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狭間のトト  作者: 時雨煮
第五章
52/59

そして今、ここに到達する

3904.09.04 16:00:02

 【メッセージID:24003は正常に到達しました。】

 土煙の中から姿を見せつつある《牙竜(ファング)》に向かって走り出してすぐ、久しぶりの強い頭痛が僕を襲った。


 【行使者 [Erne] からメッセージが届いています。】


 差出人の名前を認識して、僕は無視しようとしていた白い封筒へと意識を向けた。目の前で開かれた便箋には、短い一文だけが記されている。

「願わくば、貴君の道行きに光があらんことを」

 頭痛の原因は、《保管庫(ストレージ)》に追加されたいくつかの重い情報だろう。走りながら、《保管庫》の中を確かめる。


 ひとつめ。《圧砕者(クラッシャー)》と名付けられたそれは、僕やベリルには扱えない大きさの代物だった。

「カロッテ、手を!」

 《人精草(マンドレイク)》は速度を落とし、無事な左手を僕に向かって差し出した。その手に、無骨な大鎚(ハンマー)が握られる。少しだけふらついたものの、カロッテは再び足を速め、《牙竜》へと迫っていく。


 ふたつめ。《捩れた世界樹(フラクシナス・スピラ)》。鮮やかな新緑の螺旋のイメージ。

「ベリル」

 立ち止まり、向かい合って、銀髪の少女の右手を取った。その中指が光った後に、緑色の指輪が現れる。ベリルの顔に現れた驚愕は一瞬で、彼女はすぐに口を堅く引き結んで前を向く。

 右目の眼帯が取り払われ、緑色に輝く宝石があらわになる。先行するカロッテに対して、ベリルは右手をかざした。


 みっつめ。《征服の旗印バナー・オブ・コンカー》の効果はよく知っている。青い甲冑のダンジョンマスターが脳裏に浮かんで、そんな場合じゃないと耳を振る。

「はは」

 どんな顔をしたらいいのやら。

 左手を振り上げ、真横に振り下ろす。傍らに、僕より大きな緑と黒の紋章旗が現れる。遥か《星天(ステラ)》を目指す塔の意匠が組み込まれた紋章が、緑の星の光に照らされた。


 【《征服の旗印》が設置されました。支配領域内での獲得マナの一部が《氏族(クラン)》アガルタに譲渡されます。また、同《氏族》のミニオンが強化されます。】


    ◇


 とうとう自由になった口で、《牙竜》は自らの傷を癒すため、目の前に転がる小型運搬艇(キャリア)の残骸を噛み砕こうとする。その瞬間、魔力を暴走させた動力機関が爆発した。

 広がる爆風に跳ね上がる《牙竜》の頭を見て、ほっと息を吐く。タイミングを計ったわけではないけれど、結果は上々だった。


 元々は、残ったマナでカロッテの代用武器になるものを作成(クリエイト)するつもりでいた。再生される前に《牙竜》を仕留めるためには、それしか無さそうだと思っていたのだけれど、その必要は無くなった。


「──《超成長(オーバーグロウス)》!」


 ベリルの指輪から放たれた緑の光が、カロッテを包み込む。失った右腕に光が集まり、左腕と共に大鎚を握り締めた。


 正真正銘、虫の息となった竜に、《圧砕者》の一撃が振り下ろされる。その一撃は《牙竜》の首を圧し潰し、地面に亀裂を走らせた。


    ◇


 【規定人数以内での竜種撃破を確認。余剰マナの転換により、ステラリアクターの制限が解除されます。】


 【コアクリスタルに《後天特性:竜殺し》を付与。特殊処理発生。《氏族》アガルタに対する《竜種強襲(ドラゴンアサルト)》が解消されます。】


 【魔力残量 42 + 28 / マナ残量 105134】


 《秘本(ルールブック)》を確かめる。魔力はほとんど回復していないものの、《牙竜》を倒したことによって獲得したマナがある。

 輝きを増した緑の星に、残る二匹の《星喰い(イーター)》は動きを鈍らせていく。それでも、《爪竜(クロー)》は僕たちへの突進を止めなかった。

「生成、《鉄壁(アイアン・ブロック)》、形状変更。即時顕現(リリース)

 近づいてくる巨体の眼前に、斜めに突き立った鉄杭を設置する。ベリルの操る蔦が、僕たちの身体を真横へと回避させた。


    ◇


 すっかり穴だらけになり、荒れ果てた地面の上で、僕たちは仰向けになって《星天》を見上げている。

「……エルネからの《伝文(メッセージ)》だったのじゃな」

「うん。アガルタのクランリーダー宛てになってた」

 それは普通なら、エルネ自身に届くはずの《伝文》だったはずだ。恐らくは、エルネが《星喰い》に倒される直前に送られたものなのだろう。

 ベリルは右手を持ち上げて、捻れた指輪に視線を向けた。


 三体の竜のうち、《爪竜》と《牙竜》を倒すことはできた。けれど、運搬艇を失った状態では、退散していく《翼竜》を追うことはできなかった。

 当初の目論見通りに《竜殺し》の特性は手に入れたし、十分なマナも獲得できた。おかげで、差し迫った危機というのは回避できたと思う。

 《爪竜》の死体から《耕し丸(ティラー)》を回収して、カロッテが戻ってくる。傍らに立ったまま、僕の指示を待っているようだった。


 ……けれど。


「どうやってウツロの街まで帰ろうか」

「お主が後先考えずに突っ込むからじゃろ」

 呆れたように言われた。でも、あの一撃だって、こうして生き残るために必要な一手だった、はずだ。

「ヒサエさん、来ないかな」

「人数が増えると特性が手に入らんから、街で待ってるように言い含めておったじゃろ」

 そうだった。緑の星が消えたら、《黄金都市(エル・ドラード)》と《氏族》シャンバラを頼るように伝えていたんだった。例の行商人だったら、場所を知ってるかもしれないと考えたのだ。

「歩いて帰ろうか」

 魔力を回復させながら、地面をウツロの街まで伸ばしていけばいい。上体を起こして、緑の星の光に黒が混じる方角を見る。

 何時間かかるか分からないけれど、今できることをやっていくしかないのだし。

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