ハクリュウ、ロンドンへ
次回は土曜日になります。
ハクリュウがロンドンに着いたのは現地時間午前8時半だった。ルックス総督とジェファーソン准将は余りの展開の速さに疲れてしまっていたが、祖国のためにはかならず政府を説得する必要があることは胆に銘じていた。あの破壊力がイングラムに向いたと考えると恐怖しかなかった。
佐川艦長はジェファーソン准将から聞いた砲台の前のテームズ川を悠々と遊弋したが、さすがに5分もしない内に砲撃準備は出来たようで8インチ砲の砲撃が始まった。大体300mの位置で半分の弾を命中させたのでいい狙いだろう。
10発ほど当たったところで、悠々と去って政庁ビルに近いテムズ川の中央に行き、熱線砲を川に撃ちこむ。巨大な蒸気が巻き起こり水蒸気爆発が連続して起きるが、まず30秒継続して5分置きさらに30秒継続したので、十分に人々は熱線砲の威力を見ただろう。
次にハクリュウはそこからほど近い、河原の空き地に重力エンジンをかけたままで降り、地面まで階段を伸ばしてルックス総督とジェファーソン准将を下して、素早く舞い上がる。彼ら2人には無線機を渡している。ハクリュウはその後連絡があるまで、ロンドンを中心に特に軍事拠点のマップを作っていく。場合によっては破壊対象になるのだ。
ルックス総督とジェファーソン准将は、白旗を掲げて集まってきつつある10人ほどの兵士に向かって歩く。この場合は先頭には正装したジェファーソン准将が良いだろうと、彼が前に出て、「東洋艦隊薩摩分隊指揮官の海軍のアラン・ジェファーソン准将だ。隊長はだれか?」と叫ぶ。
兵たちは明らかにイングラム海軍の将官の制服を着た准将を見て、中の一人が敬礼をして進みでる。
「ジム・マクラン曹長、首都防衛第1師団、第2中隊、第3分隊長です」准将は答礼して言う。
「ご苦労、こちらは薩摩総督サー・ジェームズ・ルックス閣下だ。我々は、君たちも見ていたと思うがあの空中戦艦で東洋の日本国から来た。極めて重要な知らせがあるので、直ちに外務卿にお会いしたい」
准将の要求に曹長が答える。「はい、歩かれると1時間ほどかかりますが、最短の方法はあの建物の所に辻馬車がおりますので、あれに乗ることです。総督閣下や准将閣下がお乗りになるようなものではありませんが」曹長が答える。
「よし、一刻を争う。それで行こう。案内を頼む」総督が言い、曹長が「は、ではどうぞ付いて来て下さい」2人を囲んで一隊は早足で歩き始める。500mほどで馬車が見えてきて御者もいる。
「おい、ジョン、総督閣下だ。政庁街に行ってくれ」曹長は御者と知り合いらしく声をかけ、さらに自分の分隊を向いて「俺は今から閣下たちをお送りして来る。ミモザ伍長後の指揮を頼む」そう言う。
さらに、総督と准将に馬車を指して言う。「私もご一緒します。ちょっと閣下たちには不釣り合いの馬車に乗られるので説明を求められた場合私がいた方がいいでしょう。どうぞお乗りください」
「それは有難い。一刻を争うので大変助かる。では行こう」総督の粗末な馬車には気にせず礼を言って乗り、馬車はすぐに出発する。「曹長、君には説明しておこう。すぐに国中の評判になるだろうからな。我々は、東洋にある日本という国の九州という大きな島の南の薩摩という我が国の領からきた。私が海軍分隊の司令官で、サー・ルックスが総督だ………」
と准将は今日ここに至るまでの説明を一通りし続ける。「それで、我々はそのハクリュウに乗って、我が国の政府を説き伏せて薩摩を平和裏に返すことを提言するために来たのだ。そうでないと、我が国の軍艦はスイレン帝国と同じ目に遭うことになる」
「よく、わかりました。ジョン、出来るだけ急いでくれ」曹長は話を聞いて急ぐ事の意味を知り御者を急がせる。「おお、あれが外務省だな。あそこの正面に止めてくれ」ルックス総督はボケットから相場の10倍ほどのコインを取りだして、曹長に渡し「曹長ありがとう。助かった。これで払っておいてくれ、残ったら君たちで何か食べなさい」そう言って馬車を降りる。
玄関には門兵がおり、辻馬車にふさわしくない紳士と高級将校が降りてきたのを不審そうに見ていたが、総督が手を挙げ、准将は敬礼して入っていくのを遮ることはなかった。彼らは、特に見とがめられることなく、外務卿の部屋の前に行き開いているドアから秘書室に入る。
秘書は無論彼らを知らなかったが総督がつかつかと彼女にデスクに近寄って名乗ったのを聞いて、最初は怪訝な顔をしていたがその意味を理解して飛び上がった。
「私は、薩摩総督サー・ジェームズ・ルックスだ。こちらは東洋艦隊薩摩分隊司令官のアラン・ジェファーソン准将で、我々2人は皆が知らせを受けたはずの、空中戦艦で今東洋の薩摩からついたところだ。
外務卿サー・トーマス・クック氏にお会いしたい」
「ちょ、ちょっとお待ちください。皆さんがその件で協議中です」彼女が、すぐに大臣室に通じるドアを開けると中ではガヤガヤという声が聞こえる。彼女の通る声がそのガヤガヤを黙らせる。
「薩摩総督サー・ジェームズ・ルックスとジェファーソン准将がいらしています。総督たちは先ほどロンドンを騒がした飛行する物体から来られたそうです」それに対して一瞬間があり、確かにクック外務卿の声が聞こえる。「なに!通せ!」
秘書がドアを大きく開けると、中には薩摩総督に任命されて出国時に話をしたクック外務卿に加え8人の官僚が集まっており、半分ほどは見覚えがある。
「ジェームズ・ルックスです。こちらは、東洋艦隊薩摩分隊司令官のアラン・ジェファーソン准将です。
不測の事態が起こったために、皆さんも今朝の騒ぎでご存知だと思います空中戦艦ハクリュウで帰国しました。昨日、我々がハクリュウで薩摩を発ったのは昨日の現地時間午前9時です。この点の連絡はすでに、薩摩から入っていると思います。
さらに、その後、スイレン帝国の植民地の主要な港湾及び今朝のバルセロナおよびマドリッドでの出来事の一部、さらに今朝さっきのロンドンでの出来事はすでにお耳に入っているかと思いますが、我々2人はそれらをつぶさに見てきました」ルックス総督の言葉に、「昨日東洋の薩摩を発った!そんな馬鹿な」外務次官のサー・マシュー・ブロック叫ぶ。
しかし、クック外務卿は「まて、その通り、君らが昨日薩摩を発ったという連絡と、薩摩での経緯はすでに連絡がきておる。さらにスイレン帝国をめぐる騒ぎも耳に入っている。まず、2人とも座ってくれ。それから、最初から説明してくれ」そう言って座るように促す。
それから、部屋にいるメンバーへのルックス総督とジェファーソン准将の長い説明が報告書を使いながら行われた。
「……そのような経緯で日本国の山県外務大臣がそのハクリュウで来ています。24時間以内に彼に会うとの返答がなければ、日本国は我が国をスイレン帝国と同じ扱いにすると言明しています。
はっきり私の意見を言わせて頂きます。まず、早急に日本国の外務大臣と合うという返事をして、少なくとも外務卿ご自身が会うべきです。そして、日本国の要求は全て飲むべきで、むしろ強固な平和条約を結ぶべきです」ルックス総督の説明と最後の提言を聞いて、クック外務卿は頷いて皆を見渡して言う。
「まず、日本国の山県大臣に会うという返事をしよう。東洋から地球を半周してこられたのだ、失礼があってはならん。私が会うのは明日の朝10時にしたい。当面、ルックス君は首相の面談時に必要だから、山県大臣については夕方にでも東洋部の部長アーサー・ケインズ君が手配する一行と迎えに行ってほしい。
ケインズ君はそうだな、夕方4時にルックス君も一緒に山県大臣を迎えてホテルにお泊めして接待を頼む。私はルックス君と一緒に首相に会って、日本国の要求を受け入れる旨の了承を取る。反対はないな?」
外務卿は室内の皆を見渡すがだれも反対しない。
「よろしい、では私は今から首相府に行く。ルックス君はハクリュウとどのように連絡を取るのだ?」
「これです。これで100km以上の距離で連絡が出来るそうです」ルックスはカバンから弁当箱位の無線機を出して見せる。「なんと、これが無線機!今ここで通信できるか?」外務卿が驚き機能を見たくて言う。
ルックスはスイッチを入れて電波状態を示す緑のランプが点いているのを見て答える。
「ええ、可能です。では連絡します。ハロー、ハロー、こちらルックス、ハクリュウお応答せよ」一拍置いて、無線機からはっきり英語の声が聞こえる。
「こちら、ハクリュウ。感度良好。連絡事項をどうぞ」
「こちらルックス、我が外務卿は、会見に同意した。会見は明日朝10時の予定、出来たら今日午後4時に山県大臣と随員をお迎えしてロンドンに泊まってほしい。お迎えは我々が降りた地点と同じ場所にしたい」
「こちらハクリュウ、すこしお待ちください」この言葉から十数秒後返事がある
「こちらハクリュウ、了解した。今朝と同地点に山県大臣と随員として西村副長が降りる。出迎えをお願いする」
「こちら、ルックス、了解した。以上」部屋の皆は唖然とするか、興奮した顔をしている。
いまだ、音声による無線は発明されておらず、しかも、無線機と言えばこのようにコンパクトなものではありえない。
外務次官のサー・ブロックが「どうだろう、ルックス君これを山県大臣を迎えに行くまで預けてほしい。壊さないように厳命しておくので、なんとか構造を調べたい」無線機に触りながらルックスに懇願するように言う。
「いいでしょう。できるだけ壊さないようにお願いします。私の感じでは、彼らがこれを渡した以上は調べられるのは承知の上だと思います。しかし、たぶん我々の知識では手に負えないと思います。ハクリュウの中はそんなものばかりでした」ルックスは言って、ブロックに渡す。
外務卿が気を取り直して、再度話始める。「さて、今の約束の通りなので、ケインズ君は山県大臣の出迎えの準備、宿の準備、それとディナーを準備してくれ。これにはブロック君、ルックス君、ケインズ君も出席してくれ。
しかし、言っておくが、山県大臣及びその随員が我が国の風習に慣れないがゆえに我々のマナー外れたことをしたり、言ったりしてもくれぐれも失礼のないようにな。
迎えるメンバーにはよく言っておいてくれ。今や日本国はスイリュウという隔絶した能力を持った武器、かつ我々では想像もできない知識の貯蔵庫、かつそれらを使いこなしている30人近くの専門家を保持している。かれらは、いまだ貧しいかも知れない。
しかし、すでに武力では世界帝国たるスイレン帝国を明らかに圧倒している。さらに、彼らの知識を使えば近いうちに彼らの富は我が国を上回るだろう。我々は彼らの知識が欲しい。ルックス君の言うことは正しい。かれらと友好関係持ち、そして交流することは我が国にとって致命的に重要だ。では皆頼んだぞ」
その後ジェファーソン准将は海軍本部に報告に行き、ルックス総督は外務卿と首相府向かう。
なお、外務卿は電話で官房長官に連絡をとり、概要を説明して連絡のつく閣僚には協議に立ち会うように手配を頼む。首相府に行き、官房長官サー・ジェフ・クリムゾンに迎えられ会議室で待つうちに軍務卿サー・ピーター・マニング等の閣僚が集まってきて、大体のメンバーがそろったところで首相のサー・マイケル・ジャーナルが現れ会議が始まる。
皆が今朝のハクリュウの活動をすでに知っており、さらにハクリュウによるスイレン帝国の大被害を知った結果、日本国のイングラム国に対する要求はそれほど過大なものではないという認識であり、その要求をのむことに否やは無かった。むしろ、ルックス総督がもたらした、日本国がスイレン帝国へ突き付けた要求をかのスイレン帝国が飲むかに否かに関心が集まった。
「飲むしかないだろう。軍務卿の私がこういうことを言うと問題はあるが、あのハクリュウに関しては我々には破壊する方法がないが、それはスイレン帝国とて同様だ。
しかも、あの活動範囲があれば世界中どこの都市でも軍艦でも破壊しようと思えばできる。スイレン帝国の海軍力は今回のハクリュウによる破壊で半減以下になったが、かの国の力の源泉はあの工業力だ。あれだって、ハクリュウがその気になれば簡単に完全に破壊できる。
しかし、問題はイサリア教だな。現在の教主は一種の狂人だ。そう簡単に有色人種の人権を認めるなどとは承知せんだろう」マニング軍務卿がいう。
クック外務卿が付け加えて言う。「私も受け入れるしかないと思う。たしかに、あのイサリア教が問題だが、問題視している者はいる。大体有色人種を、人間扱いせずに殺しても何も得にはならない。死体ではただの物だが、能力のあるものにはちゃんと遇してやって報酬をそれなりに与えあればそれなりの生産を上げてくれる。
どうも、スイレン帝国の皇帝陛下自身が今のやり方には疑問を抱いていうという情報がある。前代の皇帝の場合はそういうことはありえなかったが、場合によって、イサリア教の大弾圧があり得ると思うぞ。なにしろ、あの腐敗はすさまじいものだからな」




