4 火の粉は振り払う
ファートは自分の手にぼわっと炎をまとわせた。
カンテラの灯かりといった規模ではなく、それなりに激しく燃え盛る炎だ。
「僕は魔法機械学でも優秀な成績を収めているんだ。つまり、魔法使いとしても一流と言っていい力を持っているってことさ。レベルで言うと19だね」
レベル19だとしたら、たしかに悪いものではない。冒険者として食っていくことも問題なくできるだろう。
「さあ、その顔に火傷の痕を残したくなかったらおとなしく言うことを聞けばいいんだ!」
「あなた……最初から実力行使に及ぶつもりで人気のないところに呼び出したのか……」
「僕の生まれであるマローネ侯爵家はラトヴィア伯爵家に何度も煮え湯を飲まされたしね。そこの出身の女を手篭めにすれば溜飲も下がるだろう?」
なんだ、このコンプレックスのかたまりみたいな発言は……。
しかも、私、そのラトヴィア伯爵家からもひどい目に遭ってた側なので、損しかないのだが……。
しかし、ピンチなのは間違いない。
このままでは、確実にろくなことにならない。
どうにかして抗わないと。
だが、背後はすぐに高い塀だ。
「逃げられないような場所に呼んでいたんだ。そんなにあっさり出ていくことはできないよ」
嗜虐的に敵が笑う。
まずいな……。こっちはただの名称学者だ。攻撃魔法なんて覚えていな――
待てよ。
今の私はレベル99。魔法も使えるはずだ。
ふっと、地面に目がいった。
そこに何の魔法陣を描けばいいか、ほとんど直感的にわかった。
そうか、私は記憶力もトップレベルになっていた。過去に読んだ魔法陣に関する本の情報が引き出せているんだ。
私は土属性がとくに強いはず。
何か、防御に役立つものを……。
しゃがみこんで、指で魔法陣を描いた。
線に迷いはない。確実にこれで召喚可能なはずだ!
「ははっ! 神に祈りでも捧げるのかい!」
ファートが迫ってくる。
だが、すぐにその得意げな表情は壊れることになった。
私の足下から巨大な土の巨人――ゴーレムが姿を現したからだ。
直方体の石と土のかたまりを組み合わせて作った二本足の巨人だ。二つの目らしきところが赤い光を発している。
「なっ……ゴーレムを召喚した……!? こんなの魔法使いでいえばレベル30は必要なはず……。名称学者なんかが出せるわけがないっ!」
ファートは手に宿していた火まで消して、あとずさっている。
「あっ、そうだ。私、名称学者でもあるけど、今は大賢者でもあるの」
レベル99の職業欄に併記されていた。
「なっ、大賢者だと!? そんなのカサデリアぐらいしかこの学院にも――」
「カサデリア様を呼び捨てにするなよ」
もう、ゴーレムは手を振り上げて、バターンとハエでも叩きつぶすようにファートに一撃を食らわせていた。
ファートは一撃で気絶していた。
何かぶつぶつつぶやいているから、死んではいないのだろう。
「完全なる自業自得なんで、責任とらないからね」
ところで、このゴーレムはどうするんだろう……。
「あの、もういいんで休んでください……」
そう命じると、ゴーレムは土の中に消えていった。そこには土と石の山だけがこんもり残っただけだった。よかった、よかった。こんなのずっと残ってたら、無茶苦茶目立つ。
気絶してる奴はどうするかな。通報は一応勘弁しておいてやるか。
でも、私が勘弁してもあんまり結果は変わらなかった。こんな告知が掲示板に張ってあったのだ。
告
以下のものを免職とする。
ファート准教授
学院内の女性に不貞をはたらこうとしたため。なお、女性は無事。
当たり前だが、学院内では一体何だと話が広まっていた。私の名前は出ていないようだから、ひとまず安心だが。
中には「いつかやると思っていた」とか「過去のことが明るみになったのか」とかいった言葉まで聞こえてきたので、似たような下種なことをやっていたのかもしれない。
では、誰がこういう措置をとったのかという話だが――
「クレーヴェル教授、昨日のこと、見ていましたか?」
研究室に入るなり、私は言った。
「はて、何のことかよくわからぬのう……。近頃物忘れがひどくてのう……」
とぼけようとしているがバレバレである。
「本当のこと言ったら、チーズケーキ買ってあげますよ」
「一部始終を見たので、カサデリア様に連絡したのじゃ」
買収したらすぐに話したな、この人……。
といっても予想はついていた。ファートに会うと話をしたのはクレーヴェル教授だけだったからだ。
この幼女先生は生徒想いだったから心配して見に来たのだろう。
「だいたい、同僚とはいえ、わざわざ夜に女性を人気のないところに呼び出すなど、不自然ではないか。だから、後をつけておったら、案の定じゃ。しかし、こちらが助ける前にゴーレムを出すとは思わんかったがの」
「あっ……それもばれてますか……」
「おぬし、実はとてつもない力を秘めておるじゃろう?」
あんなの召喚したら隠しようがないな。
「わかりました……。じゃあ私のステータスを共有しましょう……」
私のステータスを見た教授は「わああああああ!」っとものすごく驚いた。ものすごく驚くような内容だったので、ある意味、自然な反応だった。
「なんじゃ、レベル99って……。わし、自分のステータスで上司をやっとることが恥ずかしいぞ……」
「そこは気にしないでください。偶発的なことなんで。事故みたいなものですから……」
「ひとまず、黙っておくことにはする……」
「ありがとうございます」
「けど、こういうの、だいたい隠そうとしても露見するものじゃがの」
「おい、幼女」
ちなみに私を襲おうとしたファートの罪状は当然侯爵家にも通達され、結果、侯爵家から勘当、与えられる予定の所領もなくなったらしい。
もともと侯爵家の中の人にとったら、荘園なんて渡したいわけがないから、ちょうど厄介払いする理由ができてよかったぐらいのものだろう。
ファートは、今、見事な無一文でどこかの町に放り出されているという。問題を起こした人間の悲しき末路だ。
それにしても、レベル99ってやっぱり、とんでもない力を秘めてるな。
今度は人のためにこの力を使おう。
明日は三回ほど更新の予定です!