ハクリュウ、スイレン帝国での無双
ハクリュウはバルセロナの次は内陸のマドリッドに向かっている。バルセロナとロンドンでは時差は2時間あるので、まだロンドン朝8時着には余裕がある。マドリッドはスイレン帝国の首都であるので、日本国からの布告文を投下する予定だ。元々はロンドンからの帰りに投下する予定であったが、時間的に余裕が出たので今回投下することになったのだ。それは以下の文である。
日本国からスイレン帝国政府への布告
日本国総理大臣、織田信厳
維新9年9月1日
1.スイレン帝国は我が領土である九州を予告なく侵略、住民多数を殺戮したうえ、圧政の中でも多数の住民を奴隷状態においたうえ、さらに多数を奴隷として連れ出した。
2.よって、日本国はスイレン帝国と戦争状態であることを宣言する。
3.戦争状態にある現在、日本国は予告なくスイレン国に所属、あるいは所有するすべて人員・施設に攻撃する権利を有し、攻撃を実施する。
4.戦争状態を脱するためには、以下の条件が必要である。
1)イサリア教の教義である、有色人種は人間でないという規定を改め、肌の色に係りなくすべて人
は人として権利を有することを認めること。さらに、帝国もその旨を法に明記せよ
2)スイレン帝国は日本国に対し、5億ペソ(10億円相当)または金100トンの賠償金支払うこと
3)スイレン帝国は4万人と推定される日本人の奴隷を自らの手で送り返すこと
5.もし、この宣言を受けて日本人奴隷を殺戮した場合にはその10倍の人命をもって償わせる。
ハクリュウはマドリッドの200mの上空を悠々と飛んで宮殿の上空でこの宣言文を100部ばらまいて、同時に無線で同じ内容を伝えた。それは、現地時間朝9時半であった。
さらに、ハクリュウは宮殿の近くの、世界の軍事を統べるスイレン帝国軍務本部を爆撃した。その日の朝、スイレン帝国皇帝フィリペ3世は宮殿の窓から不思議な光景を見ていた。それは、灰色の明らかに鋼製の両端のとがった円筒形のものが音もなく宙を飛んでいる。
それから何か白いものが撒かれ、大量のそれが主として宮殿の用地にひらひらと舞い降りてくる。砲台では射撃の準備をしているが、そもそも砲台は空を撃つものでないので、到底あの角度には向けられないだろう。数人の兵士が銃を撃ったが射程外で当たらない。
やがてそれは高度を上げて、たぶん千mもの高さになって帝国軍務本部の巨大な建物の上空にさしかかると殆ど停止する。筒がチカチカとなにか光ったとたんに軍務本部から何か飛びちる。少し時間を置いてさらにチカチカ光り、さらに3回同じ時間を置いてチカチカ光ると殆ど同時に建物からさらにものが飛び散る。
その後、円筒から2本の赤白色の光った棒が現れて軍務本部にそそぐ。
と、いくつもの爆発が起きどっと焔が窓という窓から吹き出して来る。光の棒はなおも永遠と思うほどの長時間、軍務本部にそそぎ爆発とさらなる炎を加えていく。フィリペ3世はおもわず背後の時計は振り返った。9時40分、もう勤務時間だから、3千人の軍人、事務官が働いているはずだ。
たぶん殆ど生き残らないだろうし、とりわけ将官のみで10人近い損失だ。
昨日は、上海と香港、マニラから空を飛ぶ不思議な円筒から大損害を受けたという知らせを夜までに受けている。確か日本国のハクリュウと名乗ったという。
あの、撒かれた紙には何か書いてあるのか。早く知りたい。
「だれか、誰かおるか!」フィリペ3世に叫びにお付きのぺリルが現れる。
「陛下、お呼びで」
「うむ、あの空飛ぶ船、ハクリュウが撒いた紙を拾って参れ」
皇帝の言葉に、従者は「はい、仰せの通りに!」と言い、近くにいた衛兵に言いつけて紙を拾いに行かせる。まもなく、兵士が届けて来て、従者は皇帝にその紙をうやうやしく渡す。
皇帝は、まずその紙が活版印刷で印刷されていることに気がつき、ある程度の数をそろえるためには当たり前かと思って読んだ。読むにつれて最初に感じたのは怒りであった。
『スイレン帝国に日の沈むことはない』世界に冠たる帝国に対して何たる上から目線の言いぐさ、これは許せん!
しかし、『スイレン帝国皇帝たるもの絶対に怒りに我を忘れてはならん』これは皇帝一族に代々語り継がれてきた心得である、彼は息子セニャーラにもこの言葉を、彼が怒りの様子を示すたびに何度も言い含めている。かれは意識して怒りを鎮めて改めて軍務本部を眺める。
軍務本部は完全に焔に包まれ、建物も崩れ落ち始めているのを見ると、もう再建するには残骸を撤去して一から作り直すしかないだろう。その時、従者のぺリルが近寄ってくる。
「陛下、軍務本部からの伝令です」
「なに、もう、しかし助かったのか?」皇帝の問いにペリルが答える。
「いえ、あの攻撃の前に出ていたそうです」
「まあ、良い。通せ」皇帝の指示に、赤毛の若手佐官が現れ、ひざまずいて挨拶する。
「御前に、ホセ・マドラ・セラトス中佐、セラトス伯爵家2男でございます」
「うむ、ご苦労、報告せよ」
「はい、昨日の上海、香港、マニラの件は昨日ご報告されたかと思いますが、本日、先ほど軍務本部を襲ったものと同じと思われる敵空中戦艦によって、現地時間7時、ファイラ(カルカッタ)の総督府、さらに現地時間同じく7時にニューマドリッド(ケープタウン)で総督府と駆逐艦が破壊されました。
さらには8時過ぎから9時にかけて、バロセロナ沖及び近辺を航行中のカルロス1世型戦艦3艦、フィリぺ型巡洋艦7艦、フェーリエ級駆逐艦13艦が攻撃され全て爆沈しました。
以上はバルセロナ海軍本部からの無線による報告ですが、さらに、先ほど軍務本部が同じく空中戦艦によって、最初に砲撃されその結果穴だらけにされたのちに高熱の光線によって攻撃されて全壊したと推定され、建物内及び周辺に居たものは全滅したと考えられます」
フィリペ3世は、それを聞いて沸き上がる怒りと激情を必死で押さえた。
「うむ、報告ごくろう。してセラトス中佐は報告にこちらに向かっていたので助かったのだな?」思ったより平静な声が出たので安心したフィリペ3世であったが手が震えているのに気づいて後ろで組んだ。
「はい、10分の差で命拾いしました。こんなことがこの世界の中心である、マドリッドで起きるとは!」中佐の声も震えており、彼の顔は真っ青である。
「あれは、日本国のハクリュウという空中戦艦の攻撃である。お前はこれを見かけなかったか?」
皇帝が差し出す紙を見て、中佐も懐から折りたたんだ紙を取り出す。
「はい、これに。何という無礼な文章でしょうか。わがスイレン帝国に命令するとは。しかも、こうした破壊行為を止めてほしければ、教会の教えを変えろとか金を出せとか。このような無礼を為した日本国には最悪の懲罰を与えなければならないでしょう」
軍人のこの言葉を聞いて、フィリペ3世は心からの怒りがこみ上げてきたので必死に抑える。
「果たして、出来るかな?すでに日本国の九州の兵は全滅し、九州は取り返された。昨日は上海の総督府、香港の船と総督府、マニラの船と総督府、今日はファイラ、ニューマドリッドに加えなんと我が帝国海軍の本拠であるバルセロナの艦船が全滅した。
さらには、あのハクリュウは王宮の上を堂々と飛んでこうした宣言文を撒き、加えてわが軍の頭脳である軍務本部を焼き払ってしまった。とりわけ、海軍については殆ど主力艦船が半減以下なってしまった。
しかも、計算するとあれはニューマドリッドからバルセロナまで僅か1時間で飛べるのだが、あれをどうすれば懲罰を与えられるのだ。具体的に考えはあるのか」
皇帝の言葉に中佐は言葉に詰まる。
「い、いえ、具体的には………」
「軍人たるものリアリストでなくてはならん。願望を言ってもなにも進まんぞ。軍人としてなにか案を考えて見よ。なお、貴官も知っているだろうが、あの艦にわが軍の砲撃は無効だ。すでに香港で何発も命中したが、効果はなかったとの報告が来ている」
皇帝の言葉に中佐は考え込みやがて、返事をする。
「あの艦も何らかの燃料で動かし、また光線を出すにも燃料が必要だと思われます。その燃料を補給するときを狙うというのが一つの案です。あるいは、あの艦は何かの光った膜みたいなもので覆われています。
その光がない時であれば砲撃が通用するのではないでしょうか」
「うむ、そうかも知れんが根拠がない。またあれだけの機動力を持つ艦を仮に燃料補給をする、あるいはあの膜を外すとしても我が大砲の弾が届くところにはいないだろう。つまり、余が見るところ、あの艦を打ち破る方法をわが国は持っていないことになる」さらに冷静に言う、皇帝に中佐は元気なく問う。
「陛下、ということは彼らのあの要求に従うしかないということでしょうか?」
「うむ、それも選択肢ということだ。わが帝国の周知を集めても、どうしてもかの艦を打ち破れないということが明らかになった場合、今後も生じる被害を考えたら、かれらの言うようにすることが帝国にとって最も被害がなく最も合理的な方法であるかもしれない」そう皇帝は言う。
そこに、宰相と軍務卿が顔色を変えてやって来る。「へ、陛下、軍務本部が………」
「おお、宰相、軍務卿遅かったな。その件、及びファイラとニューマドリッドの件は承知しておる。軍務卿は無事だったか、本部に居らずよかったの。ところで、そちのところも当然本部からのファイラとニューマドリッドの件で使者は来たのだな?」皇帝の軍務卿の無事を喜んだ後の質問に本人が答える。
「はい、私は幸いに宮殿の執務室に居り、使者より知らせを受けました」皇帝が命じる。
「丁度よい。余の執務室にて協議をしよう。それからセラトス中佐、そちは本部の貴重な生き残りだから出席せよ」
皇帝の執務室の会議テーブルに4人が就いて協議が始まる。
「宰相と軍務卿はこの文を見たか?」皇帝はハクリュウが撒いた紙を広げ聞き宰相が答える。
「はい、最初に私の部屋に届けられ、軍務卿もすでに読んでいます」
「なるほど、ではこれについて意見を聞かせよ。断っておくが感情的な話は聞きとうはない。出来る出来ないをはっきり考えて述べよ。まず軍務大臣からだ」皇帝が順次意見を聞き始める。
「はい、率直に言って、あのハクリュウを破壊する方法は思いつきません。わが軍の最強の砲で撃っても全く被害を与えられないほどの強靭さ、さらにどういう武器かもわからないまでも、非常識なまでの強力な攻撃力、またなによりの問題はあの移動速度とたぶんこの地球を一周できる飛距離です。
率直に言って燃料切れ、弾切れを狙う以外の方法は考えられませんが、この点も全く判断するデータがありません。かれらに、燃料切れ及び弾切れの要素がなければ、わが軍のみならず我が国の都市を含めたすべての施設は単なる的です。
軍の責任者として大変申し訳ないのですが、これだけ隔絶した性能の兵器が日本国という敵性国家が持って運用している以上、手の打ちようはありません。
最悪なのは、我々がやってきたことの結果、我が国の軍および国民に対して彼らは最大の悪意を持っていることです。一方で、かれらは無関係のものを破壊に巻き込まないように気を配っている感じから考えると、基本的には好んで破壊をしようとする気持ちは無いと考えています。
我が国に対しても、一般人を巻き込むような破壊は好まぬようですが、軍人には容赦がないです。
従って、彼らの要求を一旦のめば、破壊は止むでしょうが、逆に拒否すれば世界中のスイレン帝国領に安全な場所はなくなりますね」軍務卿は我ながら無責任と思いながら言う。
「うむ、余も卿の言い分には言いたいこともあるが、まあ宰相の意見を聞こう」皇帝が宰相の意見を聞く。
「私は、正直に言って軍が情けないと言いたいところです。しかし、感情を取り去って考えれば、確かにあれほどのとんでもない存在に打つ手はありません。
ですから、単純に損得で割り切って考えれば、教会云々は別として、要求のある金額程度を準備することはそれほど大きな痛み無しに可能ですし、奴隷を返すのもそれほど困難ではないでしょう。従って、日本国の要求をのむという選択肢がベストです。
しかし、わが帝国は現状では世界一の領土と勢力を持つ存在です。ですから、彼らの要求を受け入れる場合どれだけ体面を保って受け入れるかということが極めて重要になります」
「ふーむ、やはりな。しかし、問題は教会だ。これをどうするかは大きな問題だ」宰相の話を聞いた、皇帝が考えながら言う。




