「下層区」の食料事情
時計の針が十時に近づくにつれて、広場には「下層区」の大人たちが集まり始めていた。彼らは一様に、ナイフやら棍棒やら、それぞれ思い思いの武器を手にしていて、広場のそこかしこから時計を見上げている。
大人たちの邪魔にならないように、僕は端の方へと退散する。やがて、時計の長針が真上を指して、十時の鐘が鳴り、見慣れた光景が始まった。
広場のあちこちに、魔物の出現を意味する紫色のサークル、魔法陣の輝きが現れる。魔法陣はどんどん光を強めていき、数秒後にぱっと消えると、そこには魔物が鎮座している、という寸法だ。
この広場で出現するのは、ゆっくりとうごめく緑色の苔玉だけだ。大人たちが我先に《緑苔》へと殴りかかるのを、僕は一歩引いて眺めていた。
「お前さんは狩りに参加せんのかい、トト?」
「爺様」
振り返って、年老いた兎人族の長に挨拶する。弱いながらも《回復》の魔法を使える爺様は、ベンチに座って広場を見回していた。
敵は動きの鈍い苔玉だけれど、運悪く怪我してしまう人もいるのだ。かく言う僕も、何度もお世話になっている。
「遠征の帰りなんです」
「そうかそうか。ご苦労様」
報酬の入った袋を見せると、爺様はゆっくりと頷いた。
そうこうしているうちに、広場に現れた魔物はあらかた片付いたようだった。
動かなくなった緑色を袋に詰めたり、両手に抱えたりして、大人たちは家に戻っていく。日持ちのしない《緑苔》だから、今日が終わる頃には、みんなの腹の中に収まっていることだろう。
「下層区」には、遠征隊や防衛隊に加わることのできない、戦闘に向いていない人たちが住んでいる。そんな彼らでも日々の糧が得られるように、ここと同じような魔物の《発生装置》がいくつも用意されている。
僕なんかは、その中でも弱い方で、ミドリゴケ相手でも苦戦してしまうのだけれど……
滅入る気持ちを堪えて、僕はまた、《星天》に輝く金色の星を見上げた。
《魔物:緑苔》
粘菌系モンスター。脅威度は低く、倒すのは難しくない。
ダンジョンマスターの調整によって、高い栄養価を持つ。
栄養が偏らないよう、様々な亜種が用意されている。