試練の始まり
『兎人トトを連れて、《七色鉱山》第四層に存在する《転送装置》までの道程を踏破せよ。時間制限は無し。他者の同行は認めない』
絶対に達成できないだろう無理難題を出すなんて、シバ様も容赦ないなあ。
なんて考えていたのも束の間、すぐに挑戦すると言い出したアンジェに従って第零層に到着した辺りで、ようやく自分の置かれている状況に思い至った。
待機していた仲間の精霊人の下へと伝達に向かうアンジェを見送りながら、よくよく考えてみる。
「もしかしなくても、死にませんか僕?」
狗頭のダンジョンマスターを振り返って尋ねれば、真面目な表情で重々しく頷かれた。いや、それは困るのだけど。
耳を立て、抗議の視線を向けたものの、シバ様はにやりと笑って右手を差し出してきた。そこには、細長い襷と思しき布が握られている。
「冗談だ。こいつを身につけておけ」
帯を受け取って肩からかけてみると、黒い布の表面に銀色の複雑な紋様が浮かび上がった。わずかな魔力の流れを感じながら、シバ様の説明に耳を傾ける。
「死を一度だけ肩代わりする、《身代わりの帯布》だ。そいつが千切れた時点で強制的に呼び戻すから、安心するといい」
そういうことなら、まあ大丈夫なんだろう。ついでにもうひとつ、疑問を解消しておきたい。
「僕の立ち位置がいまいちわかってないんですけど」
「ああ、そうだな……アレを助けるか妨害するか、トト君の好きに決めるといい」
「いいんですか?」
「ああ。どちらにせよ今回は間違いなく失敗するだろうしな」
なるほどと頷きながら、仲間との会話を終えて戻ってくるアンジェに視線を向ける。
彼女の理由次第では、協力するのもやぶさかじゃない。……とはいえ、戦闘の手助けなんかはできないのだけれど。
《転送装置》で第一層へと足を踏み入れたところで、僕たちは向かい合い、改めて互いに名前を名乗った。
「いきなり巻き込んでしまって御免なさい」
「いえ。事情はよく分からないですけど、意気込みは伝わってきましたし」
特に急ぎの用事がある訳じゃないし。決まりの悪そうなアンジェに対して、耳を横に振って気にしていないことを伝える。
安心したのか、肩の力を抜いたように見えた彼女は、少しだけ言い淀んだ後に口を開いた。
「……サンゲンとは、将来を誓い合った仲なのです」
「親方と、ですか」
聞き間違えただろうかと耳を疑っている間にも、アンジェの言葉は続いていた。
「はい、そうです。それぞれの立場のせいで、今は離れ離れですけれど。いつかふたりで暮らそうと、子供は三人くらい欲しいと。ひとりは後衛の支援職に育てて──」
「アンジェさん、アンジェさん。大体分かりましたから」
話の内容は気になるものの、長くなりそうなのでこれ以上は後で聞くことにする。
「それで、第四層まで踏破できる見込みはあるんですか?」
「地図を借りてきましたから」
アンジェが広げて見せてきた三枚の紙には、これまでの探索で踏破されている場所が、詳細な書き込みと共に記されていた。所々に手直しした跡があるのは、シバ様がダンジョンの構造を少しずつ変えているからだろう。
「上手く戦闘を避けられれば、これで第三層までは辿り着けるとは思うのですが……」
「そこから先は手探りですか」
第四層から下には、より強い魔物が棲んでいるらしい。僕なんかは確実に足手まといだろう。
多分に運任せで、かなり分の悪い試練ではある。それでも、今やれることをやるだけだ。




