アールヴ来襲
「ダンジョンマスター様!」
赤みがかった金髪がふわりと広がり、天井から食堂を照らしている輝石の光を反射する。燃える炎のように揺れるそれは、持ち主の動きに合わせて床の上へと舞い降りていく。
よく通る高い声と共に食堂に飛び込んできた精霊人の少女は、シバ様の前で迷いなく平伏した。簡素な飾りの施された魔法銀の半身鎧は、その見た目に反してほとんど音を立てなかった。
別のテーブルで談笑していた猪人たちは、この状況を見ながらひそひそと会話しているように見える。そちらを気にすることなく、少女は願いを口にする。
「どうか、どうか認めては頂けないでしょうか」
「その話は終わっていた筈だが?」
食事に戻ろうとしていたシバ様は、彼女に視線を向けることなく、面倒くさそうに答える。懇願するように顔を上げる少女を無視して、骨付き肉へとその手を伸ばしていく。
「わたくし、何でも致します! ですから!」
その一言に、シバ様の手が止まった。猪人たちも内緒話どころではなく固まっていた。ついでに、シバ様の向かいでサラダボウルを抱えたまま、未だ状況を把握できていない兎人──すなわち僕である──もまた、空気を読んで黙っていた。
「……」
「……」
「……はァ」
長い沈黙が続いた後。諦めたようにため息をついて、シバ様はゆっくり立ち上がった。
果たして猪人たちは食堂から追い出され、外に居た野次馬たちも厨房の料理人たちも追い払われて、残ったのはシバ様と膝をついたままの少女、それから置物状態で放置されていた僕だけになった。
「兎人……?」
小声のつぶやきから、僕が何者なのかをいぶかしんでいる様子が窺える。それはこっちも同じだ。
「あの、彼女は、一体?」
恐る恐る問いかけると、席に戻ったシバ様は親指で少女を指し示した。
「こいつはアンジェ。《猛獣牧場》から来た遠征隊のリーダーだ。お願いがあるなんて言うから一応会ってやったんだが、断っても断ってもしつこくってな」
「そこを何とか、お願い致します!」
再び頭を下げる少女──アンジェに対して、シバ様は首を横に振る。
「サンゲンは貴重な戦力だ。同じ《氏族》とはいえ、他所のダンジョンにくれてやる訳にはいかん」
「でしたら、私がこちらに残って──」
「駄目だ」
アンジェの言葉を遮って、シバ様はまた首を振った。
「遠征隊の訪問は特別に見逃してやっいてるが、長期滞在は許さん。大体、お前さんが抜けたら遠征隊はどうなる?」
「事情は皆に話しています。問題ありません」
「問題ならこっちに大有りだ。居住区は女人禁制だぞ」
さっきもいきなり教育に悪いこと言いやがって、と僕にしか聞こえないくらいの小声で愚痴ってから、アンジェの方へと顔を向ける。
しばらくの間、どうしたものかと低く唸っていたシバ様の視線が、ちらりと僕の方に向いた。
「……だが、これ以上付き纏われるのも願い下げだな。機会をやるとしよう」
精霊人の少女はかばりと顔を上げたものの、シバ様の言葉の続きを黙って待っている。下手に口を挟んで機嫌を損ねないように、ということだろう。
「試練を突破した者に、ダンジョンマスターとして相応の褒賞を与える分には、問題なかろう?」
「ぜひ、挑ませてください」
問いかけに即答したアンジェからの期待の眼差しを、シバ様は鼻を鳴らして一蹴した。
「サンゲンの価値に見合った試練だ。注文は一切聞かん」
「はい。ありがとうございます!」
アンジェは喜色を浮かべ、また頭を下げた。シバ様は満足そうに頷くと、凶悪な笑みを僕に向けた。
「悪いが、トト君にも少しばかり働いて貰うぞ」




