12 ママができた
スウィート赤ポテトを売り出した三日後。
私はカサデリア様の学院長室に呼び出されていた。
「アーアー、なんだ、あのスウィート赤ポテトショップというのは……」
「すいません、怒られるだろうとは思ってたんですけど、ゲリラ的にやりました……」
昨日、お店にカサデリア様が並んでたから、嫌な予感はしたんだよな……。
その時は「おいしいな」と笑って言ってくれたのだったが。
「こういうことは許可を得てやるように。准教授の職権を超えている」
「だって、許可を得ようとしたら断られるかもしれないじゃないですか。だったらそのままスタートすれば私が泥をかぶるだけですむかなって……」
私が生徒をそそのかしたことになっているので、エリーちゃんやフランさん生徒にダメージはない。事実、そそのかしたしな。
そして、赤ポテトに全校生徒から注目が集まったので、今回は私の勝ちだ。
「はぁ、お前、最初から確信犯か……」
やれやれといったため息をつくカサデリア様。
「お前も、生徒時代はもうちょっと慎重だったはずだがなぁ……」
私は真面目な顔になって、カサデリア様を見つめた。
「それは実家のラトヴィア伯爵家に睨まれることをしたくなかったからなだけです。私は実家は嫌いでしたが、当時は実家を捨てて生きていけるかわかりませんでしたから」
「でも、今は生きていけるというわけだな」
「はい。おかげで実家の顔色をうかがわなくてよくなって、本当にさばさばしてます」
「なるほどな……。わかった、わかった。それじゃ、今回のお前の処分内容を言うぞ。稼ぎも部費に充当するつもりだったらしいから、とくに処分はなし」
あ、よかった。減給ぐらいされると思ってたけど。
「これからも店もやりたいならやってもいい。ただし、特定の生徒がずっと接客するようななのは教育とは言えないから禁止。ちょっとずついろんな生徒が接客をやるのは、社会勉強として悪いことではないし、許容する」
「ありがとうございます!」
「校則に書いてなかった私の負けだ。まさか、料理クラブにお菓子を作らせて売り出す奴がいるとは思っていなかった」
力技が勝利をおさめたらしい。
「それじゃ、お話は終わったみたいなんで、私はこれにて――」
「いや、まだ話は残っているんだ、アーアー」
その名前にしたはずなのに、カサデリア様ぐらいしか呼んでくれないので、かえって落ち着かない……。
「実はな、この学院があるハーティオールとコフトの町との間にある山中に大規模な山賊団が出ている。ギルドから派遣された冒険者も手がつけられないらしい」
このハーティオールという町は王都がある州に位置するものの、とんでもない西の果てにあって、実質、文化圏も王都とは違うと言われている。
そこからさらに西に行くと、相当深い山にぶつかって、となりのコフト州の中心地コフトに着くのだが、その山の中に昔からよくならず者が住み着くのだ。
「もしかして、それを私が討伐しろとか言いませんよね……?」
「そのとおりだ。よくわかったな」
私は首を高速で横に振った。
「嫌ですよ! 私、かよわい十七歳の女の子ですよ! 剣すら握ったこともないんですよ! 山賊団なんかに飛び込んだら何されるかわかったもんじゃないですよ!」
「かよわいレベル99なんてものがいるわけないだろう」
「それでも一人で行くのは心細いですよ……。もしもってことがありますし……」
「魔王とも戦った私が言うが、レベル99にもしもなど起こらん。とはいえ、心細いのは事実だろうし、私もついていってやる」
おお! 伝説の大賢者カサデリア様が戦闘に参加してくれるのか! それは見ものかもしれない。あれ、待てよ……。
「カサデリア様が行くんだったら、一人でいいんじゃないですか?」
「あのなあ……。これは私なりの親切心なのだぞ。まあ、聞け」
まだ理解が及ばないので素直に聞くことにした。
「お前がレベル99なのはまぎれもない真実だ。しかし、そのレベル99の力を試せる場など、普通どこにもないだろう。だから、山賊団を壊滅させてその力を確かめてみればいいのだ。場所が山中だからお前がチート級の存在だという噂も広がらんだろう」
「あっ、わざわざそんなことまで考えていてくださったんですか!」
カサデリア様はちょっとはにかんだように笑って、指で顔をかいた。
「お前が親に疎まれていたのは知っていたからな。場合によっては、親代わりになってやらんといかんと昔から思っていた。貴族の中には厄介払いのために子供をここに預ける輩もいる。力の面では私をはるかに追い抜いてしまったが、それでもお前のことを娘だと思っている……」
自分の目がうるみはじめているのに気付いた。
親から捨てられた私に親代わりになると言ってくれるだなんて……。
「じゃ、じゃあ、カサデリア様、お願いがあるんですが」
「いったい、何だ?」
「ママって呼ばせてください」
カサデリア様はしばらく思考停止した。
「えっ、ママ? そ、そうか……では、二人きりの時ならいいぞ……」
許可が下りた。
「ママ、ありがとう!」
「うっ……なんか、すごく変な気分だ……。長く生きていても、まだまだわからんこともあるものだな……」
●
こうして、私とカサデリア様の「親子」パーティーは山賊団のアジトを目指した。
これが無茶苦茶遠かった……。
距離的にも遠いし、道も険しいのだ。馬などでまったく行けない深い山の中を突き進む。
「こんなに疲れるとは思ってませんでした……」
山中に入ってすでに二日目だった。初日はカサデリア様のテントで眠った。
「私一人なら空中浮遊で一気に行けるが、さすがにお前を連れてだと、それは無理だからな」
「じゃあ、一人で行ってもらってもいいですよ」
「それだと意味がないだろうが」
基礎体力は大幅に増しているはずなのだが、それでも山道をずっと歩けば疲労はするんだな。でも、疲労感すらなかったら、逆に不気味か。
それにもともとひ弱だった私が二日目の山中を平気で歩けている時点でやはり成長はしているのだ。ああああの頃なら、初日ギブアップもおおいにありえた。
そして、二日目も三時間は歩いた頃。
「そろそろ、山賊のアジトだな」
そう、カサデリア様が硬い声で言った。