第11話 Success&Containers
――叫び。
静かな砂漠の夜には、最も不釣り合いだった。
例えるなら、ダヴィンチの作品を自分が気に入らないからと言い出し、その作品を絵の具で塗り潰して描き変えるようなものだ。
「・・・・・・あ、ああ!」
静寂の作品を汚した本人である櫻井は、今度は声にならない声を出しながら砂の上で跪いていた。血に染まった左手を押さえながら。
『普通撃つかよ?』
ブレインが、呆れたような声でハートに訊いてくる。
「・・・・・・」
ハートは何も言わない。
何も言わずに、櫻井に目を向けている。
そして、その手にはいつ抜いたのか分からない、一丁のハンドガンが握られていた。
ハンドガンの銃口はまだ熱があり、薄い白煙がもくもくと上がっている。
早撃ちだった。
櫻井が起爆装置のスイッチを押すよりも早く、ハートは櫻井の手を正確に撃ち放った。
撃たれた櫻井は、もう片方の手に持つ拳銃も落とし、その場に蹲る。
『たっく、危なっかしいったらありゃしねぇな。間違えてポチッとしてたらどうすんだ。ま、結果的にそれが最善に繋がったな』
(にしても、何が成長だよ)と、ブレインは思う。
ジェームズがハートを呼びにやって来る数時間前、ハートはブレインに、「もうここの人達にこれ以上の迷惑を掛けたくない」とそう言った。
それをブレインは、『成長』したのだと言い返した。
だが、この時、ブレインは改め直してこう考え直した。
(やっぱりテメェは――)
『オレサマよりも機械だよ』
その呟きがハートに聞こえていたのかは分からない。
分かっているのは一つだけ。
ハートは、人を撃つ事に躊躇いが無い。それだけだった。
「クソ・・・・・・畜生、また、邪魔をしやがって!後もう少しなのに!」
蹲った状態のまま、櫻井が呻く。
櫻井よりも少し離れた場所には、手を撃たれると同時に吹き飛んだ、起爆装置が砂の上に転がっている。
おそらく、もう壊れているだろう。その証拠に、起爆装置の破損した部品が幾つか散らばっている。
これでは、爆弾を起爆させる事もできず、人質も解放されたも同じだ。
『んじゃ、大人しく投降してもらおうか。なぁに、ここの連中も流石に殺しはしねぇだろうよ。半殺しにはされるだろうけどな!ヒャハハ――』
いつもならここで笑い出すはずのブレインの笑いが不意に止まった。
それが何かが起こる事を意味するのは、もう十分理解している。
『――おい、ハート』
いつもよりも声のトーンを落としたブレインの声。昼間に【人喰い蟻】と遭遇した時と同じだ。
「・・・・・・分かってる」
短く反応を返したハートは耳を澄ませる。
間違い無い、近付いて来ている。
かなり速い。
何かが、もの凄い速度でこちらに向かって来ている。
やがて、その音は耳を澄ませるまでもなく、むしろ耳を覆いたくなる程の音が――駆動音が上空から聞こえてきた。
音を発する物の正体は、3機の大型ヘリコプターだ。
外装は黒く塗られており、3機はそれぞれが巨大なコンテナをワイヤーで繋ぎ吊るしている。
「は、ハハハ!僕はまだ終わっていなかった!組織の部隊が到着したんだ!」
櫻井はいつの間にか立ち上がっており、歓喜の声を上げている。
組織――【女神の天秤】。
表向きには大手軍事企業を名乗り、その売り上げは、年間数百億にも及ぷ。また、その実態は、裏での武器や違法薬物などの密輸密売を行う犯罪者組織であり、女神の天秤での総売り上げの半数以上を占める。
彼らの最も秘密とする、女神の天秤の創設者の正体を探るため、世界中からFBI、ICPOなどが動いたが未だに組織の創設者については、顔、年齢、性別共に不明のままである。
その組織が今、ハート達の頭上を飛行している。
櫻井の叫び声よりも更に不釣り合いな駆動音が闇の中に響き、機体から放射される光が自らをより神々しく見せる。その出で立ちは、漆黒の翼を持つ怪鳥の姿を連想させた。
「もうお前達は終わりだ!ここの連中も全員、組織の武装兵には敵わない!」
『武装兵・・・・・・ねぇ』
ブレインは駆動音の中、何とか聞き取れる櫻井の声にあまり興味を示さない。どうやらブレインは、櫻井の言う武装兵とは違うものを気にしているようだ。
ハートも、ブレインと同じだった。
櫻井の言う武装兵など警戒してはいない。いや、ハートとブレインだからこそ分かった。
あのヘリに人間なんて乗っていない事に。
「さあ、今こそ女神の天秤の恐ろしさを思い知る時だ!組織よ、さっさと降りて来い!僕はここだ!」
空に向かって呼び掛ける櫻井。しかし、ヘリは1機も地に降りて来る様子は感じられない。
代わりに、ヘリがそれぞれワイヤーによって吊るされている3台のコンテナを乱暴に地に落としてきた。
幸い、大量の砂がクッション代わりになったおかげでコンテナは3台とも壊れはしなかったのだが、コンテナに積んでいる物は相当重量があるらしく、地に着くと同時に大量の砂塵が舞い上がり、辺りは砂煙に包まれて何も見えなくなる。
砂煙の中、櫻井はコンテナが落ちて来た方向に進んでいた。おそらく、あのコンテナの中には組織の武装した兵士が潜んでいるのだろう。
ならば、指示を出さなければならない。
あいつらが誤って一斉射撃を行い、ブレインの本体までを壊してしまっては意味が無いからだ。
組織にここまで発達した人工知能を献上すれば、どこまで自分の地位が上がるだろうか。もしかすれば、自分に兵士達の指揮を一任されるかもしれない。
そう想像するだけで、自然と口の端が釣り上がった。
自分は今日、何度笑っただろうか。
非常に愉快だ。
やがて、櫻井の目の前には、一つの大きな影が浮かび上がった。
櫻井は、コンテナの目の前に到着したのだと思った。そう思うといっそう嬉さが増し、つい大声を出してしまった。
「ご苦労だったな、お前達!未来の指揮官である僕からの最初の命令だ!ここにいる奴らを全員殺せ!ただし、白い髪のガキは殺さずに拘束しろ!この僕自身が、直々に殺すからな!」
命令を下す櫻井。そして、それに反応するかのように、砂煙に存在する巨大な影の中、二つの赤い光がボウと浮かび上がった。
【ギ・・・・・・ガギィャアアアァァ!】
「・・・・・・へ?あ、アれ?」
――あレ?レレれレれれれレレれレ?
砂が晴れた。
周囲の土色が消えて無くなり、見えなかった景色が鮮明となって目の中に情報が飛び込んで来る。
そこにあったのは、左腕の消し飛んだ櫻井と、美味しそうに口元を自らの目と同じ赤に濡らす、【人喰い蟻】の姿だった。