ハクリュウ帰国
今後更新が遅れます
午後4時に、予定通りに山県外務大臣と随員として下船した西村副長が、ルックス総督と接待役に指名されたケインズ部長に迎えられ、馬車でイングラム・ホテルに入り、スイートルームにチェックインする。
その夜は、結論についてはもう決まっているので、もったいぶってもしょうがないということで、外務卿、外務次官、及びルックス総督、ケインズ部長も加わって、こじんまりとはしているが晩餐会とした。
最初の乾杯も終わって、食事をとりながらクック外務卿が口を開く。食卓の上には翻訳機が置かれ数舜遅れて日本語と英語の通訳をしている。無論、これはイングラム人に大いなる関心を持たれた。
「あらかじめ申し上げておきますが、我が国は貴国の通告を受けいれるつもりです。この点は首相サー・マイケル・ジャーナルも了解していますし、軍務卿のサー・ピーター・マニングも受け入れております。
無論最終的には国王陛下の了解が必要ですが、合理的な判断に誤ることのない陛下であればまず問題なく受け入れてくれると確信しております」
「おお、これは有難い。我々も要らざる争いはしたくはありません。そう言って頂ければ、私がここに来た甲斐があったというもの」山県外務大臣が顔をほころばせて返すが、クック外務卿は本音を隠さず言う。
「そのうえで、出来れば我が国は貴国と対等の立場で、友好条約及び通商条約を結びたく思っております。正直に申し上げて、貴国は当然ハクリュウによって得られた知識を使って、様々なものの生産及び社会的な開発をすることと思います。我々も是非それを学びたいのです」
「私も出発前に、政府内部で協議はしました。その結果から言えば、政府との友好条約、通商条約を結ぶことに否やはありません。しかしながら、我々はハクリュウの世界の歴史を学んでおり、この世界の白人諸国特にスイレン帝国は、ハクリュウの世界の白人諸国のやり口を過激にした形で有力人種を劣等とみなし国を奪い、奴隷化しています。
貴国においては、制度的に奴隷化までのことはしてはおりませんが、我が国の薩摩に見られるように武力に任せて主権を持っていた国を奪い、その国民の土地等の財を奪い、さらに2等3等国民として扱うことは当然のごとくやっています。
この点について、我が国は断固として反対するものであり、今も現に白人勢力に抵抗しているところ、例えばシナについては軍事援助するつもりです。また、白人が奪って入植している土地は、白人を追い出して我々のものにすることも考えています。
この中で貴国の植民地を奪うこともあると承知しておいてもらいたい。しかし、友好条約、通商条約を結んだ相手であれば協議の上ということになります」山県大臣が考えながら言う。
「うーん、いきなり戦争にはならないのであれば止むを得ない話でしょうな。しかしいずれにせよ、友好条約と通商条約は山県大臣が居られる内に骨子だけは決めておきたいと思っています。
ところで、スイレン帝国に突き付けた条件については、我々も承知していますが、あの受け入れの有無によって、どのように最終的に処置されるおつもりでしょうか。何しろ、かの帝国はどういっても欧州における最大勢力ですから、我々も無関心ではいられないのです」クック外務卿の話に山県大臣が応じる。
「受け入れ拒否の場合には、我々はかの帝国を解体します。はっきり言って、かれらの海上勢力を一掃するのは難しい事ではありません。海上勢力を一掃すれば、本国から武器弾薬を始めとする工業製品が入ってこない植民地は立ち枯れるでしょう。我々としてはこの方が可能性は高いと思っています」しかし、クック外務卿は否定的だ。
「いえ、我々も閣僚内で少し話し合いましたが、特に軍務卿の意見は軍事的に見て、すでに海上戦力の半分以上を失ったスイレン帝国としては受け入れる以外の道は無いという意見です。
また、現在の皇帝陛下は、かの帝国が今のようなやり方をしている主たる原因であるイサリア教について否定的であるという情報が入ってきています。
ですから、我々はスイレン帝国がこれ以上の被害を甘受するよりは、貴国からの要求を呑むのではないかと考えています」
「なるほど、我々より長い付き合いの貴国がそのように判断されるのであれば、そうかも知れませんね。しかし、現在侵略戦争が続いているシナについてはシンの援助を考えています。彼らが多少の方針の変更をしようと、上海で、現地人を人質に財産を守ろうとした総督府のような存在が勢力を伸ばすことは許せません」山県はぴしゃりと言って、さらに続ける。
「また、当分我が国は自らが豊かになることに注力しますが、ある程度のところまで来たら植民地で苦しんでいる民族を支援することになるでしょう。また、我が国のように有色人の国が栄えているのを知った有色人を支配するのは、白人にとって容易なことではなくなり、そのうちに経済的には割が合わなくなるでしょう」
「うーむ、実際に我が国でも植民地経営がそれほど利益が出ていないという指摘は多く、多くの経費を掛ける侵略を見直すべきだという人もいるのです」ブロック外務次官が言う。
結局その晩さん会は、そのような深刻な話に終始したほか、さらに西村副長からはハクリュウの世界の話としてその植民地と2回の世界大戦さらに植民地独立の歴史が述べられた。
翌日は、山県大臣と随員として同行した西村は、イングラム政府の要人と会い、協議しているところにスイレン帝国からの電文が入った。それは、ロンドンの騒ぎと日本の外務大臣の訪問を新聞の記事から知った、スイレン帝国の大使館が、自国に送った電文に帝国本国が応じたもので、「日本国の布告文を受け入れるので、日本国外務大臣に伝えてほしい。具体的な実行方法については当面電文で連絡し、その協定書の締結については、我が国から日本国に訪問するかまたは第3国で日本国の使節と会って調印する」
そう言う、イングラムの外務省へのものであった。
届けてきたケインズ部長から渡されてその電文を見たイングラム国の外務卿は、苦笑いして言う。
「スイレン帝国にとってもよほど懲りたようだな。あれほどの破壊をもう一度やられたら、スイレン帝国の
海軍力は殆ど壊滅するからね。我が国としては、もう少しやってほしかったが」
「馬鹿に早かったですね。いずれにせよ皇帝の認可は必要でしょうに」
ケインズ部長が言い、外務卿が答える。
「たぶん、軍務省が壊滅したということは、宮殿の近くなので皇帝も見ていたのであろう。フィリペ陛下は現実的な見方が出来る方だし、スイレン帝国の皇帝は血筋のみで選ばれているわけではない」
山県大臣と西村副長はその夕刻ハクリュウに乗り込み、日本時間朝8時に距離にして1万5千km、9時間時差のある日本国の東京にたどり着いた。ハクリュウを、1件だけのために、それほど長時間貼り付けるわけにはいかないのだ。
維新9年12月20日、東京の陸軍本部において本土回復の作戦が終了したこと、スイレン帝国が日本国の要求を受け入れたことを期して今後の軍事作戦の方針会議が開かれた。
出席者は、織田首相、統合作戦本部長東郷、陸軍総司令官桧山、陸軍総参謀長の秋山、陸軍作戦部長の庄司、海軍総司令官梶、海軍作戦部長仁科の他に、ハクリュウからは艦長の佐川と副長の西村が主要メンバーである。
「現在、北海道には、ロマノ帝国兵が7千ほどおり、5千ほどが函館周辺に配置されて、スイレン帝国の動き次第で青森に攻め込む構えを見せています。補給はほとんどが良港である小樽港からとなっており、一部は各地の沿岸部の小規模な港からとなっています。
函館には総督府兼要塞が築かれていて、民間人も北海道全土には2万ほどがおり、農業や牧畜あるいは狩りをしていますが、概ね現地人であるアイヌとは共存しているようです。函館の街に住んでいる民間人は2千人ほどで、軍関係または交易を行って暮らしています。
わが軍の弱点は上陸に使う船舶がないことで、この点は九州の場合でも同様であり、民間の商船の普及が待たれるところです。
釜石の小型炉は2基完成しており、この分で日量200トンの鉄がすでに出来ており今後当面の交通の根幹をなす船舶の建造に2/3ほどを振り向けていますが、現状では積載量1000トンで新式の内燃エンジンを積んだ最大速度12ノットの船が3隻出来ている段階です。
これで、青森を出て、函館までで距離が近いので兵員1000人を輸送できますが、一度に3000人が限界ということです。あとは海軍の船を使う輸送でどこまで増やせるかですね」
陸軍作戦部長の庄司の言葉であり、これを受けて海軍側から作戦部長仁科から海軍の艦の整備状況と輸送能力が述べられた。
「海軍としては、スイレン帝国製の巡洋艦2艦及び駆逐艦5艦すでに戦力化しており、イングラム国製の駆逐艦4艦は訓練中です。さらに、イングラム国製の巡洋艦が今、修理のための調査が終わったところで戦力化には来年の4月ごろまでかかる見込みです。
なお、スイレン製の巡洋艦と駆逐艦の砲弾及び装薬はすでに試作が終わって量産に入っています。なお、我が国での独自製として、満載重量150トンの魚雷艇が製作中であり、揮発油を燃料とする発動機もそのために製作中であり、夏ごろには完成の見込みです。これは、駆逐艦で15ノット程度の速度に対して35ノットの速度が出せるもので、巡洋艦を一発で沈める威力を持つ魚雷を4本積載できるもので、今後の国土防衛の主力にしたいと思っています。
まあ、今の主力をこの程度の船にしているのは、鉄船の建造の経験を積むためもあります。以上のような艦船の整備状況ですが、函館は幸いロマノ帝国が相当徹底した港湾整備を行っているので、巡洋艦も横付けが可能です。
北海道の奪還については、スイレン帝国製の巡洋艦1艦及び駆逐艦3艦にイングラム帝国の駆逐艦4艦を輸送艦としては充てることが可能です。収容人数は巡洋艦に2000名、駆逐艦は各600名で合計4,400名になります。ただし、この場合は完全に港を制圧していることが条件になります」
こうして、輸送能力が示されたのを受けて、庄司から武装と上陸時期について話があった。
「では、最初の上陸に7400名の兵を上陸可能です。現在、仙台の第2師団にも9年式銃とりゅう弾砲及び手榴弾の配備が終わっており、制服の更新済です。輸送船を用いて、3回に分けて青森に輸送して、一斉に上陸することになります。ただし、今は今から真冬に向かう時でいかにも時期が悪い。どう見ても4月になってからの方が無難ですね」
これに対して、織田首相から提言があった。「私から提案がある。どのみち、今攻め込むのはまずいと言うことなら、ロマノ帝国についてはイングラム帝国と同様に自ら引かせてはどうだろうか。
ロマノ帝国は欧州の国家の一員なので、当然スイレン帝国とイングラム帝国のことは知っているであろう。現状の所、ロマノ帝国のために負った損害は占領時の抵抗によるものでそれほど大きなものではない。 従って、私の提案はスイレン帝国と同様な布告文を出して彼らの首都、モスクワと言ったか、そこにばらまいたらどうであろうか。領土を侵されたことは事実なので、モスクワのすこし目立つものの破壊位はいいだろう。どうかな?」
これについて、佐川艦長から賛同の声が上がった。
「私は首相閣下の意見に賛成です。スイレン帝国、イングラム国の態度を見ている限り、白人国家の指導者は比較的理性的かつ合理的な行動を示すようです。無論、ハクリュウの力を見せつける必要があります。これは実益を兼ねて、駆逐艦を捕獲することでいいと思います。また、いわば人質の施設はシベリア鉄道及びウラジオストックとモスクワを始めとした諸都市ですね」
結局、直ちに逆上陸が出来ないことから織田首相の案が採用されることになった。




