第7話 Growth&Traitor
空は既に紅に染まっていた。
いくら砂漠地帯といえ、少し肌寒く感じる。
無造作に――あるいはそれが意図的に停められたものなのかは分からないが、道のようになった車と車の間を縫うように、ハートは進んでいた。
その間ハートは、エリックと共に歩いていた時同様、周囲からちらりちらりと、様々な目で見られる。
横目で確認してみたが、その大半が、やはり子供達だ。
年は、一番の年長で12歳くらいだろうか。
その逆に、一番の年下は、目視したところ5歳。もしかすると、車内にいるだけで、それよりも下がまだいるのかもしれない。
(あの子供達の親は、もういないんだ)。
さっきのエリックの言葉を思い出す。
そして、ここの子供達は、あの子達に似ていると、改めて確信できる。
その中に、自分が含まれているという事も。
☆☆☆
「ふむふむなるほど。充電手段は、太陽光発電を搭載しているのか。僕らの車体に補充するための充電手段と同じ性能だね」
『もう、お嫁に行けない・・・・・・』
今現在ブレインは、ジェームズに体の中を弄り回されており、人工知能なのに、精神が限界に達しかけていた。
『いっその事もう殺してくれ』
「はぁはぁ・・・・・・何この精密なプログラム。見た事ないよ。鼻血出そ・・・・・・」
『おい待て!オレサマのボディにそのきったねぇ鼻血垂らしてみろ!?ハートが速攻でテメェをぶちのめすからな!?』
「いや、別にお前がどうなろうと、どっちでも構わないんだが」
『ハート!?テメェ、よくもオレサマを売りやがったな!』
いつからいたのか、扉の前にはハートが立っていた。
「ハートくん!ありがとう、こんな素晴らしい物を僕にプレゼントしてくれるなんて!!」
『いや、あげてねぇよ!貸しただけだろうが!』
「そんな事よりハートくん」
『え、無視すんの?』
ジェームズは、ハートに改めて向き直ると、口を開く。
「こんなにも高度な機能を持った人工知能を、きみはどこで手に入れたんだい?」
「・・・・・・」
ジェームズの目は、先程までとは違う、真剣な目をしている。
どこで手に入れた。それは、いつか必ず訊かれるであろう質問だった。
エリックは、あまり詮索はしなかったが、彼は、科学者であり、研究者でもある。一度湧いた疑問を呑み込む事は、なかなかできないのだろう。
「きみは、一体、どこから来たんだい?」
「今話さないと、いけないのか?」
ハートは、訊き返す。別に嘘を言っても良かったのだが、ここの人達をこれ以上騙したくないと、思ったからだ。
ジェームズは、尋問を行った時のアンガーに似た目をしている。しかし、疑っている目ではない、ただ、真実を知りたい、それだけの純粋な目だ。
しばらくの沈黙。
やがて、ジェームズは息を吐き出すと、渋々だが、口を開いた。
「分かったよ。いや、ここは素直に謝罪しないといけないね。きみの昔話を知ったところで、この世界ではそれがどうしたという話だ」
少しばかり残念そうな顔をしているが、エリックのように、分かってくれたらしい。
「もしも――もしもきみが僕に話してくれる時が来たなら、その時は話してくれないかな?」
疑問形で訊きつつも、 諦める気は全く無い目をしているが、ハートはそれに頷いた。
いつか、語る時がやって来たら。
☆☆☆
『にしても、さっきはヒヤヒヤしちまったな』
ブレインは、全く焦ったりなどしていないだろうに、そんな事を言う。
ハートは、適当に停めてあるトラックの後方――足掛け部に腰を下ろして、エリック達に貰った非常食で食事を摂っていた。
他の大人や子供達も、それぞれの車に戻り、食事をしている。
こういうのは、缶詰などが連想されるが、実際は違った。
大人男性の手よりも一回り大きい、ビニールで包装された箱。
中に入っている物は、主食のクラッカーに、少量の水で化学反応を起こす事で、発熱させ、温める事ができるレトルト食品。お湯に溶かしてから飲む粉末コーンスープに、ビスケット――なんと、コーヒーまで付いていた。
それらをハートは、次々と口に運んでいき、今は食後のコーヒーを、味など気にせずに、流し込んでいる。
「・・・・・・なあ、ブレイン」
『あ?』
ハートは、ブレインに話し掛け、ブレインの言うさっきの――性格には、ここで出会ったエリック達や、ブレインを迎えに行くまでに見た、子供達の事を思い出しながら、一つの疑問を口にした。
「――俺は、壊れているのか?」
『ああ?意味分かんねぇ事いきなり言ってんじゃあねぇよ。どこの哲学者だよテメェ』
「ジェームズと会話した時、騙したくないと思ったんだ」
『・・・・・・』
ハートは、訳を話し始める。
ブレインも、珍しくハートの言葉に、耳は無いが、耳を傾けてくれる。
「今日一日中、ここの人達の事をずっと考えていた。初めてだった。他人の事を考えたのは」
「ここの人達に、これ以上嘘は吐きたくない。迷惑を掛けたくない――そう思っていたんだ」
「いや、それ以前に――」
「ここにいる子供達の事を、哀れだと思ってしまったんだ」
それは、余計な感情だった。この滅んだ世界で生きていくためには――ハート自身が幼少の頃に受けた教育上、他人を思いやる感情など、不要な物だった。
そんな物、真っ先に捨てるべき物だった。
そして何より、あの子達の目は、自分や、同じく自分と共に育った仲間達と似ていた。親の愛という物を、一切与えられずに育ったハート達に。
だが――。
『アホウドリよりもアホウかテメェは?』
ブレインから発せられたのは、否定の声だった。
『それを人間の言葉で、『成長』っつうんだよ』
「・・・・・・」
その言葉に、ハートの両目は大きく見開いた。
――『成長』。
人や動物が育って大きくなる事。
大人になる事。
どうして、そんな当たり前の事に気付かなかったのだろうか。
人間として――生命ある者として、当然の事だというのに。
いつもの無表情の顔だけは変わらないが、自らの心臓だけは、熱く高鳴っているのが分かる。命を懸けて戦っている時以外では、これも初めての事だ。
『おいおい、そんなに驚くなよ。これは仕方のねぇこった。何せテメェは、今更思えば、今日の今日までちゃんとした人間と接触した事なんざ、まず無かったんだからよ』
心臓の鼓動とブレインの声が、脳内に響く。
『故障じゃあねぇ。普通の事だ。だからテメェも、たまには息抜きやがれ』
「・・・・・・ああ」
返答すると、ハートは、すっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
ふと、また他人の事を思った。
そういえば、ここの子供達の目は、よくよく思い出してみれば、自分とは違う点があった。あの子達の目には、親の愛を受けた光は宿ってはいなかったが、代わりに、別の愛が宿っていた。
おそらく、それは孤児院にいた頃に、シスターに貰った物だろう。
そうでなければ、あんなにも元気な子供には、まずなっていなかっただろう。
日の落ちた空には、満天の星が散りばめられており、昼間、灼熱だった砂漠は、今は凍てつく砂の大陸へと変貌していた。
☆☆☆
コンピューターが壁際に、所狭しと設置された、トラックの荷台部屋内。
日が落ちた今、流石に室内では、明かりが付けられていた。
そして、円卓にはそれぞれ、アンガーを中心に、ベースキャンプのリーダー五人が、重々しい顔で座っていた。
「皆、集まったな」
アンガーが、卓上を見渡しながら口を開いた。
「信じられない事かもしれないが、聞いてほしい。昼間、エリックに武器輸送車を調べさせたところ、少し前から考えてられていた、とある疑問が今日、確信に決まった」
アンガーは、また、卓上に座るそれぞれの顔を見渡した。
やがて、一呼吸すると、一言。
「我々の中に、裏切者がいる」
今宵の砂漠は、朧月が怪しくも、美しく浮かんでいた。