そして今、ここに到達する
3904.09.04 16:00:02
【メッセージID:24003は正常に到達しました。】
土煙の中から姿を見せつつある《牙竜》に向かって走り出してすぐ、久しぶりの強い頭痛が僕を襲った。
【行使者 [Erne] からメッセージが届いています。】
差出人の名前を認識して、僕は無視しようとしていた白い封筒へと意識を向けた。目の前で開かれた便箋には、短い一文だけが記されている。
「願わくば、貴君の道行きに光があらんことを」
頭痛の原因は、《保管庫》に追加されたいくつかの重い情報だろう。走りながら、《保管庫》の中を確かめる。
ひとつめ。《圧砕者》と名付けられたそれは、僕やベリルには扱えない大きさの代物だった。
「カロッテ、手を!」
《人精草》は速度を落とし、無事な左手を僕に向かって差し出した。その手に、無骨な大鎚が握られる。少しだけふらついたものの、カロッテは再び足を速め、《牙竜》へと迫っていく。
ふたつめ。《捩れた世界樹》。鮮やかな新緑の螺旋のイメージ。
「ベリル」
立ち止まり、向かい合って、銀髪の少女の右手を取った。その中指が光った後に、緑色の指輪が現れる。ベリルの顔に現れた驚愕は一瞬で、彼女はすぐに口を堅く引き結んで前を向く。
右目の眼帯が取り払われ、緑色に輝く宝石があらわになる。先行するカロッテに対して、ベリルは右手をかざした。
みっつめ。《征服の旗印》の効果はよく知っている。青い甲冑のダンジョンマスターが脳裏に浮かんで、そんな場合じゃないと耳を振る。
「はは」
どんな顔をしたらいいのやら。
左手を振り上げ、真横に振り下ろす。傍らに、僕より大きな緑と黒の紋章旗が現れる。遥か《星天》を目指す塔の意匠が組み込まれた紋章が、緑の星の光に照らされた。
【《征服の旗印》が設置されました。支配領域内での獲得マナの一部が《氏族》アガルタに譲渡されます。また、同《氏族》のミニオンが強化されます。】
◇
とうとう自由になった口で、《牙竜》は自らの傷を癒すため、目の前に転がる小型運搬艇の残骸を噛み砕こうとする。その瞬間、魔力を暴走させた動力機関が爆発した。
広がる爆風に跳ね上がる《牙竜》の頭を見て、ほっと息を吐く。タイミングを計ったわけではないけれど、結果は上々だった。
元々は、残ったマナでカロッテの代用武器になるものを作成するつもりでいた。再生される前に《牙竜》を仕留めるためには、それしか無さそうだと思っていたのだけれど、その必要は無くなった。
「──《超成長》!」
ベリルの指輪から放たれた緑の光が、カロッテを包み込む。失った右腕に光が集まり、左腕と共に大鎚を握り締めた。
正真正銘、虫の息となった竜に、《圧砕者》の一撃が振り下ろされる。その一撃は《牙竜》の首を圧し潰し、地面に亀裂を走らせた。
◇
【規定人数以内での竜種撃破を確認。余剰マナの転換により、ステラリアクターの制限が解除されます。】
【コアクリスタルに《後天特性:竜殺し》を付与。特殊処理発生。《氏族》アガルタに対する《竜種強襲》が解消されます。】
【魔力残量 42 + 28 / マナ残量 105134】
《秘本》を確かめる。魔力はほとんど回復していないものの、《牙竜》を倒したことによって獲得したマナがある。
輝きを増した緑の星に、残る二匹の《星喰い》は動きを鈍らせていく。それでも、《爪竜》は僕たちへの突進を止めなかった。
「生成、《鉄壁》、形状変更。即時顕現」
近づいてくる巨体の眼前に、斜めに突き立った鉄杭を設置する。ベリルの操る蔦が、僕たちの身体を真横へと回避させた。
◇
すっかり穴だらけになり、荒れ果てた地面の上で、僕たちは仰向けになって《星天》を見上げている。
「……エルネからの《伝文》だったのじゃな」
「うん。アガルタのクランリーダー宛てになってた」
それは普通なら、エルネ自身に届くはずの《伝文》だったはずだ。恐らくは、エルネが《星喰い》に倒される直前に送られたものなのだろう。
ベリルは右手を持ち上げて、捻れた指輪に視線を向けた。
三体の竜のうち、《爪竜》と《牙竜》を倒すことはできた。けれど、運搬艇を失った状態では、退散していく《翼竜》を追うことはできなかった。
当初の目論見通りに《竜殺し》の特性は手に入れたし、十分なマナも獲得できた。おかげで、差し迫った危機というのは回避できたと思う。
《爪竜》の死体から《耕し丸》を回収して、カロッテが戻ってくる。傍らに立ったまま、僕の指示を待っているようだった。
……けれど。
「どうやってウツロの街まで帰ろうか」
「お主が後先考えずに突っ込むからじゃろ」
呆れたように言われた。でも、あの一撃だって、こうして生き残るために必要な一手だった、はずだ。
「ヒサエさん、来ないかな」
「人数が増えると特性が手に入らんから、街で待ってるように言い含めておったじゃろ」
そうだった。緑の星が消えたら、《黄金都市》と《氏族》シャンバラを頼るように伝えていたんだった。例の行商人だったら、場所を知ってるかもしれないと考えたのだ。
「歩いて帰ろうか」
魔力を回復させながら、地面をウツロの街まで伸ばしていけばいい。上体を起こして、緑の星の光に黒が混じる方角を見る。
何時間かかるか分からないけれど、今できることをやっていくしかないのだし。




