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狭間のトト  作者: 時雨煮
エピローグ
54/59

ダンジョンの光はいまは遠く

 緑鮮やかな庭園の東屋で、片目を眼帯で隠した銀髪の少女が目を閉じて横たわっている。呼吸は浅く、穏やかな表情はただ眠っているように見えた。

 少女の傍らで屈み込んでいるのは、同じ色の髪を持ったひとりの老人だった。少女の頭を軽く撫で、その名を小さく呟いて、老人は立ち上がる。


 左手を前に差し出すと、その上に浮かぶ一冊の分厚い本がひとりでに開き、ページが捲れていく。やがて、目当ての文章に辿り着いて、老人は少しの間だけ瞑目した。

 天頂に輝く緑色の星から、東屋へと光が降り注ぐ。光の中で、少女の姿は少しずつ薄れていく。それと同時に、星の光も弱くなっていった。


 銀髪の少女と緑の星が揃って消えたのを見届けて、老人は東屋を出た。右手の杖に光を灯し、今なお戦いが続いている塔の方へと視線を向ける。

 竜たちとの戦いは、一方的なものになりつつあった。爆炎と共に外壁の一部が崩れていくのを見て、老人は振り返ることなく、戦場へと戻っていった。


    ◇


 僕はゆっくりと息を吐きながら、左目を閉じ、右目を開いた。目の前には、僕の様子を覗うベリルの姿がある。今と服装は違うけれど、左目で見た少女は彼女本人なのだろう。

「……見えたのじゃな?」

「うん。千年前、君とエルネはこの東屋にいた」

 《過去視(パストサイト)》。「確定している過去」を見ることができる魔法は、《先見の片眼鏡フォアサイト・モノクル》と《逆転の懐中時計(リバース・ウォッチ)》の組み合わせで発動する。神経衰弱以外で役立ちそうもなかった魔法だけれど、新しく使えるようになった《性能強化(エンハンス)》と他の装飾品も併用して、少しばかり無茶をすれば、千年前だって見通すことができるのだった。

「優しそうなお爺さんだった」

「いやいや、そうでもなかったぞ?」

 ニンジン食べろとかセロリ食べろとかいろいろ煩かったしの、とぶつぶつ呟いているベリルはそっとしておいて、僕は東屋から外に出た。

 右目を閉じて、左目で千年前を見る。崩れた塔の周囲を飛び回っている《星喰い(イーター)》の群れの中に、ひときわ大きい個体が存在を主張していた。

下級竜(レッサー・ドラゴン)、じゃないよなあ……」

 どう戦ったものか、見当もつかない相手がいる。そいつは今もこの世界のどこかで生きていて、いつか対峙する日が来るんじゃないかという予感がある。

「おーい! トト、客が来てるぞ」

 遠くから、ナラカの声が聞こえてきた。《氏族(クラン)》シャンバラの特使としてやってきた彼女は、《七色鉱山(レインボウマイン)》へと帰還する猪突猛進號には乗らず、ひとりウツロの街に居残っている。

「カナンとかいう商人だが、どうする!」

「すぐ行くから、待っててもらって!」

 大声で叫び返して、僕は《片眼鏡》を外した。

 《星天(ステラ)》まで届く塔を建てるには、いろいろと足りないものがある。基礎から作り直すのに大量のマナが必要だし、マナを集めるのにずっとひとりでは心もとないから、《氏族》アガルタに加わってくれるダンジョンマスターを探さないといけない。

 そして、僕たちが最優先に考えているのは街の復興だ。大量に必要な資材の中には、僕の《秘本(ルールブック)》で作成できないものも多い。そんなわけで、山羊人(カペラ)の行商人の来訪は、幸先のいい報せだった。

「ベリル、ちょっと行ってくるね」

「うむ。わっちは、塔の様子を見てくるとするかの」

 こちらを見ることなく、ベリルは東屋の反対側から出ていった。揺れる銀髪を見送りながら、しばらくの間、ひとりにしておいた方がいいかもしれない、なんて余計なお世話を思案する。

「トト! まだか!」

 振り向くと、しびれを切らして庭園へと入ってくる鬼人(オーガ)の姿があった。思わず、耳がまっすぐに立ってしまった。


    ◇


 星へと至る道は未だ遠く、未来を見通すことはできないけれど、僕たちはもう歩き始めている。

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