三話目
普段着に着替えて暖炉の掃除をしていたら、お義姉さまたちに号泣された私の名前はシンデレラ。
……いえ、自室の暖炉の掃除くらい、自分でするでしょ? 普通。こちらのお宅に住む前に着ていた服だって、もったいなくて捨てないでしょ、普通。
で、ほっかむりして、エプロンして、汚れないような格好でするでしょ、掃除って。
掃除道具はメイドさんたちが片付けている場所知ってたから、ちょっと借りたけど、そのまま普通に掃除始めたわよ。ええ、普通に。道具だって掃除が終わったら、ちゃんと元の場所に戻すつもりだったのよ。
そうよ、私は普通だもの。
だからお願い、無言の上に涙目でこちらをじっと睨みつけるのは止めてメイドさん。あなたの仕事を取ったのは悪かったって分かったから。
だからお願い、お義姉さま方。どうかその抱擁を緩めてくださらないかしら。ドレスが汚れてしまっていますし、私、地味に窒息してるの。お義姉さまたちの乳圧で。
掃除したくらいでなんで号泣されるのかしら……ちょっと遠い目になっちゃうわ。自分の部屋の掃除くらい自分で……そうか、しないものなのね、貴族のご令嬢って。
無理!
私には無理! 掃除も着替えも自分でしますし、できますから!
だからそっとしておいて……舞踏会とか拷問以外の何者でもないの。
あのきらびやかなドレス着て華麗に舞い踊るってどんな拷問!? 私、すっ転ぶの前提じゃない!
しかもお城でやるってことは偉い人たちもたくさんいらっしゃるってことよね!?
はい、無理。
ええ、無理ですとも。
ちょっと弱気に上目づかいで「どうしても出なきゃいけませんか、お義母様、お義姉さま方……」って言ってみたら、その場で乳圧に埋もれたわ。
可愛いって言葉と一緒にもみくちゃにされましたとも。
貴族の方たちって、好みが変わってる?
それとも、このおうちの人たちが興奮しやすい体質?
まだ泣いてるもの、お義姉さまがた。いえもうほんとごめんなさい、もう暖炉は自分でお掃除しません。灰だらけになったことがよほどお義姉さまがたの何かに触れちゃったみたいだから、暖炉の掃除は懲りました。
……お部屋の掃除だけにしておきます。あ、台所は……駄目ですかソウデスカ。メイドさんがハンカチ取り出して泣き始めちゃったので、止めておきます。
……廊下とか書斎の掃除なら……ちょっとくらい、許してもらえるかしら?
※※※
「舞踏会の日はおうちでお掃除してます、お留守番してますね。皆さまでごゆっくり楽しんでいらして」って言ったら、お義母様が卒倒しそうになった。
手にしていた扇をみしみしと握りしめ……なんか効果音がオカシイですよお義母様。淑女が渾身の力を込めているような様子がちょっと怖いですお義母様。
「…………シンデレラ」
「はい、お義母様」
「あなたに掃除をしろと言ってのはだぁれ?」
すごく優しげに言葉をかけてくださっているけれども、扇が折れそうですお義母様。何故にお怒りなの!?
「いえどなたも。ただ、私が勝手にお掃除したいと思っているだけで」
「……そう。使用人の誰かが掃除をさぼっているのかしら?」
「えええええ!? いえいえそんなことはないです! いつも何処もとても綺麗で!」
「だって……あなたが自分で掃除したいと言い出すと言うことは、どこか掃除されてない場所があるということではないの? あなたは優しいから、指摘しないだけで」
まずい気がしてきたわ。なんか使用人が解雇される流れじゃないこれ!? 私の勝手なひと言で誰かが路頭に迷ってしまう!?
「違いますチガイマス違います! ほんと、みんなとても綺麗に掃除してくれてます! ただ、今まで自分のおうちは自分で掃除していたから、たまには自分で掃除したいなぁって思ったんです! ほら、メイドさんたちにもいつもお世話になってますし、たまには恩返しもしたいのです!」
言った瞬間、お義母様の手から扇が落ちた。何かショックを受けたご様子。どうなさったの、お義母様。
「…………なんというケナゲな娘なの……ッ!」
え。
…………あら?
そして乳圧何度目かしら。
お義母様の谷間で、いつか本当に窒息ししそうだわ私。
はっ!? むしろそれが目的!?
自分たちの乳で私とお父さんを窒息死させるのがこの結婚の目的!?
やっぱり、私いつかこのお宅の人たちに殺されるのね……。
悪気のない抱擁で窒息死するんだわ、きっと。
そして今日も私は抱きしめられたまま現実逃避をするのでした。
舞踏会、出たくないなぁ。
乳圧殺人事件。それもまた面白いかもしれない(待て)