですから今の腐敗体質及び極端な教えに基づく植民地人への迫害体質の問題点をよく認識しています。ですから、このままでは、いずれ教団は崩壊するとして同調者を集めています。

 また、前々代の教皇に時代には、有色人種にも慈悲をもって接するようにということを強調していました。どっちにしろ、教団には一旦解散させて、新たな協会組織をつくるのですから、若く新鮮な教皇が受け入れられると思いますよ」

 宰相が力説し、皇帝は頷く。「うむ、いいだろう。その方向で進めよう」

 

 アーマン・スダンは28歳、異端審問官の裏組織の実行部隊小隊長である。かれは、その過激な言動を買われて狂信的な人材があつまる異端審問官に選ばれて、さらにその卓越した身体能力による剣技と隠密術に優れた技能を見せたため裏組織で頭角を現している。

 10日ほど前に、大・中・小隊長クラスが集められて、宮殿に住まう「ある人」の暗殺が可能かどうか検討された。結論は、「無理」ということになったが、スダンは自分の小隊に対して憤慨して言った。


「神聖な教えを変えようなどという輩は、どうしても排除しなきゃならん。俺が本当に無理かどうか確かめてやる。実は、俺の家に宮殿の隠し通路の図面が伝わっているのだ。これが、本当かどうか確かめてくる」

 それに対して狂信者の集まりの小隊の8人は興奮して口々に言う。


「隊長、ぜひやりましょう。異端者に死を!」スダンはこれらの部下をなだめる。

「まて、まず俺が、通路を確かめてくる」


 2日後帰ってきたスダンは再度部下を集めて言う。

「確認してきた。『ある人』の寝室の隣に出る通路がある。夜間は部屋の前の見張りは2人だ。明日夜、実行だ。ほかの隊には絶対秘密だぞ」


 その夜、8人の部下を率いたスダンは宮殿の高さ5mにもなる城壁から少し離れた陸橋の橋台の前に立ち、人の背の高さの石板の1枚を力一杯押す。石板がくぼみ、下部の取っ手が出てきたのでそれを引っ張るといくつもの石板が張られた扉板が開く。

「入れ!早く」スダンの声に部下は戸惑いながら入り込むと、そこは幅のある廊下になっている。

 皆が入ったところで、スダンは扉を閉め、先頭に出て「ついて来い」とささやき足早に歩き始める。


 一行は、全くの暗闇でぼんやり明るい光を持って先導するスダンに付いてしばらく真っすぐ進み、その後何度か曲がり、階段を登りさらに登ったところでスダンが止まる。スダンは皆に囁き、気配を探っている。「ここが最後の扉だ、少し待て、気配を探っている」言うとスダンは腰に吊った円筒形のものの蓋を取る。


 かすかにシューと言う音がするので、「あの音は?」一人がささやくが、スダンからは返事はなく、「う!」と言う声と共に隊員は次々に倒れる。副隊長のマキルも頭がぼおっとしてきて、抗う術もなく何もわからなくなった。

 はっと、目を覚ますと頭がガンガンするが、明るい部屋で縛られて横たわっているのに気が付いた。声が聞こえ、頭の痛さをこらえ見回すと部下もいるようだ。


 そこで声に注意を戻す。「ふん、お前が隊長のスダンか。さあ正直に答えてもらおうか。とは言っても薬を飲んだお前に抵抗するすべはないがな。まず、お前たちの所属は?」

 一人の騎士が聞いているのに対し、スダンが答える。

「イサリア教異端審問官特別班第1大隊、第2中隊、第1小隊だ」

「ここに来た目的は?」

「皇帝の殺害だ」

「誰が命令した?」

「第2中隊長ウラスーム・ミダラだ。しかし、異端審問ラザマール枢機卿の命令と聞いた」

「しかし、皇帝陛下の暗殺は検討の結果中止されたと聞いたぞ」

「そう、表向きはそうだ。しかし、俺が地下道の話をすると改めて命じられた」

 

 マキルはべらべらしゃべるスダンに怒り、「隊長!や、やめろ!」必死に叫ぶ。 

 尋問していた騎士はそれをあざ笑う。「ふん、薬を飲ませたこのスダンには質問に逆らえないのだ」

 このようにして、周囲をとり囲んでいた騎士と数人の貴族はスダン及び隊員の証言を得た。


 スダンは、隊員が尋問されている間に、別の部屋に連れていかれ、縛られていた綱も解かれている。「スダンご苦労だったな」騎士の一人が声をかける。


「ああ、7年間、長かった。しかし、ラザマール枢機卿はもう逃げられんぞ」

 スダンの顔は憎しみに歪んでいる。彼は、ラザマール枢機卿に落とし入れられて異端者として拷問されて殺されたサラムラン教会長の妾腹の子であった。サラムラン教会長は彼の母を愛人として囲うような男であったが、彼を本当に可愛がってくれ、自分が危ないと気がつくやスダンと母を逃がした。

 しかし、母は逃走中に捕まり、追手に犯された上で無残に殺された。


 スダンの父が殺された原因は、枢機卿の次官だったラザマールが自分の教区において、無実のものをその財産を奪おうとしてを異端の罪で告発したことに反論したことによる。

 スダンは父のあと、母の最期を知って復讐を深く誓った。そこに帝国政府の裏組織の接触を受けて、名前を変え、自分を鍛え、7年間の苦労の末、ようやく言い逃れできない皇帝暗殺犯の罪をラザマールに着せることが出来た。この件が、ラザマールが何度もやってきたようの無実の罪で陥れられたことになったのも皮肉なことだとスダンは考えた。


 帝国政府の動きは早かった。翌朝、ラザマール枢機卿は軍に拘束され、イサリア教異端審問官特別班の隊舎は地方隊舎を含め軍に包囲された。このうち、本部隊舎は銃器を持ち出し最後まで抵抗したため、ほぼ半数が銃殺されて残りは降伏した。


 ラザマール枢機卿の拷問による自白の結果、はやり皇帝暗殺教唆の罪で教皇が翌日逮捕された。彼らは、裁判の結果1ヵ月後に処刑されたが、その間にイサリア教団は解体され、新生イサリア教団がファルナンド・ドン・マサイア教皇の指導の下に動き始めた。この新たな教団の元では、帝国の指導の下に不正な集金システムは廃棄され、有色人を人外とする教えは抹消され、植民地には帝国軍とともに新教団の教導部隊が送り出された。


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