第4話 Questioning&Self-introductions
「それじゃあ、第一の質問だ」
暗がりのトラック荷台内、コンピューター機器がぼんやりとした淡い光を浴びながら、円卓をほとんど挟むような形で、アンガー達の尋問をハートは受ける。
「お前の名前は?」
『ああ?何言ってやがんだよおっさん。さっきそれはしっかり言ったじゃねぇか。呆けてんのか?』
いつもならポケットに入れてある人工知能ブレインは、今は円卓の上に置かれており、そこからいつもと変わらずに五月蝿い声で騒ぐ。
「そこの人工知能には訊いていない。質問には、お前が答えろ。機械の言葉は、嘘かどうか見抜けんからな」
アンガーは、ジッとこちらの顔を伺っている。どうやら、少しの嘘も見逃す気は無いらしい。仕方無く、ハートは口を開く。
「名前は『ハート』だ」
「ファミリーネームは?」
「言う必要が無い」
「ここに来た理由は?」
「食糧と水の調達」
「その白い髪はどうした?」
「生まれつきだ。アルビノか何かだと思ってくれて構わない」
「どうやってここまで来た?」
「砂嵐に巻き込まれた時に、そこのエリックに助けてもらった」
「そうじゃない」
「・・・・・・?」
「どうやって、今の今まで、貴様はこの砂漠の中生きてこられたんだと訊いている」
「・・・・・・別に、ここまで奇跡的に食糧と水が持っただけだ」
「蟻共はどうした?まさか、こんな拳銃一本で、生き延びてきたと言うのか?」
アンガーは、円卓の上に、先ほど没収されたハートの拳銃を乱暴に叩き付ける。弾は既に使い切っており、装弾はされていない。
「言っておくが、弾もここまで奇跡的に持った、なんて言い訳は無しだぞ」
これ以上の言い逃れは無理だと、この場にいる全員が、そう思っていた――一人と一機を除いて。
「おい、どうなんだ?このまま黙り決め込むと、お前さんのことは信じられねぇってことで、蟻共のいる砂漠のど真ん中に放り出す事になっちまうぜ」
「・・・・・・そうだな。分かった。真実を話そう」
――!?
その言葉に、全員が騒つく。
「はっ、いったいどんな真実を話してくれるってんだ?それとも、また蟻の所に戻るのが嫌だから、苦し紛れの言い訳でもするか?」
アンガーは、変わらずハートを睨む。真実を話す、と言われても、警戒を解く気は無いらしい。だが、ハートは嘘を付く気は無かった。だから正直にこう言った。
「歩いて来た」と。
☆☆☆
「歩いて来ただと?ふざけているのか?」
ぎしりと、アンガーの握る拳に力が入る音が鳴った。
「そんな嘘をわざわざ付く理由が無い」
ハートは、変わらずいつも通りの無表情で答える。 だが、その無表情の頭の中では、通常に話している人間では、比べ物にならない、あらゆる可能性の計算がされていた。
こいつは何を自分に対して望んでいるか。
俺への信頼――ではない。
俺のことを信頼するための質問とこいつは言っている。
信頼も何も、俺は仲間に入れてくれとは一言も頼んでいないし、する必要も無い。
渡したくないのなら、こんな尋問をせず、とっとと追い出せば良いだけだ。
ただいちゃもんを付けているだけの可能性もある。
ああ答えればどう反応するか。
胸の膨張収縮具合から、呼吸数毎分22回。
呼吸数から推測、脈拍及び体温、共に正常。
以上から、あまり怒りがあるとは思えない。ただ煽っているだけだと断定。
「嘘を付く理由が無いだと?じゃあ、蟻共はどうした?車も無しに、どうやってここまで生き延びていた?」
「それこそ簡単だ。これまでに襲ってきた蟻達は全部殺した――それだけだ」
また、周囲に衝撃が走る。
「まさか、それ程までの武器を、この砂漠の中、車どころか鞄一つ持たずに、持ち歩いていたのか・・・・・・」
「・・・・・・?。そんな訳が無いだろう。持っている武器は、その銃だけだ」
「・・・・・・あり得ない」
「俺が嘘を言っているように見えるか?俺はただ、真実を話せと言われた。その言葉に従ったまでだ」
「目的はなんだ」
「さっきも言っただろう、食糧と水の調達だ。少しで良い。お前達の生活が苦しいのは、だいたい察しが付く。駄目だって言うんなら、潔く諦めよう」
随分と話し込んだ気がするが、こんなものだろう。例えこれで、食糧と水が調達できなかったとしても、仕方の無い事だ。
アンガーは、しばらく黙っていた。腕を組み、なにやら考えているらしい。
やがて、アンガーは目を開くと、ハートの眼を見据え、口を開く。
「分かった。少しで構わないなら、水と食糧を支給しよう」
「感謝する」
交渉はどうやら成立したらしい。だが、これはあくまでハートが信頼できるかどうかの尋問だったらしいが、言い出した本人が勝手に決めて良いのだろうか。
「実は、このベースキャンプ内での一番のリーダーは、アンガーなんだ。だから、こいつの決めた事には、基本的に反対はしねぇのさ」
その思いを察したのか、エリックが説明してくれた。
「すまんな、ここんの所盗賊連中なんかが、水と食糧確保のために、生き残り達を殺しまくってんのさ」
「いや、特に気にしてはいない」
「はっはっは、そうかそうか!」
エリックは、ハートの背中を豪快に叩く。
「お、そうだ。少し俺の方からも質問良いか
?」
「なんだ?」
エリックの急な質問に、ハートは許可する。
「ブレインの事なんだが、どうしてお前さんのポケットの中に入れている時でも、俺の見た目や、俺が後ろを向きながら運転している事が分かったんだ?」
その質問には、アンガーに、他の二人も興味を持った顔をした。
「ブレイン、もう喋っても良い。説明してやれ。俺は疲れた」
代わりにブレインに、説明を任せようとするが、ブレインはそれに応答しない。
「・・・・・・?。どうした、ブレイン。命令に答えろ」
ハートは、円卓の上に置いていたブレインの、携帯端末を手に取り、命じる。すると――
『ん?・・・・・・ああ。悪りぃ悪りぃ、寝てたわ』
「生まれて5年間、寝た事無いだろ」
『ああ?人工知能だって、寝たい時は寝たいんだよ。それとも正確に、電源切ってたって言った方が良いのか?――で、なんだよ。終わったのか?』
「俺とお前の視覚機能の説明をしてくれ」
『ああ?ンなモン自分でやれっての。たっく、夢の中だとあんなにもオレサマに従順だったくせによ・・・・・・』
「お前、夢が見られるのか?」
『へっ、オレサマ程の人工知能になると、電気羊ぐらい、余裕で見れるぜ』
ブレインは、どこか自慢気だ。
『んで、視界の話だったな。テメェら、耳の穴のカタツムリかっぽじってよぉく聞きやがれ』
『まあ、厳密に言うと、コイツ――ハートの右眼は義眼なんだよ。んで、その右眼のレンズは、オレサマと視界共有されている。だから、コイツが見てる景色は、コイツの義眼を通して、オレサマにも見えてるっていう仕組みだ――こんな感じで良いか?』
「信じられない、そんな技術をどこで・・・・・・」
ここで、喋ったのは、この中で唯一のじょせいだった。
『その辺は秘密だ。にしても、さっきからずっと気になってたんだがよ、ネェちゃんと、その隣の細いニイちゃんは誰なんだ?』
「確かに、紹介がまだだったわね。私は、『ダリア・スチュワート』。これでも、アンガー達と同じ、元軍人よ」
「僕の名前は、『櫻井春馬』と言います。元軍医で、こちらでも医師の代わりとして働いています」
「因みに俺の名前は『アング・クロッカス』だ」
『なんだよ、おっさん。アンガーじゃなくて、アングって名前なのか。普通、愛称呼ぶなら逆な気がするけどな』
アンガーは、それに溜息を吐いた。
「それは、俺達がまだ、士官学校に入っていた時に、エリックの馬鹿が、いつも俺が怒ってるのを理由に付けやがったんだ・・・・・・」
アンガーは、エリックを睨む。
「だって、本当の事じゃないか。おまけにファミリーネームが『クロッカス』って、名前負けしすぎじゃないか」
エリックは肩を竦めて言うが、かなりの殺気を向けられている事に気付いているのだろうか。
『そういや、ここに来た時、もう一人が遅れるとかなんとか言ってなかったか?」
不意に訊いた(急に話を変えて)、ブレインのその問いに、アンガーは、髪の無い頭に手をまわしながら、面倒臭そうに答える。
「はあ〜、あいつか。結局来なかったな・・・・・・。まあ、あいつも、俺達と同じ――」
「ごめんなさい!遅れました!」
と、いきなり後ろのドアが勢いよく開き、一人の男性が飛び込んで来た。
男性はビシリと敬礼を決めて叫ぶ。
「『ジェームズ・クローバー』。ただいま到着しました!」