日本の産業開発2
日本国産業開発ためには様々な工業製品を量産化する必要があるが、こうした工業製品の実用化にあたって試作は必須であり、この時ほとんどの場合電力が必要になる。さらには先述したような鉄砲の緊急生産にあたっても当然旋盤等が使われるのでこれまた電力が必要である。
しかし、現状の所、発電機は国内にはようやく100kWクラスの小水力発電機が2基あるのみで実用の域に達していない。そこで、ハクリュウの居る陸軍練兵場に大型の配電盤を5面製作して、そこまではハクリュウから送電するようにした。
その結果、ハクリュウが着地している広大な練兵場には仮設の建屋が林立して、この配電盤から配電した電力の端子が繋がれて、各々の建屋の中で様々な生産及び試作がされている。この際には、何と言ってもハクリュウからおろした万能工作機が非常に有効に使われている。
こうして、ハクリュウは哀れ発電ステーションに使われはじめ、作戦で飛び立つことで電気供給を止めて外にでると苦情が出るようになって来た。もっとも、大容量のSAバッテリーがあり、これは少し効率が悪いもののハクリュウで励起可能なので電力供給の面では実際的にはあまり問題はない。
しかし、もう一つの問題があるのは、これらの開発グループには異日本の常識を持っているハクリュウの乗員が加わることは必須であり、実際には種々の開発にとってはハクリュウの乗員がいなくなることが大きな問題になっている。とりわけ、コンピュータに詳しくて様々な知識を好きなように取り出せる湯川一士は、そこに居れば最も便利に使われている一人である。
「恵一さん、私も新聞で日本国革新第1次5か年計画という内容を読んだのだけど、何か意味が良くわからないので教えてほしいのよ」
婚約者の早苗の家である西田邸の居間で、お茶を飲みながら早苗の父俊太郎との仕事の話が一旦終わったあと一緒に居た早苗が、横に置いてあった新聞の記事を指しながら湯川に聞くが、俊太郎も同調して言う。
「うん、わしも出来れば聞きたいと思っていた。一通り説明してもらえるとありがたい」俊太郎は顔立ちは整っているが丸々していて、とても俊敏には見えず名を表してはいないが気のいい話しやすい男だ。
「ええ、まあ一通りは聞いているのでわかる範囲で説明しましょう」と湯川は新聞を取って説明を始める。「まず、所得倍増とうのは皆の収入を2倍にしましょうということですから、これはわかりますよね」
「ああ、わかるが、2倍とは大きく出たな」俊太郎が言うが「いえ、年間1.15倍でいいので非常識ということはありませんよ。今の計画からすれば僕は倍増は控えめだと思いますよ」湯川は軽く返して続ける。
「それから、九州奪還はうまく行けば今年出来るかも知れないし、遅くとも2年後には北海道と樺太は取り返せます」
「ええ、それは、恵一さんの話を聞いていればそうかもしれないわね」今度は早苗が言う。
「それから、憲法と言う言葉は聞きなれないかもしれませんが、すべての法の基本になるものだから、これがしっかりしてないと法もグラグラになります。
異日本のものがたたき台になるから、1年もあれば憲法・法律を含めて骨格の案は出来上がりますよ。でも、これは後で言う国会で承認されなくてはならないですからね。また、細目はたぶん5年では無理かな。
さらに政府・地方自治体の組織や役割を決めることになります。これも国会の承認が必要になります。ここまではいいですか?」
「うーん」「そうじゃな」2人はあいまいに頷く。
「では、次は議会すなわち国会を作ります。これは衆議院と貴族院を形成して議員を選んでその議会で法律とか国を動かす様々な仕組みを作るのです。
普通選挙というのは、男も女も20歳になると思いますがその年になると選挙で投票の権利が与えられます。選挙は国会と地方自治体の県とか都及び市町村などの議員やらその首長ですね。
さらに税制については。基本的に、所得税は個人の収入に課するもの、法人税これは会社つまり収益事業を行う組織の利益に課するもの、さらに事業そのものに課するものですね。さらに固定資産税は土地とか家や建物に対してに係る課税ですね。相続税は遺産相続した場合に遺産の額に応じて課税するもので、世襲財産は余り持てませんよということです。
所得税は累進課税であり、収入が大きいほど課税の率があがります。これらの仕組みで、大きな財産を作りにくくして、さらに大金持ちの一族の世襲を許さないようにしているわけです。
それとこれも仕組みの話ですが、東京の都と他の県たぶん九州を除いて40、九州を入れると46の県さらに都・県の中にもっとも小さい行政単位として、人口を基準に市町村を決める必要があるということです。しかし、市の境界線の確定や職員を配置し、実際の業務を始めて住民が満足するようになるまでには20年くらいはかかると思いますよ。ここまでいいですか?」
「う、うん」「まあ、そうだろな」相変わらず2人は少しあいまいだが、湯川は続ける。
「さて、交通網の構築は国土建設に最も重要かつ必要な施設とシステム、まあ仕組みにですね。これは交通に何を使うかということを最初に想定しておく必要があります。まず、陸上交通は今は歩き、人力荷車、精々馬車ですよね」湯川の言葉に早苗が答える。
「ええ、馬車はだいぶ行き渡ってきたわ。でも鉄道というものが計画されていると聞いているわ」
「そう、それが遠いところは鉄道、近いところは自動車になるだろうね」湯川の言葉に俊太郎が、「自動車!?」とはてなマークで聞くのに答える。
「ええ、今の軍艦などの機関は石炭を焚いた蒸気機関で動いていますが、これが油を燃料にする発動機で動くようになります。これは、今後は貨物船も軍艦もこの発動機で動くようになります」そこで、俊太郎が遮って聞く。「ということは、浜松でわが社が修理している艦も発動機になるのかな?」
「そうです。しかし、それはあくまで発動機が出来ての話ですから、だいぶ先の話ですね。当面は今の機関で運用しますよ」湯川は答え、さらに続ける。
「ところで、陸上ではゴムで作った車輪で動く鉄の車体に、発動機を積んで自分で走る自動車が出来ます。これはたぶん1年もすれば出てきますよ。たぶん最初もものでも時速50km程度の速さで走れます」
「時速というと1時間に進む速さで50kmというと13里か。早いね!」早苗が口をはさむ。
「異日本では自動車は貨物を積んで走る自動車を入れて2人に1台くらいあったよ」
湯川が言うのに今度は俊太郎が叫ぶ。「2人に一台!そこら中に車だね」
「そうです。その車を想定して幅10mの道を縦横に走らせることになりますが、幅10mでは間違いなく10年後には一杯で幅が足りなくなるので用地はたぶん幅30m位で確保するはずですよ。この家だとたぶん2年後には自動車が買えるでしょうけど、まだ道が中途半端なのでそんなに遠出は出来ないね。遠出は鉄道だな」湯川の言葉だ。
「うーん、でも馬車でなくその自動車だと早いし便利だね。それと、この東京から大阪まで鉄道を引くの?」早苗が聞く。
「うん、距離が560kmあって、川が沢山あって橋が多いし、トンネルも沢山あって、最初に測量という、鉄道炉路線の地形や長さ、高さなどの測定をして、さらに橋やトンネルを含めた設計のをしなければならない。
でも、異日本のデータがあるからだいぶ手は省けるとしても、着工は早くて1年後で、工事は5年では無理だろうな。たぶん5年後では部分部分が繋がるような感じになると思う」
湯川の言葉に「560km!ええとーーー」俊太郎が慨嘆し、「140里よ」早苗が暗算して答える。
「ええ、でも鉄道は最終的には北は青森さらに北海道、南は九州の鹿児島まで必要ですし、日本海側沿線、長野あたりにも必要ですが、20年後には繋がるでしょう。
でも、早期に出来るのは海の航路ですね。船は積載量が大きいから荷物の運搬には有利ですし、船を動かす発動機は異日本の技術を使えるので最初から時速30km位では走れるので、人の移動も最初は船が多く使われるでしょう。
でも、汽車が繋がれば時速100km位で走れますから、最も早い汽車は東京から大阪間を6時間位で結べると思いますよ」湯川の説明に俊太郎が慨嘆する。
「大阪まで6時間!早い!」
「でもその区間が船でも1日強ですね。それと、10年後には飛行機が出てきますよ」
「飛行機!でもハクリュウほどのものが飛べるのだからあたり前か。それはそのくらいの速さかな?」
湯川の言葉にビジネスの世界にいる俊太郎がさらに聞き、答えを得る。
「どういう飛行方式にするかにもよりますね。異日本の世界では最初はプロペラという竹トンボのようなもので推進して飛ぶ方式で、次が、燃料を燃やしたガスを噴き出した勢いで飛ぶジェット推進という方式でした。それに対してハクリュウの方式は重力を操作して浮かび飛ぶ方式なのです。
出来ればハクリュウの方式にしたいのですが、開発しなくてはいけないものが多く、たぶん20年位では無理だと思いますね。ですから、当面はプロペラ推進でしょう。
この場合の速度はたぶん400km/時くらいでしょうね。また時期的には10年後くらいでしょうか。まあいずれにせよ5年計画では開発中ということですが、軍事用は実現するでしょうね」
「うーむ、では都市施設と言うのは?」
早苗も俊太郎も内容を消化するのに疲れてきたようだが、俊太郎が続きを促す。
「電力・水道・下水道・道路などは大事な都市施設ですが、電力については各地に発電所を作ってそこから、各家庭の電灯などのための電気を送ります。発電所は最初は資源が豊富な石炭を使いますが、煙が欠点なので完全ではありませんが硫化物を取り除く施設は付けます。
最終的にはハクリュウに使われている核融合発電になりますが、これはたぶん実現には30年くらいはかかります。水道については東京は江戸時代の水道がありますが、結局井戸から汲む形になりますよね」
今度は早苗が答える。「ええそうよ。それと時々濁っているので、桶にいれてうわ水を取らなくてはならないわ」
「そう、これは浄水場というところで、水をいつもそのまま飲めるくらいにきれいにして、最初は辻毎に水汲み所を設けるが、徐々に家に管で引き込んで蛇口というものをひねったら水が出るようになるよ。
地区にもよるけどこの家なんか早いかも知れないね。その代わり使った水の代金を払わなくてはならない」
「お金を出してもそれは便利だわ。まあ、今は女中さんがやってくれるからあまり意識はしていないけれど、恵一さんと結婚したら自分でやらなくてはならないから、そうなってくれると助かるわ」
「な、なに、早苗は結婚したらわしらと離れて暮らすのか?」早苗の言葉に俊太郎が慌てる。
「そうよ。どこか貸家を借りるわ。ねえ、恵一さん?」早苗の言葉に湯川も同意する。
「うん、それが普通でしょう」
「う、しかし、そうだ。まだ、この屋敷には土地が余っているから、離れを作って住んだらどうだ。早苗は一人娘だから、お母さんが寂しがるよ」
俊太郎が言ったところに、早苗の母、“あや”がお茶を持ってきて言う。
「なにを言っているのよ。あなたが寂しいのでしょうが。でも、湯川さん良かったら、主人の言うようにしていただけないかしら。主人が一番ですけど私も確かに早苗がいなくなると寂しくはなります」
「ええ、そういうことだったら、こちらこそよろしくお願いします。いずれにせよ僕も迷い人の一人ですから係累はいませんので」恵一は『ありがたいな』と思いながら答える。
「さて、ちょっと話が逸れましたが、続けましょうかね」湯川が改めて言うとあやも座って聞き始める。
「ええ、私にも聞かせて。水の話はなにか家に管を引き込んで水がでるということなのだけど、いまは薪でやっている煮炊きはどうするのかしら」
「ええ、最終的には全部電気になるはずですが、でもそれはたぶん数十年先で、とりあえずはガスになると聞いています。たぶん、当面はボンベというか容器に入れたガスをもってきて使う形ですが、もう少しすると水と同じようにパイプで供給されるようになりますよ」湯川の答えだ。
「そう、でもガスというのは燃える空気みたいなもの?薪でも炎は薪から出る煙みたいなものから出ていますからね」あやが言う。
「良くご覧になっていますね。そうなのですよ。あれは木が熱せられて燃える気体、ガスが出ています。そういう燃える気体ですね」湯川の返事に、さらにあやが聞く。
「それは便利ね。有難いわ。薪だと火加減をあまり変えられないから不便なのよね。それから、この下水と言うのは?」
「ええ、便所は今は汲み取りですが、これを水洗式といって便所を使うと水で洗い流す方式にします。この排水を、台所なんかの排水と一緒に管で集めて最後は汚水を綺麗にする下水処理場という所に流入させて綺麗にした水を海や川に流すのですよ。
そのための管と、ポンプ場と言って水を低いところから高いところに上げる施設と、下水処理場を下水処理施設というのです。この場合は便所は殆ど匂いません」湯川の答えにあやは感嘆する。
「まあ、それは良いわね。まあ、すごく便利になるし、第一あの臭いがね」
「さて、鉱山開発というのは、恵一君の言っていたように、異日本ではすでに日本中のいろんな資源は取り尽されその位置は判っているわけだね」俊太郎が気になっていたことを聞く。
「ええ、それらの鉱山の持ち主には国からそれなりの補償をするでしょうけれど、当分は鉱山の運営は国がやる方針になっています。これは、今からやる様々な開発や整備には莫大な金がかかりますが、その資金手当の多くを資源開発の利益を当てようということです。
なにしろ金だけで、今回の開発対象の金山の埋蔵量は700トン、18万7千貫位あるはずですし、銀はその10倍はあるはずです」湯川の答えに俊太郎は「金が18万7千貫!」と驚くのみであった。
「それと、すべての鉱山から取れる鉱物は今後日本にとってどうしても必要な物ばかりです」
湯川がさらに付けくわえる。
さらに俊太郎は最も関心のある工業開発について聞く。「工業について、いろんなものが上がっているが、わが社が進出するのは何がいいかな?」
「無論こうした場合は、基盤がある業種がいいでしょう。だから造船ですね。しかし、かならず発動機は手掛けるべきで、そこから自動車にも出た方がいいですね。だから早めに今はまだだれも手を付けていない発動機工場を作りましょう。私がとりあえず、1000トン積みの鉄船の図面とそれに適合する発動機の図面、それとトラック、貨物運搬用の自動車と発動機の図面を作りますよ。
これは当面軍に絶対必要ですし、あらゆる今から進める事業に絶対必要です。この図面を見せれば金を貸すところは沢山あるはずです」湯川が言う。




