19 姉のナルティアです
たしかに私はこの大地の精霊に恩は受けているのだ。
山賊に人質をとられてピンチになった時、大地の精霊がアドバイスをしてくれたおかげで魔法陣を作ることができ、それで窮地をしのげた。
「あの時、わたしの助けがなければ死んでたかもしれないんですよ。だから、同居ぐらいいいじゃないですか~。料理とか掃除とかわたしもしますし。お願いしますよ~」
こう言われると、こちらも強く出づらい……。
「じゃ、じゃあ、こっちも条件を出すから。それをクリアできるなら住まわせてあげてもいいよ」
「本当ですか! 何でも言ってください!」
喜んでるらしいが表情がわからないので不気味だ。
「カボチャははずして生活して」
少なくとも、このままでは関係者だと説明したくない。
しばらく精霊から反応が消えた。
「あの時、わたしの助けがなければ死んでたかもしれないんですよ。だから、同居ぐらいいいじゃないですか~。料理とか掃除とかわたしもしますし。お願いしますよ~」
「なんで同じことループさせてるの! そっちの都合が悪くても、私もこれは譲れないから!」
精霊は頭を抱えた。厳密にはカボチャを抱えている。
「精霊ってあまり顔を見せないものなんですよ……。それを衆目にさらすなどということは……」
「人みたいな顔してるなら、黙ってればバレないでしょ。むしろ、カボチャかぶって生活してるほうが注目集めてよくないと思うけど」
「わかりました……。このカボチャを取りましょう……」
ゆっくりとそのカボチャがヘルメットみたいにはずされる。
「と、取りましたよ……」
とんでもない美少女がそこにいた。
年齢的には私より二歳ぐらい上だと思うけど、まだあどけなさみたいなのが残っているのだ。それでいて。妖艶なところもちょっとあって……。今まで意識してなかったけど、髪も絹糸みたいに繊細で手を思わずかき入れたくなる。
「あ、あまりまじまじと見ないでください……顔を見られるのは苦手なんです」
「ご、ごめんなさい……」
「わたし、精霊の中では醜いほうなので……」
精霊界の顔面偏差値どうなっているのか。
「あの、精霊さん……あなたが顔を隠さずに男子の運動クラブでも覗いてみたら、ちょっとした騒動が起きますよ!」
「やはり、顔がよくないからでしょうか……」
「なんで、そこは卑屈なの!? 精霊としての仕事には自信満々だったじゃない!」
「それはまた別のことなんで……」
とにかく、同居を認めた以上は話を進めないといけない。
「ねえ、精霊さん、直接の姉というのは調べられた場合まずいので、あなたも貴族のいらない子で、私が姉みたいに慕っている――という設定にします。いいですね?」
「はい、では、それでお願いします……」
また、カボチャを精霊はかぶった。
「ふう、これがあるとほっとしますね~」
「現実から目を背けるな」
かぽっとそのカボチャをはずした。
「うぅ……恥ずかしいです……」
どうやら、顔を見られない環境だと気が大きくなるらしい。
「そうだ、精霊さんって呼ぶわけにもいかないんで、名前がほしいんですが、名前ってあります?」
精霊はうつむきながら首を横に振った。
「何か、要望とかありますか?」
「……じゃあ、カボチャでいいです」
雑すぎる。
一応、総画数を調べてみたら、カボチャってあまりいい画数ではないな。
ちょっと、いじってみるか。たとえば、カボチだと十一画か。しかも、これって新しく芽が出て伸びる運勢をもたらすってやつだ。新たにつけるにはいい字画と言える。
でも、カボチって女の子っぽくなさすぎるな。同じ十一画でももっと気品がほしい……。
名称学者らしい頭の使い方をしたうえで、決定した。
「よーし、あなたは今日からナルティアとします!」
「ナルティア、ですか……」
「そう、これなら貴族の血を引く人間でもおかしくない名前でしょ。あと、あなたが庶民の娘っていうのは、正直なところ無理だし……」
絵に描いたような深窓の令嬢という雰囲気を出しているのだ。しかも顔を隠してないと、不安げな表情になるから、他人の保護欲求をかきたてる。
「いい名前ですね……」
儚げな笑みを浮かべてナルティアが言った。
この子を私が守らないといけない、そういう気分にさせられる。
「ふぅ、名前も決まったことし、今日は寝ましょう」
まだ深夜だし、あと四時間ぐらいは眠れるはずだ。
「はい、ではよろしくお願いします、アーアーちゃん」
ちゃん付けにランクアップした。それぐらい密接な感じのほうが違和感はないか。
そして、私はベッドに入る。ナルティアもベッドに入ってくる。
「一つしかないので、使わせてください」
「ああ、うん、そうだね……」
今日、わかったこと。
破格の美少女と同じベッドで眠っていると、同性でも猛烈に緊張する。
「あの……眠れないので……手をつないでいいですか?」
「ど、どうぞ……」
大地の精霊の手って小さいんだな。
天国のお母さん、私はこれまでにない性癖に目覚めるおそれがあります……。
●
翌日、カサデリア様のところに事情を話して、許可を求めた。
「大地の精霊だと……」
「はい、そうです。私と精霊しか知らないことを知っているので、間違いありません」
人見知りの激しいナルティアはここでもうつむき気味だったが。
「わかった……。縁者の年上の女性ということにしておけ。精霊ということはあまり表に出さないようにな……」
こうして、ナルティアとの暮らしが正式に決まったのだった。
「ありがとうございます、アーアーちゃん」
「あの、あんまり笑いかけないでくれるかな……」
私もここまで美少女で生まれたら違う人生が待っていたかなと思ったけど、その考えは途中でやめた。おそらく、好色な貴族の愛人に送り込まれるだけだ……。
なんだかんだで今が幸せなのだと思おう。