9 ニックネームでイメチェン
今回は名前ネタです!
そのあと、実験農場クラブの活動は一度屋内に移った。
なぜかというと、エリーチャちゃんがもっと赤ポテトやほかの作物について調べたいと言って、図書館での勉強タイムに入ったからだ。
もちろん、これまでもエリーチャちゃんは勉強をしていたわけだけど、それはあくまでも机の上だけでのことだった。実際に収穫することが可能になったわけで、それで初めてわかったことも多いのだ。
私も顧問としてそれに付き合う。ただ、あまりにもすごい勢いで農学などの本を読むとおかしいと気付かれるので、ゆっくり読むふりをしたりしているが。
レベル99の恩恵か、私は本を見ていくだけでそこに書いてあることが記憶できるようなすごい力を手に入れた。学者としてはノドから手が出るほどほしい能力だと思う。それを私は改名でゲットしたのだ。
とはいえ、あまり世間的に知られると厄介なことにも巻き込まれそうなので、ばれないように気はつけている。
というわけで私達は黙々と本を読んでいた(私はどっちかというとフリ)。
ただ、どうもエリーチャちゃんは悩みがあるらしい。
そういうことはエリーチャちゃんと接してきたおかげでわかるようになった。
初対面だとエリーチャちゃんはほとんど表情を変えないので、判断が難しいのだ。
「ねえ、エリーチャちゃん、何か困ってることでもあった? あったら先生に相談していいんだよ」
こういうのは直球で聞くことにする。悩んでることがあるか聞くだけなら別に踏み込みすぎでもないだろう。それに、そこを誤魔化すのって教師としてどうかと思う。別に知識を教えるだけが教育者ではないのだから。
「うん、実は……赤ポテトを広めるために、料理クラブの力を借りたいと思っている……。クラスに料理クラブの人も多いし……」
なるほど。名案だ。だが、では、なんでエリーチャちゃんは悩んでいたのか。
「ほとんどクラスの人に話したことがなくて、話しかける勇気が……足りない……」
エリーチャちゃんは苦しそうに言う。
「じゃあ、呼び方をエリーにしてみよっか。できればみんなにもそう呼んでもらえると、なおいいな」
「ああああ先生、そ、そんなことで変わるの?」
あまりにもシンプルな方法なのでまあエリーチャちゃんも納得がいかないらしい。おっと。エリーちゃんだった。
「意味がないように思うでしょう。でもね、人間の性格や気持ちにも呼び名ってすごく影響するんだよ」
たとえば、クレオンティーヌって名前とリサって名前で、どんな人を想像しますかと言われると、おそらくそれぞれ全然違うイメージが思い浮かぶはずだ。
貴族のお姫様って絵と、元気な町娘って絵を並べたら、大多数がお姫様のほうがクレオンティーヌで町娘のほうがリサだと答えると思う。
つまり、名前は他人との区別をつけるための単なる記号だけじゃないのだ。その人がどんな人物かをなんとなく規定してしまう力を持っているわけだ。
エリーチャという名前は彼女が活発になりたい時に少しおとなしすぎる。もちろん、親が愛を持って選んでくれた名前ではあるんだろうけど、今の彼女には少しだけ邪魔だった。
いや、私みたいに100パーセント愛のない名前をつけられるケースもあるから一概に言えないけどね……。
話を戻そう……。それなら名称学者の私が彼女を改名をすればいいのかということになるが、本名を親御さんの了解も得ずに変えてしまうのは越権行為だ。改名でつらい思いをする人が出てきたら本末転倒もいいところだ。
そこでニックネームという作戦を使うことにしたのだ。
ニックネームもバカにならない。普段からよく呼ばれる名前だから、その人の気持ちに影響を与える。劇的な効果まではなくても、これでエリーちゃんの負担が軽くなって、前に一歩進めるかもしれない。
それと、総画数から見てもエリーは六画なのでアーアーと同じで、女性に強運を授けるよい名前だ。
しかも、あ行だから、喉音という土属性向けの名前だ。もっとも、これはエリーチャという本名から同じだけど。
これは推測でしかないけど、彼女が植物に興味を持ったのも自分の名前が土属性向けだったことがどこかで関係しているのかもしれない。
「今日からエリーちゃんって先生は呼ぶね。もし、気に入ったんだったら、明日の学校でみんなにもエリーって呼んでって言ってみようか」
「わ、わかった、ああああ先生」
こくこくとエリーちゃんはうなずいた。
そして三日後。
私は名称学の研究室で本を読んでいた。『月刊ネーム』という名称学の雑誌だ。
「クレーヴェル教授、やっぱりキラキラネーム問題は深刻みたいですね~。大人になって改名する人が増加中ですって」
「そりゃ、社会に出て働く時に変な名前だと妙な印象を与えてしまうからのう。わしもフェニックスって名前をつけられて名前負けしてつらいという青年の名前を先月、変更したことがある。庶民なのに名前がシルバードラゴンでネタにされてきついという人に会ったこともある」
いくら、名前が人に影響を与えるといっても、ドラゴンって名前につけたらドラゴンになるわけじゃないからな。分不相応すぎる名前はあまりいい作用をしないというのが名称学者の中でも定説になっている。
そんな時、扉が勢いよく開いた。
そこにはエリーちゃんが立っていた。
「あれ、エリーちゃん、授業は? あっ、そうか、今は休み時間だね」
「ああああ先生、エリーね、料理クラブの子にお願いできたよ」
いつもよりエリーちゃんの顔が上向きで、しかも少し笑顔も見えたので、結果は聞かなくてもわかった。
「手伝ってくれるって。赤ポテトを早速分けてほしいって」
「おめでとう! エリーちゃん! 何よりちゃんとクラブの子にお願いできたことにおめでとう!」
「こ、これも先生のおかげ……」
「ううん、違うよ。エリーちゃんが変わろうと自分で決めたからだよ」
私はエリーちゃんのそばまで行って、抱きしめてあげる。
「最後に決めるのはあくまでもエリーちゃんだから。だから、エリーちゃん、自分を褒めてあげて」
「うん、わかった」
まだ、エリーちゃんは誰とでも快活にしゃべれるキャラってわけじゃないだろう。苦手なタイプだって当然いるだろう。それでも、エリーちゃんなりに自分を変えようとできている。それがすごく大切なんだ。
そして、自分の名前も好きになってあげてね、エリーちゃん。
とはいえ、ああああって名前だった私が言うと説得力に欠けるな……。
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