(逆)の理由。そのに・恋に落ちない
この年になって乙女のように心ときめかせることになるなんて思いもしませんでした。
まして、一目ぼれなどと言うものを自分が経験することになるとは!!
強引な求婚でしたけれども、夫となることを了承してくださったこと、わたくし本当に心の底から嬉しく思いますわ。平民から貴族という急激な変化をしても、わたくしを愛し、支え、共に生きることを誓ってくださった、わたくしの旦那様。ちょっといろいろな手を使ったわたくしを、それでも受け入れてくださった懐の深い優しい方。
その愛しい旦那様に、可愛らしい娘がいたこと、その娘がとてもとても良い娘で、わたくしの娘たちとの仲も良好で、わたくしのこともてらいなく「お義母様」と呼んでくれるなんて。
難しい年頃でしょうに、父親に迫る貴族の年増女を嫌いもせず、つつましく慕ってくれているわたくしの新しい娘。
何と愛しく誇らしい方たちと家族になれたのか。
わたくしは本当に果報者ですわ。娘たちも義父となり義妹となる方たちと仲良くやってくれている様子。
娘たちの会話を旦那様と見守りながらお茶をする時間が、本当に幸せ。ああ、わたくしって、果報者……。
そう浮かれていたのは、舞踏会の知らせが来るまでのこと。最初は皆で参加しようと思っておりました。ええ、通常の舞踏会と思っていましたからね。
旦那様と末の娘のお披露目……紹介も兼ねて良い機会だと思いましたとも。
その後に来た知らせに、わたくしは苦悩いたしました。
王子殿下の花嫁探しも兼ねている、と。おかげで年若い娘が居る家庭はほぼ、参加が強制されてしまいました。
上の娘たちはまぁ良いでしょう。王子殿下の人となりも理解しており、(変態と)口にしなくても毛嫌いしていますし、向こうがどれほど打診してきても蹴ってしまえるだけの材料もいろいろと揃えていますから。
ですが……ですが!
末娘は王子殿下の本性を全く知らないのです。
素直で天使のような良い娘。父親をさらうように、しかも周囲から埋め立てて逃げられないように結婚した、あくどい貴族のわたくしを、お義母様と慕ってくれる優しい娘。
あの娘が(変態の)毒牙にかかるようなことにはさせられません。
可愛い末娘を自慢したかった……ですがあの娘の将来を考えて、王子殿下のような(変態)方を視界に入れてはいけません。
旦那様にも相談し、夫婦間で結論は出ました。断腸の思いであの子だけ置いていくことに。
ケナゲなあの子はお留守番しています、楽しんでいらしてくださいねと……嗚呼、なんて優しく可愛らしいわたくしの娘……!
馬車の中で消沈するわたくしを、旦那様は肩を抱いて慰めてくださいました。王子殿下のことを詳しく説明するわたくしに、どんどん表情を失くしていった旦那様。
いつも穏やかに笑っている旦那様が表情を失くしたところを、初めて拝見いたしましたわ。上の娘たちの心配までしてくださいました。大丈夫ですわ、旦那様。上の娘たちは貴族社会と(変態)王子殿下には慣れておりますもの。
まともに相手には致しませんのでご心配には至りませんわ。
舞踏会は華々しい物でした。王子殿下(の変態加減)を良く知らないご令嬢もいたようです。王子殿下はそういうご令嬢を見事に無視し、わたくしの娘たちのところに挨拶に向かっていったようです。
わたくしは何の心配もせずに、旦那様と共に国王陛下夫妻にご挨拶を申し出ておりました。
上の娘たちは大丈夫です。冷たくあしらうと王子殿下は大層喜ばれますので、それなりに丁重にお引き取り願うでしょう。大変遺憾なことに、娘たちは王子殿下の扱いに慣れておりますので。
そうして、和やかに挨拶を終えたとき。
広間にざわめきが走りました。
不審に思い、視線を向けると――そこには、不安げな表情で立っている、わたくしの可愛い末娘。
何故、此処に。
そしてそのとても似合っているドレス姿は一体。
あの子はあのような豪奢なドレスは好みません。動きやすいものを好みます。綺麗なドレスを作ってあげると言っても、遠慮してしまうような娘です。上の娘たちと強引に話を進めてようやく3着ほど作らせましたが、それまでだって説得するのに大分時間がかかりました。
が、あのようなドレスは作らせておりません。身に着けている装飾品も、家の物ではありませんし、あの子が自分で買うような物でもありません。
では、どなたからかの贈り物……? あの子に近寄るような男は排除し……いえいえ、まだまだそのような方とのやり取りは早いです。
では……一体?
せわしなくそこまで考えたとき、王子殿下があの子に駆け寄ったことでわたくしは理解しました。
…………主犯。
わたくしの目が国王陛下を射抜いたこと、王家に仕える臣下の身として申し訳ないとは思いましたけれども、それもわずかな間でございます。可愛い我が子のためならば、わたくし、魔物と呼ばれても構いません。
どういうことでしょうか?
いやいや、わしは知らん! 知らんぞ!?
犯人は王子殿下ですわよね?
わしは知らん!! そなたたち家族の可愛がっている末娘にちょっかい出すなどと考えたこともない!
そうですか、では王子殿下の単独犯、と。
…………お、お手柔らかに頼む。
善処いたしますわ。
言葉にはせず視線だけで会話し、微笑が若干冷たいものになったとしても、王子殿下のせいですもの。大目に見てくださいましね。
王子殿下は、状況が分かっていないのでしょうあの子の手を引いて踊り始めました。
…………去勢。
そんな単語が頭をよぎったのはどうしてでしょうね?
もし、万が一、あの子が王子殿下に恋でもしようものなら。
穏便に過ごす方法としては、やはり、きょせ……男性としての自信を失わせる方法しかありませんわよね?
踊り終わった末娘の元へ、わたくしはまっすぐに向かいました。わたくしを見て、駆け寄ってくる末娘。事情を聞いてみると、やはりこれは誘拐です。主犯は目の前にいる王子殿下。
………………去勢。
可愛い末娘を抱きしめて慰めていると上の娘たちも妹を護るように立ちふさがっておりました。頼もしい娘たちです。
王子殿下(の本性)に気が付いていない末娘は、ダンスの際に足を踏んでしまったことを気に病んでいて、謝りたいと小鳥のように申し出ましたが、謝る必要はございません。
王子殿下にこれ以上気に入られる前に、そのまま、娘たちは旦那様と家に帰しました。末娘の心のケアは旦那様にお任せしておいて、わたくしは、こちら――国王親子とオハナシアイをしなくてはなりませんもの、ねぇ?
何故か国王陛下が震えあがっており、妃殿下のほうも真っ青で、オハナシアイにはならなかったのですが。
…………去勢、と、呟いただけなのですけれども。王子殿下が非常に嬉しそうにしていたのが、業腹でしたわ……罵るのはいけません。喜ばせるだけでしたわ、わたくしとしたことが。
家に帰るなり、家族に囲まれました。末の娘が泣き出しそうにしているのが可愛らしいやら気の毒で可哀想やら、抱きしめて話を聞くと、王子殿下に恋などは全くしていなかったようです。
王子殿下は見目だけは理想的に良いので、一目ぼれなどされたらどうしようかと思っていたのですが、杞憂でございました。人物を見る目は確かなようで、安心いたしました。
帰りの馬車の中で、上の娘たちと会話し、王子殿下が変態であることを理解した、と。
嗚呼、シンデレラ……義母はホッとしました。可愛い可愛い貴女を、王子殿下のような変態の元になどやるものですか!
娘たちが自室へと引き上げた後、わたくしは旦那様とこれからの話をすることにいたしました。王子殿下が末娘をいたく気に入ってしまったようなので、対抗策を練らなくてはいけません。
『いろんな手』を使ってでも、可愛い末娘を護らなくては!
「そういうわけですから、協力してちょうだいな。貴女にも力を貸してほしいのよ。可愛いシンデレラを毒牙から護るためにも」
「ええ、もちろんです奥様。私たちの癒しである末のお嬢様を護るためなら、微力な身ですがいくらでもお使いくださいませ」
「心強いわ。貴女が微力って謙遜しすぎな気もするけれども……ところで、貴女たちの癒しというのはどういうこと?」
「お嬢様の手料理をいただきました」
「…………なんですって?」
「美味しゅうございました」
「…………いつ?」
「今夜皆様方が出発なさってからでございます」
「…………どうして?」
「お嬢様のご希望でございます。たまには料理がしたい、とのことでしたので」
「…………そう」
「奥様。機会はございます。お嬢様にお願いして作ってもらうと言うのもアリかと」
「…………作ってくれるかしら……」
「最初はとんでもないと拒絶するかもしれませんが、大丈夫です、お嬢様は奥様たちのおねだりには弱いですから」
「…………そう。やってみるわ」
「やってみるんですね……」
やってみるわ。食べてみたいもの、娘の手料理……!!
別タイトル・一目惚れしない(笑)




