九州奪還作戦その1
スイレン軍の各地区本部を殲滅後、第一師団から300名ずつ10回送り込んだ3000名が現地に入り、500人の特戦隊から現地抵抗組織のものを増強した2500名に接触して新式の銃を渡した。
その結果余剰になった、2500丁のスイレン軍の銃は、度重なるスイレン軍への攻撃と一方的に押している状況に勇み立った人々を組織して、第1師団の兵と合同して九州遊撃隊を組織した。ハクリュウを使えば大量の物資の補給が可能であるため、さらに銃と手榴弾さらに小型砲が補給されて、特戦隊が3000人、九州遊撃隊が6000人の新式銃と手榴弾及び75mmりゅう弾砲20門が装備した軍になった。
一方でスイレン帝国軍は残り1万人余で、合計9千人の日本兵と数でも大差なくなった上に、九州全土に散らばり各地の駐屯地に閉じこもるのみとなった。こうなると問題になったのは、軍の力を背景に日本人を搾取してきたスイレン人の役人や商人またその家族であり、各地の村等に入っていた代官や役人は同様に駐屯地に入り、商人の力のあるものは日本人のやくざ者やスイレン人の腕の立つものを護衛に自分の屋敷にこもるものもいた。
女子供を含む多くのものは、殆ど小さな船または陸路でイングラムが支配する薩摩を目指し、1万5千人ほどは薩摩に逃れたであろう。これらは、日本人の接触のあるものから駐屯地に閉じこもっても最後は兵と一緒に殲滅されること、兵以外のものはよほど恨まれているもの以外は薩摩に行く分には見逃されると言われたことも大きい。
その他のものは九州に約40カ所ある駐屯地に閉じこもったわけであるが、当然すぐに食料やさまざまな物資が不足し、駐屯地から10人から100人のまとまった兵が出てきて、食料の調達や彼らの倉庫から物資を持ち出そうとしたが、ほとんどの場合殲滅されて帰るつくことも出来なかった。
また、商人や代官であったもので地元のものから恨まれていないものは比較的簡単に薩摩を目指すことができたが、深く恨まれているものについては途中で殺されるものが多く出た。護衛を付けて立てこもった商人はこれは例外なく大きな恨みを買っていたためほとんどが早いうちに殲滅されている。こうしてスイレン人は数を減らしていき、維新9年の10月には40カ所の駐屯所に合計1万2千人が閉じこもっていると想定されていた。
この時点はすでに、スイレン人は駐屯地から出ることができなくなって、九州の地は実質的には特戦隊と遊撃隊が軍事的に支配しているため、特戦隊と遊撃隊は自分の隊にいる地元のものの案内で各地の有力者に接触している。これは、陸軍本部の意向もあって近く攻撃する駐屯地について、降伏してきた場合の捕虜の取り扱いについて相談しようとしていたのだ。
長くスイレン人に支配されて迫害されてきた九州の人々を思えば、中央でその取扱いを決めるわけにはいかないという思いからである。聞いてみると、全般的にスイレン人のやったことは極めて悪辣で、兵については女狩りをして狩られた女はわずかに逃げ出したもの以外は全く帰って来てないこと、遊び半分で銃で子供を含んだ人を撃ち殺したり、刀で切り殺したりするものがいたことなどが語られた。
さらにはスイレン人の一般人も、強姦・暴力は日常茶飯事で、暴力で金品を奪う者を数多くいたとのことで、しかしその様な者の大部分は駐屯所に立てこもっているとのことである。
薩摩に逃げた者はそうしたことで少なくとも目立ってはいなかったとのことである。結局、殆ど総意として駐屯所に立てこもった者たちは生かして帰してほしくないということであった。
しかし、それなりの防塞では防御側が有利であるため、攻撃3倍の原則からいうとあきらかに今の攻める方の兵力は不足し、守る方のスイレン側の食料はともかく弾薬に不足はないであろう。しかし、各駐屯地の電話線はすでに切られて孤立しているので、一つずつ兵力を集中して攻め落として行けばいいのだ。
結局、すでに駐屯地以外の場所は日本軍が支配しているので、当初考えられていた正規軍の上陸作戦は必要なくなった。またその代わりに、スイレン軍のものを捕獲した船で75mmりゅう弾砲と砲弾が大量に運び込まれた。
その結果、駐屯所の周りには丸太で作った移動式の陣地を大量に作った上で一つの駐屯所には500人以上の兵を集めて、まずりゅう弾砲で100発を駐屯地に打ち込む。耐えられず出てくる兵は狙い撃ちで、陣地近くまで攻めて来るものは手榴弾一掃する。こうして、捕虜は取ることなく10日で駐屯地を一掃した。
「終わったね」サヤカが言う「うん、終わった」セイタもほっとして言う。2人は同僚の兵約千人と共に宗像にあるスイレン軍の駐屯地の掃討を終えてほっとしている所だ。宗像の駐屯地は規模が大きい方でスイレン兵が350名、一般人が150名合計500名も立てこもっていた。
指揮官の山科少尉から、この駐屯地が九州で残ったスイレン兵の拠点の最後であると言われており、それもあってあちこちから多くの兵が集まって、丸太の弾除け陣地も殆ど駐屯地を取り囲んでいた。
りゅう弾砲の射程は1里あるので、駐屯地から1町あまりのここからは見えないがもうすぐ撃ち始めるはずだ。始まった、光が山なりに跳んでいき、駐屯地に落ちて煙と火花が散り、ドオンという轟音が起きる。それが1、2、3、4、5、もっともっと連続する。
もうスイレン兵は駐屯地にしかいない今、夜行動する必要はなく、こちらの都合のいい時間を選べる。予定では200発位を打ち込むことになっているが、あの爆発の感じでは建物は殆ど残らないだろうし、生き残っている奴はいるかなという感じがする。
みな、丸太の陣地の中で空を飛んでくる榴弾を見たり、駐屯地で吹きあがる煙と火花を見ている。「お!気を付けろ」叫びがあがり、駐屯地の塀の上に作っている4カ所の砲台に兵が集まって大砲を撃つ準備をしているが、四方八方から小銃が撃ちかけられてたちまち兵が倒れる。その上に、各々の砲台にはこちらの兵が手榴弾を投げ込んですぐ爆発が起きる。もう、あの大砲は使えないだろうし、生き残っている敵兵がいてももうだめだろう。
さらに、榴弾が飛び込み中で爆発連続して起きるが、あれを見ると少し中にいるものが気の毒に思えてしまう。やがて、我慢できなくなったのだろう。いきなり門が開いて、30人ほどの兵が小銃を構えて走りだしてくる。このためにセイタ達たちがいるのだ。
セイタもサヤカも陣地の丸太の影に隠れて敵を狙って撃つ。今もっている銃は維新9年型という銃で、セイタで2町慣れていても人間の体位は当てられるし、うまい奴だと同じ距離で顔に当たる。今はたった1町だから、セイタの撃った弾は顔に当たって、敵はドンと吹き飛ばされる感じで倒れる。
すぐ弾入れから弾薬と一体になった弾を出して銃の横腹から弾を込めるが、その時間は殆ど一瞬だ。しかし、弾を込めて構えたときにはすでに敵兵はすべて倒れ伏している。榴弾の砲撃はすでに終わっており、駐屯地から炎が噴き出し出し始めている。
しかし、山村伍長が叫ぶ。「油断するなよ。かならず生き残っている奴らがいる」
そう、人が撃たれて死ぬのは打ち合いの中もあるけれど、戦いの合間に気を抜いたときに撃たれることも多い。油断してはだめなのだ。
門から、棒の先にくくり付けられた白旗がふられ、スイレン兵が2人へっぴり腰でてくる。丸腰で若い。たぶん15歳を過ぎたばかりだろうが恐怖に震えている。みな、銃を構えてみているが、だれも撃たない。しかし、かれらが撃たれないと思ってすこし白い歯を見せたとき、ダーンと銃声が響き、一人がのけぞる。
額に穴があいて血が噴き出している。進み出てきたのはサヤカだ。彼女が煙の出ている銃をおいて、短剣をもって進み出ると、もう一人の少年が素早く腰から拳銃を抜き彼女を狙おうとするがその前に刃渡り1尺の短刀が少年の額に突き立っている。
「あいつらは、あんな顔をして私を犯し、さらに面白半分に蹴りつけ殴り飛ばした」サヤカは死んだ少年のそばに立って呟くようにいう。「おお、サヤカ、でかした。こいつら拳銃を持っていた。危なかったな」山村伍長が駆け寄って言う。
それから、駐屯地でごうごうと火が出て、もう出てくるものもおらず、山村伍長らが中を点検しても、中には死体しかないのを確認して、「よし、ここも片付いた、みなご苦労!」そう言ってようやく、サヤカとセイタの終わったね、の言葉が出てきたのだ。
まだ、あちこちにスイレン人は潜んでいるだろうが、軍として武器を持って戦わなくてはならない相手はもういないだろう。あとは、あとはどうしたらいいのだろうか。セイタは考えた。今までは夢中で戦ってきて、いつまで生きていられるかもわからなかった。
しかし、サヤカがいる。セイタはサヤカともう長くなじんでいた。ある夜2人だけになって、我慢できず彼女に抱き着いてその唇を求めたとき、彼女は応じて「私、汚いよ、いいの?」と月明かりにセイタの目を見て言う。セイタは無言で更に求め、その時彼らは始めて結ばれたのだ。
セイタにとっては無論初めてであった。その後、2人は他の沢山のカップルと同様に公認の仲になって、共に寝起きするようになった。セイタにとって、毎日の訓練を含む軍事活動は厳しいものであったがサヤカとの一緒に居れる生活は夢のような日々であった。宿舎までの道中、セイタはサヤカの様子がいつもと違うのが気がかりだった。
その夜、2人はいつものように求めあって、お互いをむさぼりあったが、セイタはサヤカがいつもに比べて激しいのに気が付いたものの戦いが終わったせいであろうと思っていた。翌朝セイタはいつもの様に目を覚まし、横にサヤカがいないのに気が付いた。「え!」とは思ったがはばかりかなと思ったところで紙切れに気が付いた。それには、『しあわせになってください。サヤカ』と書かれていた。
それで、セイタは昨日からサヤカの様子がおかしかったのに思い合せた。慌てて、飛び起きて、宿舎の門に行き。「サヤカが出ていかんかったかね」
「おお、四半刻ほど前に出て行ったぞ、なんかおまえ、喧嘩でもしたんか」門番が言う。
「い、いや、どっちに行った?」セイタは焦って聞く。
「うん、この道をまっすぐよ。家に帰ると言っておったぞ、だけん、この道だな」門番の答えに「ありがとう!」と叫びセイタは必死で駆ける。
流石に鍛えた体はなかなか息が切れないが、ようやく疲れを覚えたころ見慣れた後姿が見えた。声を出そうとしたのを飲み込んで尚も走ってちかづく。
ようやくサヤカも気が付いて、振り向いて目を見開くが、セイタはさっさと彼女の前に回り込んで、「なぜじゃ。俺を捨てて行くんか。なあ」彼女の手を掴んでその目を見る。
彼女は目から涙をあふれさせて「でも、でも、私は汚い女よ。セイタはもっといい女が沢山いるよ」顔を背ける。「いやじゃ。俺にはお前しかおらん。なあ、俺が嫌になったんか?」セイタは叫ぶ。
「いや、そうやないけど、私はセイタにはふさわしくない、あんたは汚れてない女と一緒にならな」サヤカは言うが、セイタは彼女を抱きしめて叫ぶ。
「俺にはお前しかおらん。お前がおらん生活は考えられん」強く抱かれたサヤカはうめくように言う。
「ほんとにうちでええんやね。ほんとうに」
「そうじゃ、お前やないといかんのや」とセイタは言って、結局この騒ぎは2人の痴話げんかで終わったのであった。その日は、2人は一旦宿舎まで帰り、思いたったが吉日ということで、セイタの服装を整えてサヤカの実家に出かけて行った。
サヤカは、陸軍の特戦隊に助けられた後、数度家には顔を出して、親にはその後のいきさつを報告していた。親としてはサヤカが女狩りに遭ってスイレン軍の駐屯所に連れ込まれたことを、自分たちも知り近所にも知られている。
結局どういう目に遭っていたかもわかっているだけに、生きていたことを喜んでいることは事実であったが、言ってみれば無事であったとは喜べないということであった。
サヤカは、そのあたりは割り切っていた。結局そういうことは、九州という地方が被った傷であって、自分も社会も乗り越えて行かなくてはならないのだ。さすがに、20数人のスイレン兵等を暗殺するには度胸が据わっていなくては出来ないので、近所の目は自分で越えられると思っていたが、セイタについてはまた別であった。
それだけ大事に思っていたのであろう。スイレン帝国と戦っている間は夢中と言うより、戦いの最中と言う言い訳が出来たが、それが終わったと思ってみると、どうしてもスイレン兵の駐屯所に囚われていたことが彼に対する引け目になってしまう。
それで、愛想をつかされるより自分で身を引こうとしたが、道中は悲しくてたまらなかったのを鮮明に覚えている。そして彼の姿が見えたときのうれしかったこと。もう、セイタがいいと言ってくれるのなら何があっても大丈夫だ。万が一、彼の気持ちがもし変わったらその時だ。もう迷わないと決めたのだ。
サヤカはセイタを連れて、自分の育った小さな商店の裏の玄関の戸に手をかけて胸を張って開けた。
「ただいま、お父ちゃん、お母ちゃん。帰ったよ。サヤカだよ」少しして、ばたばたと音がして、やつれた父と母が現れる。続いて、13歳の妹が出てくる。
「おお、サヤカ!」「サヤカ」「ねえちゃん!」口々に言うが明るい顔をして、セイタの手を取っているサヤカをみて、怪訝そうでもあり、嬉しそうでもある。
セイタが大きい声で挨拶する。「セイタと申します。今度九州も日本国に戻りますので、脇村政太の名前になります。今日はお嬢さんのサヤカさんを嫁にもらいたく参りました。よろしくお願いします」
そして、セイタ改め脇村政太は深々と頭を下げる。
「まあ、まあ、それは、それは、まあ、狭っくるしいところで散らかっていますが、上がってください」父母があたふたし、母は慌てて居間を片付けに飛んでいく。サヤカは天にも昇る気持ちであった。
今日まさかセイタが結婚のことを言ってくれるとは思わなかった。まだ自分たちも若いので結婚そのものは少し先になるだろうけれど、そう言ってくれるセイタの気持ちが嬉しかった。結局セイタはすぐに陸軍の幹部候補生のコースに進んだので、正式な式は2年後になったが、家に帰って商売をバリバリ切り回し始めたサヤカとは、別々に暮らしてはいても事実上の夫婦として心が繋がっていた。




