日本の産業開発
日本国の産業開発は走りながらその背景を裏付けするというやり方で始まった。現に数百万人の日本人がスイレン帝国の圧政に苦しんいることから、何より優先するのが九州奪還であるという認識の元、そのために必要な機材の生産を始めていった。
ハクリュウは強力な武器でもあるが、この時代であり得ない強力な生産工場でもあった。何しろ故障しない限り10万kWの核融合発電機2台が水を供給するだけで常時使えるのだ。
さらに、貴重であるのは積み込んでいる1000kWhと100kWhの多数のSAバッテリーと、さらに艦内の設置されていた万能工作機械及び様々なパーツである。それらバーツによって九州に送りこんだ部隊に、この時代にはあり得ないコンパクトかつ強力な無線機を組み立てて持たせることが出来た。
次に緊急的に必要なものは、現況で日本国が明らかにスイレン帝国に比べ劣っている小銃である。これについては、鹵獲品がすでに入手されて銃身そのものはほぼ複製できているが、ライフリングで行き詰っていた。小銃及び大砲においてライフリングのあるなしはその射程及び命中精度に大きな差が出るため、すでに実用化しているスイレン帝国に対してはこちらが滑空式の銃では話にならない。
そこで、異日本技術(この頃からハクリュウの世界の日本を異日本と呼ばれるようになった)の導入とハクリュウの工作機械の利用によってタングステン・カーバイドの型が作られて、ロータリー・フォージング法によりライフリングを刻んだ銃身が続々とつくられた。
薬室は早期の量産化を重視して、当面1〜2秒で充填可能な元込め式の銃とした。ライフリングに合わせた弾は薬きょうと一体として、和紙製信管を組み込んで綿火薬を使ったものとして当面冶具を使って人海戦術で日間2万発の生産を実現した。
それに合わせて明治の技術で実用できたピクリン酸を使った下瀬火薬と伊集院信管による手榴弾の量産も同様に開始したことで、当面送り込んだ部隊と現地協力者への武器供給は賄えることになった。
この銃は維新9年に制式化されたことから9年式小銃と呼ばれ30万丁が作られた。9年式小銃は銃弾の口径7.7mm(尺間刻単位系からMKS単位系:メーター、キログラム、セコンドへの変換、すなわち長さ、重量、時間の単位の変換はハクリュウ資料の活用のため、ハクリュウ到着の最初の年からほぼ1年間で徹底して行われた)で、有効射程距離200mであり、狙撃銃タイプの9年式特については射程距離800mに達した。
また、まもなく行われる予定の九州奪還作戦の仕上げである、上陸戦反攻作戦にはどうしても野砲がいるので、現状で造れる品質に劣る砲身に合わせて比較的低初速の口径75mmの榴弾砲を量産した。
これにも、無論ライフリングを刻んでおり、この当時の野砲としては長射程5kmで爆発力の強い下瀬火薬を使った榴弾を打ち出すもので、馬一匹で引ける軽量のものであり、スイレン帝国の60ポンド砲にも勝る威力のものであった。
ちなみに、スイレン帝国については、当初はハクリュウがその首都マドリッドまで行って、脅して自主的に引き上げさせるという予定であったが、思ったより特戦隊とハクリュウによる攻撃が効果的で、すでに九州においては統治の形を成してないということから、上陸して一掃することにしたのだ。
また、もう一つは自主的に引き上げさせる場合には、引き上げ船の安全を要求される可能性も高いと見られたことも引き上げ要求をしない理由である。
こうした生産を進めるうえで最大の障害になったのが、鉄の生産量の少ないことであり、この時点では鉄鉱山のある釜石に日産10トンの小型高炉が出来ていたが、これが日本の1/3の生産量であって、現状に置いてもすでに鉄が慢性的に不足している結果、鉄は極めて高価なものになっていた。
従って、製鉄能力の大拡張がまず手掛けるべき仕事と位置付けられた。近い将来には年産1千万トンを超える能力の製鉄所が必要であるが、それを作っていると突貫工事を行っても少なくとも2年はかかる。
そこで、この大型高炉と製鉄所及びコークス炉は守りやすい東京湾内の横須賀に建設を開始し、並行して建設に時間のかからない小型の炉を作ることにした。
すなわち、突貫工事で数カ月で出来る大きさの高炉と、対になるコークス炉を釜石に建設し、常磐炭田のあるいわきから輸送ラインを構築することにして、極力早く鉄の供給を始めることにした。加えて捕獲、撃沈したスイレン帝国の艦船の鉄もスクラップの鉄として狙われた。
大型製鉄所については、ハクリュウからの資料を基に、その乗員が1〜2名アドバイザーについてはCADによるコンセプトの決定、詳細フローの作製、配置図の作成、機器リストの作成、機器基本図、機器詳細図を作っていく。
このために、乗員の持っているパソコン、艦内のパソコンが順次召し上げられた。結局、中身が決まり、建物のコンセプトが決まって基礎工事に入ったのが、ハクリュウ到着後半年後の維新9年の11月であったが、これでも不眠不休の努力の末である。
一方で、釜石の施設については、コンピューターの天才の湯川が現時点の技術レベルで最も早くできる高炉、製鉄所、コークス炉として日産100トンの計画図と仕様書を3日で作成して、早速ハクリュウからバッテリーと照明装置を持ち込んで24時間体制で建設にかかった。
その建設は、レンガ作りの製鉄高炉とコークス作成のための乾留炉に加え、銑鉄を加工して板材、型鋼等に加工する製鉄工場、鉄鉱石の採掘場の大幅増強と拡張を行っている。また輸送に関しては採掘場から高炉まで、また製鉄所、コークス炉から港までは鉄道でつないで当面は馬で動かすこととした。さらに、港湾の大拡張と荷揚、荷積設備の整備も同時に行われ、5千人の労務者で釜石はごった返した。
また、同時に石炭については、占領されている九州と北海道に良質炭が集中しているため、質の良い石炭が少ないながらとりあえず常磐炭田から選別して送り出すことにして設備を整えた。現状の見込みでは3か月後には製鉄を開始できる見込みである。
さらに、捕獲・撃沈したスイレン帝国艦であるが、まず浜松の浜に座礁させた艦を調べた結果、1艦は砲塔が吹き飛んで、その衝撃で内部構造にガタが来て再生は無理と判断されたが、他の2艦は結局砲塔に25mmレールガンを撃ち込まれたものの、全体として健全であるため再生することにした。
重量約6千トンのその艦体は貴重な鉄スクラップであり、さらに健全な部品取りをして、他2艦の再生に活用されることになる。これら3艦は、そのまま浜に乗り上げた状態で1艦は分解、2艦は固定されて修理作業がされた。浜松に良好な港があれば曳航していくが、砂浜が続く浜松周辺にはそのようなものが無いのでこうなったのである。
さらに、新潟沖で沈んだ3隻はハクリュウによって、水深が浅いため潜って調べらえたが、約130mの海底に沈んでいる1艦は繋がっているものの2艦は2つに折れて沈んでいる。これについては、斥力・牽引装置によって引き上げて岸までで曳航することは可能だが、分解運搬する手間を考えると18000トンのスクラップのための手間とすると大きすぎるので断念された。
さて、このように当面必要な武器と鉄の増産には直ちに着手したが、日本国の産業開発計画は並行して進められている。これは、織田首相の直轄で設立された日本国革新計画室により、最初に日本国の未来のグランドデザインが構築された。
これは、21年後すなわち維新30年を計画年度とするもので、各5年計画を4回で達成するものとした。実質維新10年4月をスタートとして20年間が計画期間であり、維新9年は現状を把握するための準備期間とし、この年度中に九州奪還は果たすものとした。
計画年度で果たすべき目標として以下が決められた。
1)人口は現在九州を含めて3千3百万人と推定されているが、目標人口は現状の日本人及び子孫により5千万人とする。これには領土拡大の場合の原住民の人口は含まない。
2)領土は日本本土の他、北は北嶺半島まで、南は沖縄、台湾、多島海道、太平島、海嶺島、海洋島さらに南洋道までとする。土着の原住民についてはその生活圏は保全するが、植民している白人は基本的に追い出す。
3)一人当たりのGDPを現状の10倍とする。GDPについては現在調査中であるが仮に現在が50円であれば500円とする。
4)スイレン帝国の世界支配を打ち破り、白人以外を人間と認めないイサリア教の教えを変えさせるかまたはイサリア教を滅ぼす。
5)全ての領土を、定期航空路、及び定期航路で結ぶ。さらに、最も遠い領土南洋道まで、定期航空路で1日、及び定期航路により10日で結ぶ。
6)貴族以外の全ての国民に普通選挙権を付与し、貴族は貴族としての選挙権をもつ。貴族特権は法の下に定めるが、刑法上の特権はない。
7)全ての国民は憲法、法に定めるところの権利を持ち、義務を負う。
8)小学校、中学校までの義務教育を全ての国民が受ける。さらに高等学校、大学の教育を受ける権利がある。
しかしながら、この内容は現状ではとても公表できないということで、基本的に大臣以上のものにしか知らされていない。この全体計画については、当分秘密ということにされて、第1次5か年計画のみが維新9年8月に暫定版として発表された。これらは当然、異日本情報をもとに組み立てられたものであり、概要は以下になる。
1)所得倍増
2)九州・北海道・樺太奪還
3)憲法・法体系の確立、政府・地方自治体の体制確立
4)国会の制定、衆議院、貴族院設立、普通選挙実施
5)税制制定:所得税・法人税・事業税・固定資産税など所得税・相続税は累進課税
6)1都、40県、さらに市が200、町が800の地方自治体を制定
7)学校制度:小・中・高等学校、大学制度の確立、奨学金制度の創設
8)研究所:農業・工業・鉱業・医療・水産等の国立・地方拠点研究所創立
9)交通:東京・大阪-鉄道敷設運用、各主要都市・定期航路就航、各主要都市間10m道路建設
10)農業改革:農地整備、水源開発・灌漑設備整備、有機・化学肥料施肥の促進、
畜産の大々的な導入、耕作に牛馬及び農業機械の導入
11)医療改革:国立・地方拠点病院の創設、診療所の大増設、医療従事者の生徒・学生の大増員
12)インフラ:各主要都市電力網構築(石炭火力)、主要都市:上水道施設建設、
東京・大阪・福岡-下水 道施設建設
13)鉱山開発:10金銀山、10炭鉱、5油田、10石灰岩、その他マンガン・ニッケル・クロム・チタン・ タングステン・モリブデン・銅・亜鉛・鉛・コバルトなど20箇所
14)工業:釜石製鉄所、横須賀製鉄(年産1千万トン)・造船所、新潟石油精製、呉・長崎・名古屋造船 所、秩父・宇部・石山セメント、愛知・東京・福岡自動車等
また、これらを実行するためには知識のみならず産業基盤の大幅な底上げが必要になり、そのための知識・技能を持った人材の育成がまず必要である。
そのために、政治・経済・科学・産業・軍事・医学・鉱業などに分類してハクリュウのAIから引き出したデータをプリントアウトしたものを、ハクリュウ乗員と政府から指定された役員が吟味選定して活版印刷に回して、各千部ずつ印刷している。
この印刷に携わる人だけで見習いを含めて1000人以上が従事している。
この中で、工業規格、農業規格などについては全てそのまま印刷され、当初は言葉の意味からわからず殆ど活用されなかったが、ハクリュウの乗員の努力もあって品質管理の重要性を理解するにつれて必須のものとして大増刷されて使われ始めた。もっとも、例えば核融合発電関係など内容によっては30年後にようやく日の目を見たものもある。
これらのテキストを元に分野ごとに責任者を決めて、最初にその分野で実用化あるいは、実施すべき項目を決める。次にその実用化あるいは実施に向けて、全国からその頭脳を買われてきた人々が、その関係のテキストを読み込み実用化方法を策定実施していく。
ほとんどの場合に、すでに回答が示されているので、どうすればいいかは割に簡単にわかるが、そのための材料を一から作る必要がある場合が多く、直線的には進まない。しかし、そのような材料そのものを作る過程が産業基盤を作ることに繋がるのだ。
新潟沖20kmは佐渡との中間で水深は130mでしたので訂正しました。
第1次5か年計画を訂正しました。




