第2話 Child&Sandstorm
「ぼくの名前はロキ。はじめまして、お兄ちゃん♪」
ジリジリと太陽光が刺す砂漠のど真ん中で、ロキと名乗った十歳程の少年は、直射日光を防ぐためのマントどころか、帽子すら被っていないというのに、彼の肌はまるで雪のように白く、額には汗ひとつ出ていない。
『テメェ、何もんだ?』
訊いたのは、ハートの相棒でもある、人工知能――ブレインだ。
「あれ?お兄ちゃんじゃなくて、きみが喋るの?ま、どっちでもいいけどね〜」
『質問に答えやがれ、ガキンチョ』
ブレインの少し苛立った口調に、ロキは肩を竦める。どうやらブレインは、子供が苦手らしい。
「何者って訊かれてもねぇ、さっき言った通り、ぼくはロキだし、ぼくはぼくだよ」
『はっ、テメェの名前なんざ興味ねぇんだよ』
「ん?じゃあ、きみはぼくに何が聞きたいの?あ、言っとくけどスリーサイズはダメだよ。流石にぼくもそれは恥ずかしいし」
『テメェ、人間じゃねぇな。かと言って、コイツみたいに造られたって訳でもなさそうだけどな』
「・・・・・・」
そこでロキは少し、驚いたような顔になる。しかし、すぐにその顔は新しい玩具を買ってもらいはしゃぐ、子供の笑顔へと変化する。
「あははははは!すごいなあ!どうしてぼくが人間じゃないって分かったの?」
無邪気な笑顔を浮かべて、今度は逆に訊いてくる。
『なぁに、普通にテメェからは生体反応が感じられねぇ、それだけの事だ。だからオレサマ――いや、オレサマ達はテメェへの反応が遅れた』
ブレインは、坦々とした口調で説明する。
『もう一度訊く、テメェは何もんだ?』
ハートは、もしもの時のために、左脚に重心を乗せ、右脚を後ろに下げて腰を低く落とす。これで、万が一の事態には対処が可能だ。
しかし、ロキはハートが姿勢を変えたのを見ると、両手を顔の前でブンブン振った。
「ああ、待ってよお兄ちゃん。別にぼくは、お兄ちゃん達の敵になろうなんて思っていないんだ。ただ、教えてあげようかと思って」
『あぁ?何を教えんだよ?』
ブレインはロキの言葉に反応し、訊き返す。
「実は、ここから北西の方角に行けば、なんとなんと聞いて驚け、生き残った人間達のベースキャンプ場があるのだ」
『北西!?目的の海がある場所まで遠回りじゃねぇか!』
「あれ、人間が生き残ってる話に反応するのかと思ったんだけどな。意外だね」
『あ?んなもんちょっと想像すれば分かるもんだろうが。人類は今までにも相当バカな事してきたが、滅んだ事は一度もねぇだろが。だったら、今回もゴキブリ並みに図太く生き残ってるってもんだろうがよ』
で?とブレインは更に訊く。
『どんだけ進みゃいいんだ?』
「そうだねー、このまま休まずに歩き続けるとしたら、大体20時間くらいかな」
――20時間。砂漠地帯だし、覚悟はしていたが、やはり相当の距離になる。この草一つ生えない砂漠を休憩も入れて越えるとなれば、普通の人間なら、水が無ければあっという間に死んでしまうだろう――あくまで普通の人間ならの話だが・・・・・・。
「その話が本当なら、水と食糧を少し分けて貰える可能性もある」
ここで初めて口を開いたハートは、自分の考えを口にする。
「どちらにしてもこんな場所に留まっていたら、人喰い蟻が血の臭いに釣られて集まって来る。行くぞ、ブレイン」
「お、ようやく喋ってくれたね、お兄ちゃん♪ぼくもお兄ちゃんの役に立てて嬉しいよ」
『はっ、コイツは黙ってただけで何にもしてねぇけどな』
ハートは、北西へ身体を方向転換すると、ロキの事を無視して歩き出した。
「ばいば〜い、お兄ちゃん♪」
振り向きはしなかったが、手を振ってくれているのだろう。しかし、何故かロキの気配は感じられない。ブレインが話している時も、どちらかと言えば、ただブレインが何も無い空間に向かって、独り言を五月蝿く喚いているだけのようだった。見えているのに、認識出来ない。
『テメェ、あのガキには気ぃ付けろよ。何もんかは分からねえが、下手に関わって良いもんじゃねぇ事は確かだ』
「ああ、分かってる。できればもう会いたくない・・・・・・」
「へっ、同感だぜ。珍しく気が合うじゃねぇか」
ロキがまだ後ろで手を振り続けているのかは分からないが。振り返らない方が良いだろう。振り返れば、一生付き纏って来そうな気がした。
ハートは脱いでいたマントのフードを被り直し、露わになっていた白い髪を隠すと、砂漠の奥へと吸い込まれるように消えていった。
☆☆☆
いや〜それにしても【ロキ】だなんて、ぼくながら面白いウソを思いついたなぁ。
『運命すらも偽る道化の神』だなんて、正にぼくにぴったりの名前だよねぇ。あ、因みにお兄ちゃん達に教えた情報は本当だよ。
お兄ちゃん――ハートって言ったっけ。全然喋ってくれなかったけど、逆にあの人工知能――えっと、名前何だっけ?ブレスト?ま、何でも良いか!
あの人工知能は対照的によく喋ってたな〜。やっぱり、お兄ちゃんの無口な性格とのバランスを考えて、組織の連中がお兄ちゃん達とペアを組ませたのかな?あ、まだ組織の話をするのは早過ぎたかな?失敗失敗。
さて、もう少しお兄ちゃん達の事を観察していたいけど、ぼくにはぼくなりにやらなきゃならない事が他にもたくさんあるからね。
それじゃ、この世界をもしかすると、どこかから観測しているのかもしれない方々は、ごゆっくりと彼らの物語を堪能してくれたまえ。
それではそれでは、今の所脇役であるただの道化師で子供のぼくは、頭を恭しく下げ、御清聴願います――とでも言いましょうか♪
☆☆☆
『おいハート!良い話と悪い話、どっちから聞きたい?』
歩き始めてから半日以上は経過し、既に日付が変わった昨日と何も変わらない砂漠の真ん中で、ブレインがいきなりそんな事を言った。
「・・・・・・じゃあ、良い話から」
『OK分かったぜ!実は今、このまま真っ直ぐ行った先から、人間の生体反応を見つけたぜ。それもかなりの数だ。どうやら、あのガキンチョの言ってた事は確かだったみてぇだな』
ブレインは、少しテンションが上がっているのか、声がいつもより張って聞こえる。
「で、悪い話ってのは?」
ハートは、ブレインに次を訊く。また人喰い蟻共がこちらに向かって来ているのだろうか。そうだったら、こんな武器も無い丸裸な状態では危険だ。せっかくここまで奇跡的に生きて進めたというのに、殺されてしまえば水の泡だ。
『OKOK、そうがっつくなよ。あぁ、因みに蟻共が向かって来ている訳じゃあねぇから、その点は安心しな』
「じゃあ、何なんだ?」
『あまりデカイ訳じゃあねぇが、強力な砂嵐がこっちに接近しているぜ!』
「・・・・・・そういう事は最優先で話せ」
言うが早いか、ハートは全速力で、その場から走り出した。言われてみれば確かに、背後からゴウゴウと荒々しい音を立てて、砂嵐の塊が背後から向かって来ているのが分かる。今まで気付かなかった事が、不思議なくらいだ。
『ほらほら、頑張れ。そんなんじゃ追い付かれちまうぞ〜』
「呑気で良いな。お前は・・・・・・」
『ヒャハハ!オレサマはテメェの代わりに口動かすのが仕事だからな!だからテメェはオレサマの代わりに脚動かしやがれ!』
「そろそろお前の電子回路を弄って、言語機能を停止させた方が良いかもな」
一見、本当に呑気そうに見えるが、ハートと砂嵐の距離は着実に縮まり続けている。このままでは、砂嵐に呑み込まれてしまうのも時間の問題だ。と、その時――
「おい、こっちだ!」
突然、ハート達を誘導するどでかい男性の声が聞こえた。いつからいたのか、右斜め前方にはトラックが一台走っており、砂嵐に呑み込まれる虞れもあるというのに、ハート達が荷台に乗りやすくなるようジリジリと近付いて来るのが分かる。
「早くしろ!飛び乗れ!」
「・・・・・・」
ハートは、更に走るスピードを上げると、トラックの荷台へと飛び乗った。ドライバーはそれを確認すると、トラックをアクセル全開で飛ばし、今度はこちら側が砂嵐との距離をグングン伸ばす。やがて、砂嵐は豆粒のように小さくなる。
『ヒャハハ!一時はどうなるかと思ったな。肝が無いのに肝が冷えたぜ!』
ハートは答えない。あれだけ全力で走れば、流石に息が切れる。しばらくは動けそうもない。
「はっはっは!散々だったな、兄ちゃん。ま、命があるだけマシってもんだ」
ハートのもたれ掛かる背後――運転席側から先程と同じ、どでかい男性の声が聞こえて来た。このトラックのドライバーだろう。
「俺の名前は『エリック・ナスタチウム』。エリックで構わない。で、兄ちゃんは何て言うんだ?」
エリックと名乗った男は、運転中にも関わらず、後ろを向いてハートに話し掛けてくる。
『ああ、こいつはしばらく動けそうにねぇからな。代わりにオレサマが自己紹介してやるよ』
「ん?兄ちゃん一人だけかと思ったが、もう一人いるのか?どこだ?」
『いやおっさん、後ろ向き過ぎ向き過ぎ。これじゃあせっかく助かった命も、事故ってしまえばおじゃんになっちまうぜ』
「おっとすまん・・・・・・にしても、いったいどこに――」
ここでハートは、今までポケットの中に仕舞っていた携帯型端末――ブレインの本体を取り出してエリックに見せた。そして、ブレインが人工知能である事をブレイン自身が説明する(ついでに自己紹介も)。思えば、他人にブレインを見せるのは初めての事だ。
「ほぅ、なるほどな。まさか現在科学がここまで進化をしているとは驚いた。話していても、口調は人間と何も変わらないじゃないか」
説明を聞き終えたエリックは、ブレインに関心したように反応を示す。
『にしても、おっさんがたまたまこの辺りを通りかからなかったら、オレサマ達はバラバラになってたぜ』
改めてブレインが、エリックに御礼を告げる。普段はハチャメチャな奴だが、素直な時は素直なものだ。
『で、オレサマ達もオレサマ達だが、おっさんは何であんな場所にいやがったんだ?』
「ああ、俺はここから少し行った先の、生き残った連中達で作ったベースキャンプのもんだ。毎日こうして朝晩交代で、巨大蟻共が近付いていないかの見張りをしているんだ」
『はあん、なるほどね。でもよぉ、普通砂漠地帯をこんな小型トラックで走るなんて、おっさんもスゲェな。蟻共に襲われたらどうすんだ?』
「はっはっは。あいつらは音に敏感だからな、トラックだろうがバイクだろうが、走らせときゃビビって近付いて来ないさ」
ハートはそこで少し驚いたが、すぐに納得する。確かに、人喰い蟻は基本的に地中に生息しており、獲物の足音を感じ取ると獲物を群れで襲う。だから耳が良い。エリック達生き残りは、それを逆手に車のエンジン音を利用しているのだ。耳が良い分人喰い蟻は大きな音が苦手となる。
「つまり、こうして車で走っているだけで、蟻達は近付いて来ないのか・・・・・・」
「お、やっと喋ったな、兄ちゃん。まあ、そんなとこだ。あとは、兄ちゃん達がさっき襲われた砂嵐だ。あれの音にも蟻共はビビって近付かないからな。危険な自然も、利用すれば心強いもんだ」
『んあ?あの砂嵐は常に発生してんのか?』
ブレインが質問する。
「ああ。あの砂嵐は一日に五回、決まった時間帯にこの周囲に発生してるんだ。あまりでかい訳じゃないが、威力はさっき見た通りだ。巻き込まれればタダじゃすまねぇ」
つまり、ハート達は偶然にも運悪く、その砂嵐に巻き込まれた訳だ。
「そう言えば、兄ちゃん達は一体何だってあんな場所にいやがったんだ?」
『うーん、話せば長くなるんだけどな』
ブレインはそう答える。と言うより、自分達の事を話して良いものか迷っているようだ。
「・・・・・・分かった。じゃあベースキャンプに着くまではその話は置いておくか」
それを悟ったのかどうかは不明だが、エリックは話を先延ばしにしてくれた。
【人喰い蟻♂】
生息地――砂漠地帯
体長――約1メートルから1メートル50センチ
生態――通常、人喰い蟻は5〜6匹で行動を共にし、地中から獲物の足音を感じ取る事で獲物を襲い、狩りを行う。
幼体時は10センチ程で、卵から孵るのは全員が雄である。一つに固められた卵から30匹ほど孵ると、まず兄弟達で共食いを行い、数が5〜6匹程の一定の数にまで減ると、共食いを止めて生き残った強い雄達で群れを作る。
なお、人喰い蟻は成長がその大きさに反して異常に早く、2〜3週間で成体となる。
成体後、繁殖期を迎えた人喰い蟻はまた、群れで共食いを行う。一匹だけ生き残った雄は群れで一番強い遺伝子を残すために殺した兄弟達の血の匂いでメスを呼ぶと、生殖を行い、子を残す。生殖後、雄は雌の出産に必要なエネルギーのために、雌に食われて栄養源となる。