第10話 Laugh&Cry
『んで?ニイちゃんの言う組織とやらの情報、教えてくれねぇかな?』
ハートのズボンのポケットの中から、ブレインの電子音ならぬ、電子声が鳴る。
「・・・・・・どうして、ハートさんとブレインさんがここに?」
『おいおい、人工知能のクエスチョンにクエスチョンで返してんじゃねぇよ――って言いてぇとこだが、特別に寛大なオレサマが答えてやるよ。それはだな――』
「ジェームズが教えに来てくれたんだ」
だらだらと話すブレインの代わりに、ハートが先に答える。
『って、おいコラハート!テメェ、オレサマのセリフを取ってんじゃねぇよ!ラーメン食いに行ったら、最後に食おうとしてたチャーシュー隣の奴に取られたみてぇじゃねぇか!?』
「ノロノロしてたお前が悪い」
『それはセリフとチャーシューのどっちの方だ!?』
ここへ来た目的も忘れて、ブレインは騒ぎ散らす。しかし、そんな様子を特に気にせず、櫻井は口を開いた。
「ふむ、ジェームズさんですか。確かに、ジェームズさんだけがあの場にいませんでしたが、なるほど、そういう事ですか。あの時、彼だけがあなた達を呼びに行っていたんですね」
櫻井は、顎に手を当てながら話す。
『ま、そう言うこった。にしても、あの顔は笑えたぜ。『ハートくぅん、ブレインくぅん、大変だよ〜』って、今はテメェの汗まみれの慌て顔が一番大変だってぇの!ヒャハハ!』
夜の闇に、ブレインの笑い声が響く。
一方で櫻井は、どこか見下すかのような笑みを浮かべていた。
「それで、ジェームズさんに助けを求められたあなた達は、私を捕まえに来た、と言うところですか?――馬鹿ですねぇ、ジェームズさんも。いや、ここの人間全員が馬鹿ですねえ。まさか、部外者に助けを求めるなんて、軍人の生き恥ですねぇ」
櫻井の口からは、「くっくっく」と、不気味な笑い声が零れ始める。
『それが、ニイちゃんの本性ってトコか・・・・・・。ま、ンなモンオレサマ達にゃあ関係ねぇ。オレサマ達が今訊きてぇのは、一つだけ。ニイちゃんの言うその組織についてだ』
「・・・・・・そんな情報、私が話すと御思いですか?」
櫻井は、肩を竦める。
『そう言わねぇで、教えてくれねぇかな?オレサマ達は、もしかすればのもしかすればで、ニイちゃんの組織と関係があるかもしれねぇんだ。せめて、組織の名前だけでもよぉ?』
「関係があるかもしれないと言われましてもねぇ。こちらもそう簡単に――」
(いや、待て。あまりにも自然過ぎて気にするのを忘れていたが、よくよく考えてみれば、あそこまで高度な技術を駆使して作られたあの人工知能は何なんだ?ジェームズも言っていた事だが、確かに、現代の科学技術であんなにも高度な人工知能を作る事なんて、僕でも聞いた事が無い。・・・・・・そう言えば、組織の開発チームが、さらなる人工知能の開発研究をしていたな。完成していたのか?ならば一応、調べてみる価値があるか)
「良いでしょう、気が変わりました。それでは特別に、組織の名前を教えましょう」
『へっ、そう来なくっちゃな。良いぜ、教えろよ。オレサマに耳はねぇが、耳の穴のカタツムリかっぽじってよぉく聞いてやる』
「それでは、一度しか言わないので、よく聞いておいて下さいね」
ニコリと、櫻井は微笑む。
そして、口にする。自らの所属する組織の名を――。
「【女神の天秤】。それが、僕の所属する組織の名前ですよ」
「・・・・・・!?」
『・・・・・・!?』
組織の名前を聞いた瞬間、一人と一機が反応したのが分かった。
「その反応、どうやらビンゴのようですね」
櫻井は、どこか勝ち誇ったかのような様子だ。いや、実際に彼は、勝ったと思っていたのかもしれない。
「せっかくだから、更に良い事を教えましょう。実は、僕の連絡によって現在、組織の連中が向かって来ているのですよ。――車に積んだ武器を、手っ取り早く組織まで運ぶためにね・・・・・・クハ、ハハハ、カハ、ハ」
この時点で櫻井は、笑いを抑え込む事ができず、遂には吹き出してしまった。
それは、真っ当な人間としての笑みでは無い。
彼は真面目な印象を装う演技など捨て、その口を耳元まで吊り上げ、目に宿る光は、残酷な歓喜を放っている。
その後も彼は笑った。笑い続けた。
先に一度笑ったブレインよりも長く、大きく響く笑い声が、行き先に終わりの無い夜空へと広がっていく。
(やはりそうか!こいつは――ブレインは組織の連中が前々から開発していた人工知能だったんだ。こいつらの反応で、すぐに分かった。おそらく、何らかの形でハートはブレインを持って脱走した。だが、何故そんな事を?いや、今はそんな事どうでも良い。組織の武装兵が到着すれば、こんなガキやここの兵士ごときイチコロだ――僕はこの人工知能を組織に献上し、一気に上の地位にへと昇進するんだ!)
これでもう、組織の老ぼれ共も僕にとやかく言う事はできなくなる。
予定外の事ばかりが起きたが、この程度、多少の誤差に過ぎない。むしろ、予定していた以上の結果が付いてきた。
自分の時代がようやくやって来た。
「クハは、あハ、アハハはハはははハハハはハはハははハはハハハハハはハはははハハハはハはハははハはハハハハハはハはははハハハはハはハははハはハハハハハはハはははハハハはハはハははハはハハハハハはハはははハハハはハはハははハはハハハハハはハはははハハハはハはハははハはハハハハハはハはははハハハはハはハははハはハハハハハはハはははハハハはハはハははハはハハハ――」
「期待して損したな」
『期待して損したぜ』
「――ハ?」
櫻井が笑う中、ハートとブレインは、ほぼ同時に、溜め息混じりの言葉を吐いた。
☆☆☆
「何を言っている?聞いてなかったのか?僕が所属している組織の名前は、女神の――」
『ああもう、ンなモンとっくの昔に知ってるっつーの。アレだろ?表向きは善良な会社を名乗ってるが、その正体は裏で武器やら違法薬物の密輸に売買してる犯罪者組織だろ?設立者は確か――『ノワール・プルスス』だったな』
「・・・・・・ぐっ!」
その情報は確かに組織の――組織だけしか知らないはずの情報だった。組織の設立者の名前でさえも。
「何故だ!何故、お前達は組織の情報だけでなく、ボスの名前まで知っている!?――いや、待て。そもそも、お前達は組織に関係があるんじゃないのか!?」
思わず、櫻井は叫んでいた。
組織とは何も関係が無い。それはつまり、櫻井の長年の思いである組織での昇進計画は全て、水の泡になる事を意味していた。
冗談じゃない。
ここまで来て、全部無駄になるなんて・・・・・・!
『あ?オレサマとこいつがいつそうだって言った?――おいおいまさか、オレサマ達が組織と何か関係がありそうだから、オレサマ達を組織に献上すれば、自分は昇進!みてぇな事考えてたわけじゃねぇだろうな。ま、もしもそうだったってんなら、一言だけ言わせてもらうぜ』
ブレインは、ここで一呼吸おいた。無論、機械なのでそんな事をわざわざしなくても良いのだが、その理由は、次に自らが発する言葉に、より一層の力を持って相手に伝わせるためだろう。
『残念だったなぁ!』
ブチリと・・・・・・。
何かが切れる音がした。
それは、櫻井の頭の中で響いた。
「もう、どうでも良い」
力無い声が、櫻井の口から漏れる。
だが、力無い声に反してその目は赤く見開き、血走っていた。
先程まで勝ち誇っていた櫻井の顔は、今にも崩れ去ってしまいそうな廃城のようだ。
『おいおい、図星突かれたからって、何キレてやがんだ?子供かよ。にしても滑稽だったな、テメェの目から希望が消え去る瞬間はよぉ。これだから人間が絶望する顔見んのは止められねぇよなあ!ヒャハハハハハハ――』
「黙れぇええ!」
また櫻井は叫び怒鳴った。
案の定、その声には怒りしか感じ取る事ができない。
櫻井は、左手を顔の前に構えた。
手には、起爆装置が握られている。
「もう良い・・・・・・爆破してやる。――子供?何だソレ?――人質?命?――昇格?・・・・・・そんなのもう良いって言ってんじゃん」
『ンだよ今度は・・・・・・。笑ったり怒ったり投げ出したり、忙しい奴だな。ここのガキよりガキなんじゃねぇの?』
ブレインの一言多い発言でも、櫻井には届かない。
今の櫻井にあるものは、ただの怒りだ。
「組織への献上?そんなのもう盗んだ武器だけで良いじゃん。元々そっちが目的だったんだからさ・・・・・・。せっかくわざわざ正体隠して、あの事件の後に軍医名乗ってここの奴らに入れてもらってさ、武器をこっそりちょっとずつちょっとずつ盗んで・・・・・・そのためにどれだけ頑張ったかな?兵士共の見張り時間を寝る間も惜しんで全部把握して、鍵も最後にはバレたけど、それでもどうにか盗んで。その努力も全部――」
「全部パアだ!!」
「それもこれも全部!」
「あいつらの所為だ!」
「思い知らせてやる・・・・・・!」
だか、殺しはしないと、櫻井は言う。
「ここのガキ共だけを殺して、残った奴らに絶望を与えてやるんだ。――さぞ悲しむだろうなあ。鼻垂れ流しながらさ。ゴメン。ゴメンってさ、良い歳したおっさん共が泣き叫ぶんだよ。その顔を見れないのは残念だなあ。記念に一枚ぐらい、写真に撮っておきたいよ」
『はっ、とんだゲス野郎だな』
「黙れと言っただろうが人工知能!」
櫻井は、起爆装置を持つ逆の方の手で拳銃を抜くと、ハートに向ける。
「ガキ共を殺したら、次はお前だ。その後でその喧しい人工知能を奪う。その人工知能を渡せば命だけは助けてやる、なんて生ぬるい事は言わない。絶対に殺す!」
「・・・・・・」
ハートは何も言わない。櫻井を――櫻井の目を、ただ黙って、冷めた目で見据えている。
まるで、櫻井がこれから何をしようが自分には関係が無いかのように。
その態度が櫻井をより一層苛立たせたのか、櫻井は唇から流血する程噛み締めると、口を勢い良く開き放つ。
「何とか言えよ白ガキがぁ!!」
櫻井は、その手に握る起爆装置のスイッチに置いていた親指に力を込める。
次に聞こえた音は、周囲の空気が震える程の爆音――ではなく、悲痛の叫声だった。