キャリア・レース
「下層区」の中でも外縁に近い部分に、運搬艇や様々な機械、道具の製造、整備を行うための「工房区」が存在する。
僕の住処は、その「工房区」の片隅にある小さな石造りの家だ。遠方への偵察隊のひとりだった父さんが、引退した後に手に入れた建物で、今は僕ひとりだけで住んでいる。
居間に袋を放り出して、ベッドに仰向けに飛び乗ると、積もっていた埃が宙に舞う。留守の間に届いていた手紙で埃を払って、改めてその内容に目を通す。
五日後に開催される運搬艇競走への参加要請。父さんが僕に遺してくれた小型運搬艇で、賑やかしに参加しろ、ということだろう。
運搬艇競走は、《黄金都市》で定期的に開催される祭事だ。
文字通り、街の上を運搬艇や高速艇で飛び回って速さを競うレースで、入賞した者にはダンジョンマスターから褒賞が与えられる。
レースの参加資格だとか、規則だとか、細かい内容は読み飛ばして、賞品の一覧を確かめる。
「……まあ、上位入賞なんて無理だけどさ」
入賞できたとしても、僕には装備できなさそうな武器や装飾品が並ぶ一覧を、ずっと下まで見ていく。
「参加賞、《魔力回復薬》、か」
一定割合で魔力を回復させる薬は、魔法を使える人なら役に立つんだろう。でも、僕にとっては意味が無い。
とはいえ、理由もなくレースを休んだら、何を言われるか分からない。ダンジョンマスターの機嫌を損ねた人が、都市から追放されたなんて噂話もある。
追い出されるのは勘弁だ。ここはとても住みやすいとは言えない場所だけれど、少なくとも寝る場所や食べるモノを心配する必要はない。
今の生活がこの先ずっと続くとか、緑色や橙色の苔玉のこととか、考え始めたらまた気が滅入ってきたので、頭を切り替える。
まず、裏の空き地で倉庫代わりになっている、父さんの運搬艇がちゃんと動くかどうかを確かめよう。動力機関に問題があるなら、急いで直す必要がある。
それから、ナラカに同乗を頼まないといけない。駄目なら別の人にお願いしたいところだけれど、僕には当てが無い。ナビなしでレースに出るのは、さすがにちょっと危険だろう。
五日後のレースの前にやるべきことを考えながら、僕はいつの間にか眠りについていた。
そして、レース当日がやってくる。
《黄金都市》の上には、ダンジョンマスターの手によっていくつもの障害と、通過しなければならないチェックポイントが設置されていた。
僕が操縦する小型運搬艇は、ナラカを助手席に乗せて、午前中のレースに出場した。
操縦席には、運搬艇を動かすための制御球──透明な水晶球が設置されている。大型になると複数の制御球を操作する必要が出てくるのだけれど、僕の目の前にあるのはひとつだけだ。
あちこちの建物の屋上で、たくさんの住人たちがこちらを見上げている。一斉にスタートした何隻もの運搬艇が、ぐんぐんと加速していく様子を楽しんでいるところだろうけれど、あいにく僕にそんな余裕はない。上下左右に障害を避けながら運搬艇を飛ばすには、制御球に魔力を流して、命令を何度も上書きしなければならないのだ。
小型運搬艇
一対二枚、幅広の浮揚翼を持つ、羽虫に似た形状の偵察用運搬艇。定員二名。
操縦席の後方、胴体部分には、休息をとるためのスペースがある。