ハクリュウ無双3
ルックス総督とジェファーソン准将は、あまり広くはないが、絵も飾ってあってそれなりに客間として整えられた部屋で、夕食を外務大臣山県、艦長と副長及び機関長と共にとった。
外務大臣の山県は、英語げ出来ないのでこの場には翻訳機を持ちだしており、日本語、英語は同時通訳がされることになる。食卓にはテーブルクルスが掛けられ、食前酒としてビールが出されている。前の世界の貴重な残りだ。
最初に艦長の佐川が口火を切る。「狭い部屋で申しわけありません。今のところ明日の夕方はロンドンで降りて頂けると思いますので、今晩だけのことになるかと思います。ただ山県閣下についてはまだ場合により2泊お願いするかもしれません」
「いやいや、船の中というのは普通は快適というわけにはいかないが、この船は空気がさわやかであるし、シャワーまであるうえ、あのトイレ!あんな快適なものは聞いたこともない。素晴らしいものだ」
ルックス総督が目を輝かせて言う。
「そうです。私たちの日本にあってはあれが普通になっていました。あれに代表されるように確かに便利な世の中でしたよ」副長の西村が言う。
それがきっかけで、メインディシュの魚の食事をとりながら、主として西村が自分たちが生きてきたハクリュウの世界の話をする。
「そのように、私たちの世界では、普通の人が世界一周をすることもそんなに費用を費やさなくても可能でしたし、植民地も殆どなくなっていました。
つまり、有色人種も基本的に自分の国をもって肌の色は違っても皆平等ということが公的には共通認識でした。また、このハクリュウに使われている技術はほんの数年前に開発されたもので、このハクリュウはもともとは潜水艦と言って海中を行動できる軍艦だったのです。
ところがラザニアム帝国という他の星を統べる国が、地球を滅ぼそうとして襲い掛かってくることがわかったので、水中を行動できるので当然密閉されていて宇宙も行動できるということから、宇宙船として空を飛べるように改造されたのです。
そして、地球を守るための防衛戦争で、ほぼ相手を撃破したと思われた最終のところでこのハクリュウは敵艦の大爆発に巻き込まれて、気がついたらこの地球のある世界にいたのです」
西村の話に、総督はやや大げさに感嘆する。
「なんと、神隠しの話は聞きますが大爆発で違う世界に飛んでしまうとは、そういうことはこの私どもの世界はあなた方の過去ですかな?」
これに対しては、機関長の永田3佐が答える。
「いえ、明らかに違います。時代としてズレているかも知れませんが、日本の歴史も違いますし、貴国イングラム国は割に私たちの過去のイングランド帝国に似ているのですが、スイレン帝国とその版図や役割りが入れ替わっていますね。
前の世界では、スイレン帝国ほどの残虐な植民地支配をした国は存在しませんでした。しかし、欧州の白人が世界を植民地化して、有色人種を搾取したことは事実ですね。
さきほど西村副長が言ったように、そうした支配は私たちの世界のさらに私たちが生きていた時代には解消されており、有色人種も自分の国をもっており、人類は平等ということが言われていました。
しかし、やはり白人は優れていて有色人は劣っていると思っている白人は多かったようですが」
そこにジェファーソン准将が口をはさむ。
「当然だろう。白人は例えば黒人に比べると明らかに優れているし、日本人はまあ優秀なものもいるが、白人に比べると劣るよ」
「まあ、今のあなた方の感覚でいうとそうなるでしょうね。でも、今や日本にはハクリュウがいるのです。この世界は、技術レベルでいうと私たちの世界の70年から150年程遅れています。
日本はハクリュウが持っている技術が利用できるのですよ。白人は優れていると言えるのもそう長いことではないでしょう」西村副長が反論する。
そこで、佐川艦長がおもむろに話始める。「先ほど副長からもお伝えしましたように、私たちは日本人ですが、この世界に来た状況から元に帰れるとは思っていません。それが、この世界にも同じ顔をした日本人が日本国を作っていましたので、私たちはその日本国で暮らすつもりです。
ですから、その日本国の九州と、琉球も日本の一部だと思っていますので取り返すのに手を貸します。スイレン帝国の施政については、あの有色人種を人間として見ずに極めて残酷に扱っている点は前の世界の我々から見ても許せませんので、彼らがその施政の方針を変えない限りこのハクリュウは彼らの敵です。
イングラム国については、薩摩・琉球を占領して植民地としたことは含むところはありますが、それほど圧政を布いていたわけでないので、すでにお知らせした日本国政府の要求でよろしいと思っています。
どうか、薩摩にいるイングラム人及びイングラム国のためにも政府を説得してください。そうでないと、私たちは望まぬ破壊と殺戮をする必要があります。もうご理解して頂けたかと思いますが、私たちが薩摩に残ったイングラム人を殺戮することは簡単です。
またロンドンそのものを無人の荒野に変えることもまた可能です。それだけではありませんよ。ハクリュウに出会ったイングラム国の艦船は全て沈むことになります」
「う、うむ、理解している。政府のものを何としても説得するよ。ただ、お願いがあるのは、一度ロンドン上空をゆっくり遊弋してほしい。そして、砲台による砲撃を受けても被害を受けないことを見せつけてほしい」総督が顔を引きつかせながら言う。
「わかりました。攻撃も見せなくていいですか。テムズ川は幅が400mほどありますから、真ん中であれば両岸に被害は無いでしょう。上海でやったあれですよ」そのように佐川が応じると総督も同意する。
「たしかに、攻撃力を見せた方がいいだろうな。うむ、あれなら殆ど被害がないだろう。ではお願いしようか」
「まあ、物騒な話はこれくらいにして、すこしお互いの国のことでも意見交換をしますかな」山県が口を出して、その後はそれぞれの国の様子や愚痴などを言って夜はふけていった。
その夜、ジェファーソン准将は必死でハクリュウの一日の戦闘の様子を報告書にまとめていった。また総督も准将ほどの量ではないが政府に出す意見書を食卓用の台を引っ張り出してまとめている。
その際に彼らにとって心強かったのは、「報告書など政府に出す書類があるならこれで必要な部数の複写ができますので、言って下さい。見られたくないなら使い方を教えます」と言われ実際に複写して見せられたことであった。
翌朝6時(ただし現地時間)艦内のものはラジオ体操から始める。ファイラ(カルカッタ)上空に着いたのは午前7時である。ルックス総督とジェファーソン准将及び山県大臣については、6時30分にドアがノックされ意向が確認されてやはり様子が見たいということで、スクリーンの前の席についている。
次のニューマドリッド(ケープタウン)に移動中に朝食を取る予定だ。時差が4時間ほどあるので夜遅くまで報告書を書いていた准将にとっては有難い時差であるが、夜は早く眠くなることになる。
ファイラではしかし、残念ながら艦船はおらず総督府を焼き払ったが、たぶん人はほとんどいなかったであろう。次はニューマドリッド(ケープタウン)であり、距離は約8500kmである。移動に1時間を要する間に総督、准将及び山県大臣は昨夜使った客間で食事をとる。
翻訳機のお世話になりながら、コーヒーを飲む西村副長を交えた会話である。
「ところで、どのような手順でロンドンでは貴国の外務関係の方にお会いできるであろうかな?」
山県が聞き、ルックス総督が答える。
「ええ、まず私ども2人が降りて政府と折衝します。降りるのは昨夜お話しした砲撃を受け、さらに熱線でテムズ川を撃って見せた後になります。場所は、テムズ川の湾曲部で比較的シティに近い空き地を考えています。あの位置であればどこの砲台からの弾も届かないはずなので警戒すべきは銃撃のみだ。降りる前に拡声機能で我々が来ており、降りることを伝えれば万が一兵がいても撃ちかけてくることはないであろう。話がついたら、どうやって連絡をするかな?それと大臣閣下のみで来られるかな?」
今度は西村副長が言う。「私が、山県大臣の随員で付き添います。私は英語には不自由でしませんので。またこの無線機をお貸ししますので、長引くようだったら定期的に連絡をください」
そう言って西村が弁当箱位の無線機を渡すと准将が驚く。
「なんとこれほど小さいとは、してどのくらいの距離が届くのであろうか?」
「200km位は大丈夫です。ただハクリュウがロンドン近辺に居ない時はお知らせします。また、24時間以内に連絡がない場合には我々は引き上げます。その場合は、貴国と日本国は敵対関係にあると承知してください。ハクリュウは日本国に帰る途中でシンガポールを破壊しますし、貴国海軍の艦船を見つけたら全て撃沈します。さらに薩摩・琉球のイングラム兵はたぶん全滅します。民間人は出来るだけ傷つけないようにしますがね」ルックス総督とジェファーソン准将は顔色を変える。
「わ、わかった、何とか説得する」ルックス総督が答える。
「ところで、ロンドンとは時差がありますので、ロンドンに着くのは朝の8時ごろに調整するつもりです。今の季節だともう明るいでしょう」西村が言うと、「うむ有難い。平日でもあるし、一日活動に使える」ルックス総督である。
ニューマドリッドに行く途中、再度水谷3尉が報告する。
「戦闘艦、2隻です。駆逐艦2艦。質量から見てスイレン帝国艦と考えられます」
「よし視覚で確認できる高度まで降下確認せよ」2万mの高度から舞い降り、3000mの高さで視覚的に確認された。
「間違いなく、スイレン帝国艦です」そう水谷が確認する。
「では高度2000mで、駆逐艦を2発で火薬庫を狙って沈める」約1分後2隻目の駆逐艦が爆沈するのを見て、「再度、高度2万m、ニューマドリッドに向かえ」佐川が命じる。
ニューマドリッドでは現地時間やはり午前7時であったが、港に駆逐艦が1隻停泊しているのみであり、すでにルーティンワークになっている駆逐艦爆沈、総督府の焼き払いが行われた。
「次は、バルセロナに向かいます」西村から、総督と准将及び山県大臣に伝えられる。
「ええ!バロセロナはスイレン帝国随一の工業都市で軍港でもありますが、バルセロナも攻撃するのですか?」准将の質問に西村が答える。「ええ、今からロンドンにまっすぐ行くと時間が早すぎるので、停泊している軍艦を攻撃します」
アフリカ南端のニューマドリッドから地中海のバルセロナまで約8千kmであり、高度2万mに舞い上がって時速1万kmで飛べば1時間である。
約1時間後晴れ渡ったバルセロナの沿岸を見渡せる高度1万mまで舞い降りて偵察すると、まず目につくのはバルセロナ周辺の多数の煙突でありほとんどのものが真っ黒な煙を黙々と吐いている。また、さすがに大帝国スイレンの海軍の本拠である。
数多くの軍艦が停泊しており、近づいているもの、遠ざかるものも多い。カルロス1世型戦艦3艦、フィリぺ型巡洋艦7艦、駆逐艦に至っては13艦が観測範囲にいる。現在現地時間はニューマドリッドと同じ時間帯なので午前8時半である。さすがにこの数を片付けるのは1時間を要した。
その朝、スイレン帝国海軍中佐、ピエール・ドラ・マーセルは乗艦であるフィリぺ型巡洋艦フィエル2世号に向かって歩いていた。彼に手を振って見送ってくれた最近にわかに美しくなった娘のドーラのことを思って内心暖かいものを覚え、朝の街も輝いているように感じる。
しかし、彼は不吉な音を聞いて眉を顰めその音の方向を眺める。それは明らかに爆発音であり、それも空気をびりびりと振るわせるほどの強さのものである。そちらを見て彼は目を見開いた。
そこには、確かに戦艦カルロス一世型が停泊していた位置で赤黒い爆炎が四方八方に吹き出し、とりわけ上方にはもくもくと伸びている。
「あれは、火薬庫が爆発しているのか。事故か?」彼は思わず声に出して言った。しかし、その少しまえ大きな音ではないがバシュという音を聞いたような気がする。
また、同じような音が聞こえたのでそちらを見ると晴れ渡った空に何かが浮いている。灰色の太めの葉巻のようなもので、そこからチカチカと火花のようなものが散る。
今度は爆発した戦艦から数km離れた戦艦から赤黒い爆炎が吹き出し、同様にその手前の巡洋艦から炎が噴き出す。それからはマーセル中佐にとっては悪夢のような数十分であり、彼の誇りであったスイレン帝国の国力を象徴する戦艦が、巡洋艦が、駆逐艦がどんどん爆発してゆく。
それを招いているのは、明らかに上空のなぞの葉巻なのだが、幾隻かの艦では砲撃の準備をしており、実際に打ち出したものもいるが届かない。そうしている内にその艦も爆発していく。
世界最強のスイレン帝国海軍には、あの敵をどうすることもできないのだ。




