第1話 人間よりも人間らしい人工知能と機械よりも機械らしい人間
直接その肌身に浴びれば、身体などは全て灰になるまで燃え尽きてしまってもおかしくないであろうジリジリと照らす太陽の真下を、これまた水なんて一滴たりとも存在しないすっかり渇き果てた大地の上を男性が独り、特に行くあてもなく、歩いている。
男性の視点から見ようが、ましてや空の上から辺りを見渡したとしても、そこに広がるのは辺り一面、砂、砂、砂――砂漠だ。それ以外には草一本生えていない。
男性からは、この猛暑の中日差しを浴びないために、フード付きのマントをすっぽり着込んでしまっており、顔をよく窺えないが、そのトボトボとした力無い歩き方からして、相当に疲れていることがわかる。
『ひゃっは、気温まさかの47度越えだってよ!これでもまだこの辺りじゃマシな方だってんだから、堪ったもんじゃねぇよなおい!ま、オレサマにこの程度の暑さなんて、関係ねぇんだけどな!ヒャハハハハ!』
不意に、そんな男性の声が、何もその音を遮る物が無い砂漠地帯に響き渡った。
その響き渡る言葉に、フード男が反応する。
「黙れ『ブレイン』。この暑い中お前と話していたら余計に暑苦しくなる」
『寂しい事言うなよ?ハムスターは寂しいと死んじまうんだぜ。あり?ウサギだっけか?」
「知らん。それにお前は哺乳類とか生物以前に、人工知能だろうが。機械なら少しは役に立て、腐った脳が・・・・・・」
『おいおい、腐った脳はねぇだろうが!だいたい、オレサマがいなけりゃあなぁ――』
先程から男性のポケット内の携帯型端末から、人工知能――ブレインが、黙れという命令を無視し、ぎゃあぎゃあ五月蝿く騒いでいる。
『おい!聞いてやがんのか?『ハート』!?テメェこそ心臓に毛でも生えてんじゃねぇのか?ああん?』
「いっその事、生えててくれた方が、お前の言葉をいくら聞いてもストレスにならないのかもな」
(ハート――ちなみにこれが俺の名前と言うことになる。別に覚えてくれなくてもいい。どうせ俺の命も、この環境じゃあ生きていくのにも限界があるだろう。今までよく頑張った方だ。だから、早く忘れてくれて構わ――)
『おいハート!何勝手にオレサマがテメェのストレッサー&そのうち死にます宣言心の中でしちゃってんだ!それこそ寂しいじゃねぇか!オレサマに手があるなら、テメェに向かって中指を立てているところだぜ!?」
ブレインはこんな風に、今日もハートのストレッサーになるのだった。
『て言うか、テメェにストレスを感じるなんて感情あるのかよ?テメェはただ単にオレサマの問い掛けに対して、そう命令されたプログラムの如く反応して、言い返しているだけじゃあねえのか?これじゃあどちらが人間で人工知能なのか分かったもんじゃねえなぁおい』
「・・・・・・そうなのかもしれないな。いや、お前の言う通りだ」
少し返答が遅れたが、それでもハートはブレインの問い掛けに答えた。応答した。無表情に――さながら機械の如く。
『認める・・・・・・か。まあ、それがテメェだし、オレサマもオレサマだ。それこそが、テメェが造られた意味になるのかもしれねえな。それに、テメェは――いや、止めとくか。んな事いちいち言わなくても本人が一番分かっていることだろうしな』
散々自分勝手に喋り散らしてきたブレインが、ハートに気を使ったのが分かる。本当にこいつは、ただの機械なのに、俺よりも人間らしいとハートは思う。
足を一歩踏み出す事に、足は砂に深く沈み込む。そうなる度に、ハートは無表情ながら思い出している。あの時の惨状を。
「ブレイン、分かってる。だから俺にあまり変に気を使うな。お前の言っている事は、滅茶苦茶ながらもいつも正しい」
『そうか・・・・・・。じゃあ、中途半端に終わらせるのもスッキリしないんで、続きから言わせてもらうとしようじゃねえか』
『そう、あの時、テメェは――』
「そうだ。あの時、俺は――」
『世界を滅ぼしたってんだからなぁ』
「世界を滅ぼしたんだからな」
つい数か月前までは、緑が溢れてたとされる今はすっかり変わり、枯れ果てた砂漠の真ん中で、ハートとブレインはそう呟いた。
☆☆☆
『世界を滅ぼした・・・・・・か。今更ながら訊くんだけどよ、どういう気分なんだ?世界を滅ぼしたって奴が、今の滅びた世界を見て廻るってのは』
「別に、どうも思わないさ。俺の元々のプログラムみたいな性格とかは関係無く、ただ単純に、ああ滅びたんだなって感じた。それだけだ」
『へぇ〜、所詮はそんなもんかい。まあ、どっかの誰かが言ってたわな。『一人殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄だ』ってな』
お前が殺した数は数十億人もいるけどな、とブレインは笑って嗤う。ハートは笑わないし、嗤わない。
しかし、その嫌な笑い声が、唐突に止まった。機械だというのに、どうやら周囲の様子を警戒しているらしい。
『おい、ハート』
ブレインはさっきよりも声のトーンを落とし、ハートに話し掛ける。
『どうやら、のんびり話してる場合じゃあ無さそうだぜ』
「ああ、分かってる」
ハートも、元々そんなに大きくはない声のトーンを下げる。それをブレインが聞き取れたのかは不明だが。
「数は・・・・・・気配からして、4匹ぐらいか?」
『いんや、5匹だ。来るぞ!』
【ギ・・・・・・ギャアアァァァ!】
突然、ハートの足元の砂が揺らめいたかと思いきや、耳を劈くような雄叫びと共に、5匹の獣が地中から飛び出して来た。
いや、獣ではないとハートは認識した。それは、体長約1.3メートル程、脚が左右に3本ずつ、計6本生え、鋭い顎をガチガチ鳴らしており、硬い鎧のような肉体を身に纏っている。まさにそれは、獣などではなく――
「虫・・・・・・だな」
ハートはそう答えた。
『ああ、あれはオレサマの記憶データが正しければ、【人喰い蟻】だな。オスは集団で群れを作って、食糧を襲うんだ。ま、その食糧はテメェのことだけどな!ヒャハハ』
「俺にとっては、全然笑い事じゃあ無いんだけどな」
ま、笑ったことも無いが。
そんな短いやり取りをしている間にも、蟻達は、ジリジリと距離を詰めてくる。
『で、どうするよ?力貸そうか?』
「いや、いい。こいつら程度に、力の無駄使いはできない」
ハートは、腰に仕舞っていたハンドガンを手にすると、弾数を確認する。
(丁度5発・・・・・・。今まで温存してきたが、これが最後か。失敗は許されないな)
『こんな事なら、手榴弾やら予備の弾ぐらい、もっと持って来れば良かったな』
「長旅に、そんな大量に持っていけるはずも無いだろ」
ましてや砂漠を通るとなると、尚更だ。
『んじゃま、Lets Battleといきますか!』
【ギャアアァァァ!】
言うが早いか、人喰い蟻のうち2匹がハートに向かい、飛びかかって来た。
ハートはそれを、まるでプロのダンサーのような動きで、顔前に迫った1匹を、身体が一本の線になるような形で右脚で蹴り上げると、そのままの姿勢で、もう1匹に向かい手を伸ばし、ハンドガンの引き金を引いた。
「まずは、1匹」
ゆっくりと上げた脚を地に戻しながら、ハートはそう言う。
ハートの足元では、見事に頭を撃ち抜かれた人喰い蟻が、ピクピクと紫色の血を流して痙攣している。そして――
「2匹目」
先程蹴り上げ、空中を舞った後に背後の地面に仰向けに落ちたもう1匹の人喰い蟻にも、ハートは振り返らず引き金を引いた。
目視はしなかったが、銃声と共に人喰い蟻から放っていた殺気が消えたため、死んだのだろう。
「残り3匹」
仲間をいきなり2匹も殺された人喰い蟻達も、流石にハートに対して、警戒心が強くなったのが分かる。
まあ、当たり前の事か。こんな正体不明と言ってもいい化物でも、生きてはいるのだ。死にたくないという気持ちもきちんとある。
【ガギィャアアァァァ!】
残った虫は、今度は一斉に飛びかかって来る。3匹でなら流石に対処し切れないだろうと思ったのか、はたまたなんの考えもなく、単純に飛びかかって来ただけか。
ハートは、今度は人喰い蟻ではなく、足元の砂を蹴り上げた。
空中に舞った細かい砂は、蟻達の目くらましになるし、飛びかかる速度を落とす役割もあった。そのままハートは、舞った砂の中に向かい、銃と同じく腰に仕舞っていた一本のナイフを真っ直ぐに投げつけた。 ギャッと鈍い声が聞こえ、ドサリと地に落ちる音がしたが、あの程度では死にはしない。あくまで動けなくしただけだ。
あとは先程と同様、まだ空中にいる2匹のうち1匹を上空に蹴り上げ、そのまま顔前に迫っている蟻を撃ち抜き、背後の地面に落ちたもう1匹にもトドメを刺す。
「これで、4匹目」
最後の1匹は目の前の地面でバタバタともがいているが、腹部に突き刺さったナイフは、かなり深く突き刺さっているらしい。痛々しそうに、そこからドクドクと紫色の血が流血している。
それにハートは、無表情にその頭部に引き金を引いた。
苦しそうにもがいていた人喰い蟻は、一度地面から跳ねると、そのままピクリとも動かなくなる。
「・・・・・・これで、5匹」
ここまでが、一瞬の出来事だった。
『お疲れさん。オレサマ無しでも上出来だな』
「そうでもない。ナイフを投げた時、もう少しタイミングが早ければ、確実に殺せていた」
ここで初めて、ハートは自らが被っていたフードを脱いだ。そこからは、彼の頭部が露わになる。しかし、それは普通の頭部ではなかった。髪の毛と言うべきか。彼――ハートの髪は、自身の毛根から毛先まで、全て白く染まっていた。
『お、ようやくその暑苦しそうなフードを脱ぎやがったか。にしても、ホントテメェの髪は真っ白だよな。シロクマは実際、毛の色は透明で、太陽光の反射によって白く見えるっつうけど、テメェはどうなんだろうな』
「・・・・・・」
ハートは無言のまま、蟻の死骸からナイフを抜き取る。
『ああ、待て待て。そのナイフは捨てとけよ。人喰い蟻のオスの体液の臭いは、メスを引き寄せる。ンな物持ち歩いてたら、大変な事になっちまうぞ』
「それもそうか」
ハートはブレインに言われた通りに、ナイフを投げ捨てた。これで手持ちの武器は、例外を一つ除いて完全に無くなった。
『さて、んじゃまあオレサマ達の旅を再開させるとしますか。オレサマ達にはこんな所で道草食ってる程ヒマじゃねぇ』
「ああ、そうだな。お前の言う通りだ」
「それでそれで?次はどこに向かうの?」
『そうだなぁ、このまま砂漠を越えれば海に辿り着くから、取り敢えずはそこに・・・・・・って、誰だテメェ!?』
ハートは、瞬間的に三歩、後方に跳び下がった。そして、先程までハートがいた場所には、見知らぬ少年が一人、突っ立っていた。
「ん?いきなり出て来たから、びっくりさせちゃったかな?」
少年はおっほんとわざとらしく咳払いをすると、自己紹介を始めた。
「ぼくの名前は、そうだなぁ・・・・・・よし、決めた。ぼくの名前は【ロキ】。はじめましてだね、お兄ちゃん♪」
ロキと名乗った少年は、無邪気な笑顔を、ハートに向けた。