二話目
まだ川に浮かんでいないことが不思議でしょうがない私の名前はシンデレラ。
……私、どうしてまだ殺されていないのかしら……しみじみと思ってしまう毎日。
お義母様が、お父さんを見初めたのは、下町の視察に出たとき、お父さんが汗を流して働いていたのが素敵だったから、だそうで。
お義母様、うちのお父さん、別に素敵でもなんでもないですよ? 汗かいたら汗臭いし、最近言動もなんだかおじさん臭いし、ちょっと下腹が出てきたから困っている普通の中年ですよ?
お義母様、ちょっと目が悪いのかしら……? 前旦那の公爵様はどういう男の人だったか、だいぶ気になります。
男性の好みが変わっている、というセンもありえるわよね? いえ、お父さんは普通よ? 変な人じゃないわよ。ただ、どうしても公爵夫人という貴族の奥様に好かれる要素が思い当たらないのよね、娘としても。
普通のおじさんなのにねぇ。
そして私も普通の娘なのよ。普通。普通なの。
決してこんなにキラキラしたドレスを着て、高価そうなお茶菓子食べてウフフオホホとお喋りできるような娘じゃないのよぉ!
なのでどうか勘弁してもらえませんかお義姉さまがた。事あるごとに私のところにいらっしゃって、ドレス着せたり、お茶して話したがったり、外国の珍しい書物をくれたり……ありがたいんですけど。
美人に好かれているのは嬉しいんですけど。嬉しさよりもビックリしすぎて心臓に悪いのです。
こないだ、末のお義姉さまにもらったブローチのお値段を、今メイドさんから聞いて倒れそうになったわ。
小さくて可愛らしいから、これはそんなに高価じゃないだろうと思って素直に受け取ったら、一番高かったってどういうことなの。
大きくて宝石がいっぱいついている物のほうが安いってどういうことなの。
ブローチを手にして凝固している私に、メイドさんが教えてくれた。
「お嬢様、小さな物のほうが細工がしにくいから高価なのですよ」
「ああ……そういうことなのね……これ、今からお返しに行ったらダメかしら……」
「嫌われたと思って上のお嬢様が落ち込みますので、止めていただきたいです」
「…………別に物くれなくても、仲よくして下さるだけで十分嬉しいのに」
と、メイドさんに呟いたら、その日の午後、お義姉さまたちの襲撃……いえ、来襲……ええと、来室を受けました。
「まーああああシンデレラったら、なんて可愛らしいのもおおおおおお!!」
もぎゅっと抱きつぶされて、豊満な胸の中で息ができない。一番上のお義姉さまってば、胸も大きいからすごいのよ。乳圧すごいのよ。
「お姉さまずるい! ブローチあげたのわたしなのに! でもいいわ! シンデレラ! あのね、わたしね、あなたが可愛いからいろいろしたいの! だから受け取ってね、大事にしてくれたら嬉しいわ!」
末のお義姉さま、どうしたのかしら。ブローチは確かに大事にさせていただきます。
ええ、何かあった時、即座に現金化してお役に立てるようにしておきますから!
「いじらしいったらないわ……苦労してきたのでしょうね……シンデレラ! もうなんの心配も要らないのですからね! あなたはあたくしたちが護りますから!」
真ん中のお義姉さまが一番興奮してらっしゃるような気が。一体何が、何があったの。
三人の美人お義姉さまにもみくちゃにされながら、私は混乱するだけ。
ほんと、どうしてこうなったの……?
ちょっと視線をずらしたら、メイドさんが私に視線を向けて、親指を立てていた。
……あなた何かしたのね!? 何言ったのどう言ったの!? お義姉さまたちがなんかすごく誤解しているわよ!?
私別に苦労してないわ。お父さんと一緒につつましく暮らして、ときどきやりくりに苦労して、ちょっとお金足りないときとかもあったけど、親子でなんとかしのいでただけよ!
貧乏ってわけじゃないけど、まぁ、ちょっと、うん、庶民ね。
ドレスなんか持ってるわけなかったし、服だって一張羅すらなくて、着回し上等だっただけだし。でもそんなもの普通だもの。普通よ、私。
だからお義姉さまがた、お願い、ちょっと落ち着いてください。乳圧で死にそうです、私。
美人でスタイルも良いって、羨ましすぎます。その胸ちょっと分けてほしい……私の胸だって無いわけじゃないのよ、ちょっと寂しいだけもん。
そんな普通の私が、貴族の暮らしになじめるわけもなく。お勉強の毎日を過ごしてます。マナーとかマナーとかマナーとか覚えることいっぱいあって大変。みんな優しく教えてくださるけれども、物分かりが悪いから、嫌がってないか不安だわ。
そのうち、もっと難しいこととか教わるのかしら……私の頭で覚えられるかしら……?
お義母さまとか、領地経営とかもこなしている女傑だし、うちのお父さん、役に立ててるかなぁ。
お義姉さまたちも、それぞれに才媛らしくて、難しいお話をよくしているみたい。
すごいわ。私、多分無理、絶対無理。馬鹿だもの。
というか、貴族のお嬢様って、こういうものなの?
遊んで暮らしている話ばっかり耳にしてたんだけど……違ったのね。誤解していてごめんなさい。貴族ってすごいわ。
――そうして、数か月が過ぎ、お屋敷の生活にまだまだ慣れずにひいこらしている私たちに、ある朝お義母様がおっしゃいました。
「王宮でパーティーがあるのです。家族みんなで出席することになっています。あなた、シンデレラ、初めて王宮に出向くことになりますが、よろしくて?」
………………よろしくないです、お義母様。
超絶愛されているけれども、超絶にっぶい宅のシンデレラさん。