23 兄の性格が悪すぎる
そういうやりとりをしていると、空気が変わった。
兄がやって来たのだ。兄といっても、歳が離れているから一世代ぐらいのズレがある。私の親だと言っても誰も驚かないだろう。
「ほう、長らく見ない間にあのちんちくりんもちょっとは美しくなったじゃないか」
いかにも性格悪そうな顔で登場したのは、次兄のモルドーだ。
「お久しぶりですね、兄さん」
私の顔も自然としかめっ面になる。
「もう、お前はラトヴィア伯爵家の人間ではない。だから兄と呼ぶ必要もないぞ」
わざわざ皮肉を言ってきたな。ちなみにこのラトヴィア伯爵家は親の性格が悪いから、それが子供にも移っているところがある。私は早い段階で、学院に預けられたから、その影響を受けずにすんだが。
「皆さん、紹介します、ラトヴィア伯爵家のモルドーです。今は家政機関の管理者をしているはず」
「お初にお目にかかります。もともと妹だった者が学院でもご迷惑をおかけいたしたかと思います。モルドーと申します」
カサデリア様が「アーアー殿は学院でも活躍している。迷惑などということはない」とはっきりおっしゃってくださった。
「いえ、幼い頃から出来の悪い妹でしたから皆様にもご苦労をかけたかと思います。きっと母親の身分が低いのでそれに似たのでしょう」
いちいち親のことを出すなよ……。こんな感じでナチュラルに性格最悪なので、どうしようもない。
「名称学の教授、クレーヴェルですじゃ。アーアー准教授の山賊退治の威光、そちらの家にも伝わっているはずかと思いますが」
今度はクレーヴェル教授がフォローにまわってくれた。
「えっ……教授ですと? すいません、こちらはどちらのお子さんで……」
「わしは本当に教授じゃし、ちゃんと成人しておる!」
素で幼女だと思われてる!
「たしかにお話は伺いましたが、だからこそ当家では心を痛めました。妹が魔法を修めているなどという話は初耳。きっと、狂言で自分の身を英雄に擬そうとしたのでしょう。大変愚かしいことなので、魔法を使える私が罰を与えてやろうかと」
なるほど。私の急激な成長なんて知らないから、ウソだと思っているわけだな。
「別にどう思っていただいてもいいです。どうせ信じてもらえないでしょうし」
「ふん! 信じられるわけがないだろう。魔法は一朝一夕で覚えられるものではないわ。どうせ、学院長と共に任務に当たることで自分も功績にあずかれるとでも考えたのだな。母親同様、卑しい女だ!」
せめて、ほかの人間がいるところでボロカスに言うのやめてよ……。本当に性格最低だな……。
「さて、ではあとで吠え面をかかせてや――――う、美しい……」
兄の目が大地の精霊ナルティアのほうに向けられた。
恥ずかしがり屋のナルティアは、ちょっとびくっとしている。
「おい、ああああ、この可憐な女性はどなただ」
「アーアーに改名してます」
「お前のことなど、どうでもいい! この方はどなただ?」
「ルームメイトのナルティアです。今日は応援に来てくれたんです」
「なっ……こんな美しい方とルームメイトだと……。おのれ、なんと卑怯な女だ!」
「なんで卑怯なんだよ!」
「自分は男だから、そんな方とルームメイトになれるチャンスもなかったのだ。おのれ、卑怯な!」
いろいろとおかしいだろ!
「あの、もし、よろしければ、ラトヴィアのほうにいらっしゃいませんか? ご歓待いたしますよ」
いや、あんた、年頃の子供もいるはずなのに、口説こうとするなよ……。だから、好色な貴族は嫌なんだよ……。
しかし、ナルティアは知らない人間に誘われたりしたら、普通に引くので、私の後ろにさっと隠れた。
「お、お断りします……」
「くそっ! お前、こんな美少女を手なずけおって……。俺もお前になって、その美少女といちゃいちゃしたいぞ!」
何言ってるの、この人!?
「覚えてろよ!」
すでに負け犬みたいな発言になってるぞ!
「ごめんなさい。アホな兄なんです……」
「わしを幼女扱いした奴じゃ。ぶちのめしてやれ!」
「その理論だとほとんどの人間をぶちのめすことになりますけど」
そんな、バカにされたような、むしろ相手のバカを見たような変な時間を過ごした後、やがて対戦の時間がやってきた。
私とモルドーは城の馬場に立っている。
馬場はつまり馬の練習場だ。だから、周囲一帯、何もない平坦な地面だ。
その外周に観客が集まっている。
「いいな? お前の魔法がどの程度のものか見極めてやる!」
「わざわざありがとうございます」
ここで、ぶっつぶすとか叫んでもはしたないのでひとまずこう言っておく。
「元ラトヴィア伯爵家の人間がウソをついていたら許さんからな!」
許さんって何をする気だ。これ以上、勘当できんぞ。
審判役として、人が出てきた。
おい、あれ、モルドーの家人じゃないのか? こんなところまでセコいことしてくるのか……。
「では、魔法勝負を始めます。その前にルール説明を。魔法以外で相手を攻撃することは禁止。どちらかが降参と言えばその時点で終了。もし戦えないと判断した場合は審判の私が止めます」
「たしかに意識を失っている人間を火あぶりにしたりするわけにはいかんからなあ」
向こうはもう勝つ気でいるみたいだな。でなきゃ、勝負を挑むわけもないだろうけど。
「それでは、試合開始!」
審判が叫んだ。