七話目
やっぱり私殺されるんじゃないかしらと毎日不安な私の名前はシンデレラ。
だって、王太子殿下がおかしくなった……あ、いえ、あの方もともとおかし……ええと、変態だから、私のせいじゃない、のかしら……?
あの舞踏会の日に、どうも私は目をつけられてしまったようで。
あれから毎日、王太子殿下は我が家を訪れます。
目的は、私へのプロポーズ、らしい、けど。
「……くださいシンデレラ! ……君の……忘れられない……!! 聞こえて……!!」
玄関先で、何か叫んでいるのは王太子殿下です。
でも、私は玄関に居ません。応接室でメイドさんと編み物してるの。王太子殿下? お義母様やお義姉様がたが丁寧に応対しているはずなんだけれど。
そもそも、お義姉様やお義母様が私を王太子殿下に会わせようとしないの。うん、変態に会いたくないから私も大喜びで編み物してるわ。それでもここまで聞こえる声ってどんだけ大声で叫んでるの殿下。
近所迷惑……でもないか。このお屋敷、敷地広いから。でも、近くを通る使用人さんたちが可哀想だわ。難聴になったらどうしてくれるの。
もう毎日だし。
お仕事しなくていいのかしら、王太子殿下。お仕事あるわよね? 次期王位継承者なんだし。結構忙しいはずでしょ? 父親の再婚で貴族になっただけの娘に婚姻迫るって油売ってて良いの?
言わないけど。言っちゃって不敬罪で殺されたくないし。うん、でも、今までの態度で十分殺されそうな気がするわ。どうしよう。
※※※
舞踏会の次の日、王太子殿下が訪れたって聞いて、やっぱり怒ってるんだわ、謝らなくちゃとあわてて駆けつけてみたら、玄関先でここから先は我が家に一歩も入れませんって雰囲気でお義母様がお義姉さま方と微笑んでで、相対する王太子殿下はそれはもう嬉しそうにしていて、私の顔をみるなり、お義姉さま方が投げ捨てたガラスの靴を掲げて叫びました。
「このガラスの靴で私を毎日踏んでください! ……じゃなかった、私と結婚してくれ、シンデレラ!! 貴女に毎日踏まれたい罵られたい! ……じゃなかった、君の笑顔に一目惚れしてしまったんだ!」
………………このプロポーズで、頷ける女性が居るのなら、見てみたい。
私、我ながら冷たい視線になっていたと思うの。
「…………私、下町生まれ、下町育ちで、礼儀も何も知りませんので、無理です」
「っふぅ、その冷たい視線もまた……いやいやいや、何の心配もいらない! 君は私を罵って踏んでくれたらそれだけで……じゃなかった、私の隣で微笑んでくれていればそれだけで良いんだ!」
でも、その冷たい視線に恍惚として言い返してくる殿下に、ちょっと背筋が寒くなったわ。
あの冷たくて固いガラスの靴で踏んでくれって、痛いのお好きなのかしら。
うん、お近づきになりたくない。正直言って、近寄りたくない。気持ち悪くなってお義母様の後ろに隠れても仕方ないでしょ?
心配してくださったお義姉さま方に抱きしめられて、また乳圧で窒息しそうになったけど。
「そもそも、何故私なのですか? 殿下なら、お義姉様がたや、ほかのご令嬢だって、お妃候補はたくさんいらっしゃるでしょう?」
「君と結婚したら、君だけじゃなくて、公爵夫人にもマデリーンたちにも罵ってもらえるじゃないか!」
……………………。
「美人一家に揃って罵られて冷たくされるなんてなんて至福……じゃなかった。えーと」
「もういいですお断りしますお帰り下さい」
私の声が冷え切ったものになっていても、仕方ないと思う。
王子殿下、正直者すぎでしょ。本音がダダモレだったわよ!
「……ああ……その冷たい声もたまらない……やっぱり君が良いな。結婚してくれ、いや、結婚してくださいお願いします」
「お帰り下さいませ」
にべもなくお断りしました。だって私、苛めて喜ぶ趣味なんて持ってないもの。嬉しくないもの。
下町にそういうお店在りますから、紹介しましょうか?
面倒見の良いお姉さんいましたよ。近所に住んでた私たちには優しくても、通ってくるお客さんにはすんごく高飛車女王様になるお姉さん。綺麗で優しくて大好き。思い出したら会いたくなっちゃった。たまに会いに行こうかな。
あの人なら、殿下にお似合いな気がするわ。紹介状書いて渡してあげようかしら――ってお父さんに言ったら、下町のみんなに迷惑をかけるから止めてあげなさいって言われた。そうよね、止めとく。お姉さんに迷惑だもんね。
※※※
で、断ったら、毎日来るようになりました。
贈り物も届いてたんだけど、高価な物ばっかりだったから(メイドさんに値段聞いた)頭にきて怒って叩き返したの。
「こんな私的な贅沢に、庶民の血涙である税金を使ったんじゃないでしょうね!? 貴族の暮らしは庶民の税金で成り立っているのよ!? ふざけんなボンボン育ち!! 真剣に受け取ってほしいなら、自分で汗水たらして稼いできやがれ!!」
…………思いっきり下町育ちが出てた私。ハッと我に返った時には遅かった。殿下、硬直してた。
一緒に居たお義母様、お義姉様も固まってた。
デスヨネ。
うわー!! やっちゃったー!! お義母様やお義姉様がたの前ではやらないようにやらないように気を付けてたのにー!!
「し、シンデレラ……?」
「あああああ、ごめんなさいごめんなさい、無礼なのは分かってます理解してますすみませんでした!!」
そのまま自室に逃げた私は悪い子です。ごめんなさいごめんなさい。ソファのクッションに抱き着いて倒れ込んで唸る私に、メイドさんが親指立てて素敵な笑顔で言った。
「お嬢様、素晴らしいです」
「何がどうして素晴らしいの!? 褒められるようなことしてないよね!? というか、あの場で殺されても文句言えないくらい不敬よね!?」
「いえいえ、変態にはあのくらいが刺激的でちょうど良いでしょう。いろいろと反省されるでしょうし」
「………………反省? 何を?」
「お嬢様の言葉は鼻っ柱をたたき折るくらいの衝撃だったでしょうから、大丈夫ですよ」
何がどうして大丈夫なのか分からなかったけど、泣き出しそうな私の頭を撫でてくれるメイドさんの手は優しかったから、甘えた。
お義母様、お義姉様がた、ごめんなさい……お家がお取り潰しになったら私のせいです。責任もって働きますから! お義母様方の面倒も見ますから!!
処刑になるなら私一人の首でなんとか……!!
※※※
とか、悲痛な覚悟もしてたんだけど、どうも殿下にそのつもりはないのか、変わらず毎日、玄関先で叫んでます。無視してるけど。
私が行ったら状況が悪化する気がするので、行かないことにした。会うなり殺されたくないし。
あ、プレゼント攻勢は止めたみたい。良かった。税金そんな無駄に使われたら腹立つわ。貧しくてもちゃんと払ってたんですからね、うちは!
あの高価なドレスとか、換金するなりなんなりして、返還したのかしら。そこまでは知らないけど……効果的な使い方してほしいわね、税金は。
ちまちま、手袋を編みながら、隣で本を読んでいるメイドさんに話しかける。遠くからの殿下の声は、聞こえない聞こえなーい。
「ねぇ、これ編み終わったらもらってくれる?」
「わたくしがですか? 奥様や上のお嬢様がた、使用人の面々に嫉妬で殺されそうですが」
「だっていつも私を護ってくれてるし。お義母様やお義姉さま方には、マフラーあげたもの。お父さんには靴下編んだし、この手袋、あなたのサイズで作ったから、もらってくれないと困っちゃう」
「ありがたく頂戴いたします。恐ろしいですわ……可愛らしい天然人タラシ……」
なんか人聞きの悪いこと言ってるわね。ただの感謝の気持ちだってば。毛糸だって自分のたくわえで買ったんだから良いじゃない。
「ところでお嬢様。そちらの帽子はどなたに?」
「将来禿げたら可哀想じゃない」
「どなたに?」
「最近寒いでしょ。寒い風って頭皮に悪いって、近所に住んでた頭のてっぺんが寂しいおじさんが言ってて」
「なるほど。で、どなたに?」
「玄関先で騒いでる人に、うるさいって投げつけてきてくれる? そうしたら黙ると思うの」
「逆に歓喜で叫びそうですが……分かりました。行ってまいります」
サイズ目分量で作ったから、大きいかもしれないし小さいかもしれない。そもそも、手編みの帽子なんて貧乏くさいって投げ捨てられると思うけど、まぁ、禿げたら可哀想だから。冬の風は怖いのよ、近所のおじさんは冬が来るたびに頭の上が寂しくなっていったもの。あれ、きっと帽子をかぶらなかったからだわ。
しばらくして。
玄関先から歓喜の大絶叫らしいものが聞こえて――沈黙。
メイドさんなのか、お義姉さま方なのか、はたまたお義母様なのか、大穴でお父さんだったかもしれないけど、編み物をしていた私にはわからないことなので、そのまま編み物続けました。
今年の冬は寒くなりそうねぇ。お父さんに腹巻でも編もうかなー。
したたかなシンデレラは、王子さまからの求婚をガン無視しました。一応、おとぎ話のお話的にはこれでめでたし、めでた、し……? なのですが、あんまりにも投げっぱなしジャーマンな展開ですので、王子様のほうからの視点でも書こうかな、とは思います(笑)