第5話 Mad scientist&Dealings
「やっと来たのか、ジェームズ」
アンガーの事だから、また怒鳴り散らすのかとハートは思ったが、扉の前で敬礼するジェームズ・クローバーに、アンガーは呆れたような声を出した。その様子からどうやら、彼が遅刻するのは日常的らしい。
年齢は、アンガーやエリック達とあまり変わらない、三十路前後。髪は雑草のように伸び放題でボサボサ。アイロン知らずのヨレヨレの白衣を着ており、現在では見られる事が少なくなった丸眼鏡を掛けている。一言で言えば、だらしが無いと言えるだろう。
「ごめんなさい。また機械が愚図りだしてさ、宥めていたら遅くなってしまったよ」
『へぇ〜、眼鏡のおっさんは機械を人間みてぇに例えんだな。機械側からしてりゃあ嬉しいもんだ』
ブレインが、人をここまで評価するのも珍しいと思ったが、瞬間、そんな事などすぐに忘れてしまう程の声で、ジェームズが叫んだ。
「――!?。今の電子音は何!!?」
気が付けば、彼は、音(声?)の発された場所――ハートの手に握られたブレインの本体である携帯型端末を見つけだし、まるで新しく買ってもらったボールを飼い主が投げるのを今か今かと待つ犬のような顔で、こちらに狙いを定めた。
「きみ!いったいなんだいそれは!?というより、さっきの言葉はきみでは無くその端末が喋ったよね!?もう一度喋らしてくれ――いや、いただけないでしょうか!」
ハートは、両肩を掴まれ、ぐわんぐわん揺らされる。それを見兼ねたエリックが、間に割って入る。
「ジェームズ、まあ落ち着けって。兄ちゃん達も困ってるだろ」
「落ち着く?これが落ち着いていられるか!考えてもみてくれ、現在の技術でも確かに人類の科学への進化はかなりの速度だ。人工知能なんて、もう大体の人間の受け答えはできる段階にまでだ!だが、あくまでそれは人間が彼らに命令をする時だけだ。だが、この人工知能は違った。僕がここに来て真っ先にした事は、敬礼して挨拶、そしてここに遅れた理由を説明しただけだ。なのに――なのにだぞ、仮に僕の声を聞き取って、反応したとしても、精々できるのは挨拶ぐらいだ!なのに彼は、僕が機械をまるで人間のように扱っていると見抜いて答えてくれたんだ!しかもその声は、電子音が混じりつつも、まるで人間そのもののようなアクセントだった。まだあるぞ、彼はなんと、僕が眼鏡を掛けている事にも反応し、『眼鏡のおっさん』と呼んだんだ!そう、正にこれは、人工知能に感情を持たせるという人類のお願い偉大なる目標の一つが完成された事になるんだ!そもそも人工知能とは、1956年にジョン・マッカーシーによって命名され――」
ジェームズは、スラスラ人工知能について語る。
正しくそれは、研究を追い求める学者の目であった。
「――つまりだ、僕が言いたい事はただ一つ」
ジェームズは、ハートの両手をがっしり握る。
「キミがこの人工知能君の所有者だね。お願いだ。少しで良いから、この人工知能を弄らせて欲しい!」
「条件がある」
条件を出すハート。
「何なりと!」
「俺は水と食糧を分けて貰うためにここに来た。ついでにハンドガンに使用する弾も加えて欲しい」
「良いよ良いよ!何でも持ってっちゃってよ!僕が許可する。大盤振る舞い大サービスだよ!」
「おい、ちょっと待て!何でもやって良いって訳じゃな――」
勝手に取引きを進められる訳にも当然いかず、アンガーが口を挟もうとしたその時。
『ちょぉおっと待ちやがれぇえ!』
更に口を挟んだのは、ブレインだった。
『おいコラハート!何勝手に話進めてんだよ!何オレサマに許可無くオレサマの体弄らせようとしてんだ!?オレサマはゴメンだぜ、ンなモン』
「少々五月蝿いが、我慢してくれ。こいつの名前はブレインだ。なんなら、この口五月蝿い機能を停止してくれても構わない」
『待て待て待て待て待て!何ナチュラルに手渡してんだテメェは!?――あ、おいコラ、マッドサイエンティスト!オレサマの体に頬擦りしてんじゃねぇ!』
ブレインの意思は完全に無視される。
「ありがとうハートくん!この御恩と興奮は、一生忘れないよ!」
『興奮は捨てやがれ!』
もしかすれば、ハートとよりも、仲が良いのかもしれない。
だらしが無かったはずの彼の顔は、しゃっきりとしていて、まるで5年は若返ったようだ。
「それじゃあ、僕は研究用の車に戻るからね!」
『ちょ・・・・・・ハートさん!?マジですか!?お願い!もう生意気な口叩かねぇから、助けやが――くださいハートサマ!』
人工知能の叫びの声も虚しく、一人と一機は、車内を出て行く。
一番五月蝿かった奴が消え、車内は静寂に包まれる。
アンガーはといえば、勝手に成立された、支給品の追加注文に、頭を抱えていた。