18 精霊が来た
その夜、私は自分の部屋で熟睡していた。
ちなみに私は学院内の教員寮で暮らしている。学生時代の寮よりはかなり広くて快適だ。
町に部屋を借りる人もいるけど、学院はハーティオールの町から十五分ほど歩くので、行き帰りの往復が面倒くさいのだ。
往復三十分ぐらい歩けと思われるかもしれないが、往復の回数が三回とかになる可能性もある。私は研究者でもあるので、あの本読んで調べようとか、ぱっと思いつくことも多いのだ。その時、わざわざ町から学院の図書館に行くのはダルい。
ただ、その日は学院の敷地内にあることが問題の一因だったかもしれない。
こんこん、こんこん。
誰かが部屋をノックしている。
時計を見る。ちょうど夜中の三時ぐらいのことだった。
「誰……? 夜中にもほどがあるでしょ……」
人違いではないだろうかと思った。たとえば夜中まで飲んでた人が違う部屋のドアを間違えてノックしているとか。別にありえない話でもない。ここは女子寮だけど、寮で同棲している人だって絶対にいないとは言い切れないし。
こんこん、こんこん。
しかし、なかなかノックは終わらない。
かといって、叩き方からして、火急の用という印象もない。
「自分が出るしかないか……」
しょうがないので、爪の先にぼわっと小さな炎を灯して、明かり代わりにした。
「はい、いったい誰なんですか?」
そして、ドアをゆっくりと開けた。
そこにはカボチャを顔にかぶった人がいた。
カボチャには目と口の部分が切ってあって、それ自体が顔みたいになっている。
「こんばんは」
カボチャをかぶっている人が手をちょこんと上げた。
「さようなら」
私はすぐにドアを閉めた。
「あっ、閉めないでください!」
ドアの奥から声がする。
「いや、閉めるでしょ! 怪しすぎるでしょ!」
「怪しいものではありません!」
「どこがだ!」
夜中にカボチャをかぶってる奴が来たら、怖すぎるだろ! 恐怖しかないだろ!
「ていうか、あなた、誰よ! 何者なの!?」
「お会いするのは初めてですね」
「そりゃ、こんな人に会ったことはないからね!」
「わたし、大地の精霊です」
その言葉に私はぴたりと口をつぐんだ。
大地の精霊だと……?
「それって、あの大地の精霊? 交信したことのある?」
「ですです。なので開けてください」
迷ったが、こんなのが廊下にいるとそのうちほかの寮に入ってる人に気付かれるので、そうっとドアを開けた。
「じゃあ、入って」
「ご理解いただきありがとうございます」
「ところで、なんでカボチャかぶってるの?」
「顔を見せるのが恥ずかしいからです」
聞いた感じは女の子の声だな。
「あの農場で巨大なカボチャが一つありましたよね」
「ああ、うん。子牛みたいなサイズのがあった」
「あれはわたしが顔を隠すために作ったものなんです」
そんな伏線を張っていたのか。
大地の精霊についてのことは誰にも話していない。なので、私と精霊本人以外が知っていることはありえないはずなのだ。
これまで私を助けてくれたし、おそらく危害は加えてこないと判断していいだろう。多分
……。
「じゃあ、そこに座って」
私はテーブルにある椅子に座ってもらった。
「ちなみになんでやって来たの?」
できれば、もうちょっと常識的な時間に来てほしかった。けど、この格好で出てこられると絶望的に目立つので、やっぱりこの時間でよかったかな。
「わたしの声が聞こえる方なんて、滅多にいませんから。ぜひごあいさつにとやってきました」
「そっか、それはわざわざどうも……」
「まあ、それは建前なのですが」
「そこ、本音出しちゃっていいのか!」
「ごめんなさい。実は、わたし、大地の精霊として願いがありまして。それでちょうどいい機会が訪れたと思って実体化したのです」
「願い?」
大地の精霊ならたいていのことは実現できそうな気がするが。
「わたし、人間の暮らしを一度してみたいなと思っていまして。ただ、身寄りがないといろいろと不便じゃないですか」
「まあ、そこはわかる」
私も実家から断絶していたので、不便を感じたことは多い。
「そこで、ご縁のできたアーアーさんのところで一緒に暮らせないかと思い、やってきました」
「えっ……同居させろってこと!?」
けっこう厚かましいことを言ってきたぞ!
「はい。この寮についても調べたのですが、許可が出れば住んでもいいんですよね。そこで、アーアーさんみたいに勘当された姉という設定とかでお願いできませんかね? 期間は一週間ほどでけっこうですので」
「あの、ちなみにそのカボチャはどうするの?」
「恥ずかしいので、ずっとつけたままで暮らす予定です」
「そっか、なるほどね。同居か~。――――お断りします」
さらっと私は言った。
「なんでですか! お願いです! 住まわせてくださいよ!」
精霊がやけに訴えてくるが、表情がカボチャのままで一切変わらないので、怖い。
精霊というより、悪霊といった雰囲気のほうが強いぞ、これ……。
「だって、不可能でしょ! そのカボチャずっとはずさないんでしょ!? そんな変な人と同居してるって思われたくないでしょ!」
これ以上、学内で目立ったら居づらくなるわ!
「大丈夫ですよ。二年や三年暮らしてれば皆さん、ああ、カボチャの人だって違和感なく受け入れるようになりますって。慣れの問題ですって!」
「あんた、さっき、期間は一週間って言っただろ」
「しまった」
この精霊、ものすごく長く居座る気だったな。
「お願いです! 精霊の暮らしも長くなってきてマンネリ化してきたんです! 人間の暮らしもしてみたいんです!」
「そのためにこっちの暮らしが破壊されるの困るって!」
「これでも、山賊から助けてあげたじゃないですか~!」
うっ……。それを言われるとつらい……。
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