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狭間のトト  作者: 時雨煮
第五章
51/59

再戦

3904.09.04 15:23:00

 【クラン [Agartha] が結成されました。クランリーダーは [Thoth] 拠点座標は──】

 すべてのダンジョンマスターに向けられたグローバル・メッセージ。僕たちは身構えて、その時を待つ。


 数分後。灰色の混沌、《虚海(ラウム)》の中から大きな影が飛び出してきた。再び目の前に現れた《根喰いの牙竜ファング・オブ・ニドヘグ》に、ヒサエから受けた傷は見当たらない。

「よし」

 《牙竜》が万全の状態でなければ意味が無かった。大亀オニキスから聞き出した《後天特性:竜殺し》の獲得条件は、「任意の竜種(ドラゴン)一体を、三名以下で完全撃破する」というものだった。だから今回、人形(パペット)たちの出番は無い。

 《牙竜》は空中で数回羽ばたくと、緑の大地の上に立つ僕たちの方へと突進してくる。噛み付きか、爪による攻撃か、あるいは掴みかかってくるか。

「生成、《土壁(アース・ブロック)》。即時顕現(リリース)

 すぐ目の前に創り出した壁は、あっさりと回避された。さすがに同じ手は何度も食わないらしい。

 地面すれすれを飛び、ベリルを掴もうとした《牙竜》の脚を、カロッテの《耕し丸(ティラー)》が弾き返した。

「《光弾(ライト・バレット)》!」

 銀髪の少女が杖を構え、飛び去る《牙竜》へと狙いを定める。放たれた三発の光弾は相手に気付かれることなく命中したものの、ごく浅い傷をつけただけに留まった。


 飛び回る相手の攻撃をカロッテがやり過ごしつつ、ベリルの光弾でちくちくと攻撃する。それを繰り返しているうちに、痺れを切らした《牙竜》が少し離れた地面の上に降りてきた。

 雄叫びを上げながら突進してくる巨体は、およそ四メーテ──カロッテの三倍ほどの高さと、それに倍する横幅がある。あれにぶつかったら、僕やベリルはひとたまりも無いだろう。

 だから、そんなことになる前に勝負をつける。目印である赤い花は、ちょうど僕たちと《牙竜》の間に咲いている。

「生成、《鉄壁(アイアン・ブロック)》、形状変更。設置予約(リザーブ)。生成──」

 僕が《秘本(ルールブック)》に集中している間、ベリルは杖を構え、光弾を放って竜の動きを牽制する。怒りに任せてまっすぐに突っ込んでくる《牙竜》の片脚が、狙い通りに赤い花を踏み潰し、蔦で覆い隠されていた落とし穴を踏み抜いた。

即時顕現(リリース)!」

 姿勢を崩した竜の上に、鉄の杭を出現させる。四本の杭は揃って落下し、《牙竜》の両翼を大地に繋ぎ止めた。

 同時に、無数の蔦が竜の首や脚、尻尾へと絡みついていく。ベリルの《植物操作コントロール・プラント》がきっちり竜の動きを阻害できているのを見届けて、カロッテに突撃の指示を出す。

「──!」

 再生を防ぐためにその口を封じ、《虚海》へ舞い戻ることも許さない。

 強化された膂力で高く跳躍したカロッテが、《耕し丸》を両手で振り被る。


 《牙竜》の首筋に、親方謹製の鍬が突き刺さる。落下の勢いに乗せて、カロッテが《耕し丸》を力任せに引き倒す。深い傷口が広がり、痛みに暴れようとする竜の全身にさらに蔦が巻きついていく。

 緑色の小さな丘のようになりつつある《牙竜》を見て、ベリルはしたり顔を僕に向けた。

「どうじゃ、トトよ」

「ちゃんと効いてる。このまま首を落とせれば勝ちだ」

 とはいえ、最後まで油断できない。竜の背によじ登って追撃を加えているカロッテを見守りつつ、《魔力回復薬(マジック・ポーション)》を飲み干した。


    ◇


 異変に気付いたのは、《牙竜》の動きが鈍くなってきた頃だった。


 わずかに地面が揺れている。最初は竜が暴れているせいだろうと思っていたものの、振動は少しずつ強くなってきているようだった。加えて、がりがりと固いものを削るような音が、僕の耳に聞こえてきている。

「ベリル、乗って!」

 嫌な予感に任せて、僕たちは小型運搬艇(キャリア)に飛び込んだ。制御球(コントローラー)に魔力を流し、機体をすぐに上昇させる。

 その直後、僕たちが立っていた地面を引き裂いて、巨大な腕が現れた。


 鋭い爪で二度、三度と地面を引き裂き、穴を大きく広げた後、腕の持ち主がその姿を見せた。

下級竜(レッサー・ドラゴン)、《根喰いの爪竜クロー・オブ・ニドヘグ》。新手だ」

「どうするのじゃ?」

 複数の《星喰い(イーター)》に襲われる事態は想定内だ。作戦を中断するか続けるかは相手次第。新たに出現した個体は同じ「下級竜」でも《牙竜》より二回りほど大きく、翼を持たない代わりに大きく凶悪そうな両腕を備えていた。行けるだろうか?

「最初の一体はカロッテに任せて、僕たちはこっちを牽制しよう」

 運搬艇を降下、旋回させつつ、《爪竜》の正面を横切らせる。それに合わせて、ベリルが光弾を放ち、注意を引き付けた。

 鼻先に光弾をぶつけられ、思惑通りにこちらを追ってきた竜を、別の赤い花──落とし穴へと誘導していく。

「生成、《鉄壁》、形状変更……即時顕現」

 竜の片腕が落とし穴に嵌り、もう一方の腕に鉄の杭が突き刺さる。無数の蔦が、竜の動きを封じるために動き始める。

「頭は回らぬようじゃが、こちらはちと手強いの」

「みたいだね。生成、──」

 蔦を引き千切って身を起こそうとする《爪竜》の上に、さらに鉄の杭を突き立てる。

 動きを完全に止められなくても、カロッテが最初の一体を倒すまでの時間さえ稼げればいい。そう考えて、カロッテの方に注意を向けようとした視線が、途中で引き止められた。

「……下級竜、《根喰いの翼竜ウイング・オブ・ニドヘグ》」

 大きな翼を羽ばたかせ、彼方から飛来する影がひとつ。


 【警告。一定範囲内に存在する竜種が三体を超えたため、各個体が強化されます。】


    ◇


 咄嗟に創り出した岩壁は当然のように回避され、ベリルの光弾も当たらない。

 運搬艇とは段違いの速さについていけず、飛び回る《翼竜》に翻弄される。そうしている間にも、眼下では能力が強化された二体の竜が、蔦の戒めから抜け出しつつあった。

「生成、《鉄壁》──」

 《農場(ファーム)》と《腕輪(ブレス)》によって強化されていても、カロッテが二体を同時に相手をするのは無理だろう。わずかでも足止めするために、《爪竜》の周囲に鉄の壁を展開する。

 運搬艇を旋回させて、肝心の《牙竜》とカロッテの方を確かめる。突き刺さっていた鉄杭から翼を無理矢理引き剥がし、身体を捻ってカロッテを押し潰そうとする。舞い上がる土煙から、オレンジ色の人影が飛び出して距離をとった。

 膠着状態、と言うには分が悪い状況だった。《翼竜》をベリルが牽制し、《爪竜》は僕が足止めする。カロッテは自由を取り戻した《牙竜》と睨み合っている状態で、油断できない状況だ。

 《爪竜》の鋭い爪が鉄の壁を引き裂くのを見て、僕はさらに二重の鉄壁を作り出す。このペースでは、さすがに魔力の回復が追いつかない。

「一時撤退、できるかな?」

「難しそうじゃの」

 運搬艇で逃げようにも機動力で負けているし、それ以前にカロッテを回収するだけでも苦労しそうだ。

「じゃあ、仕方ないな」

 このまま戦うしかない。どっちにしても、僕たちがここで負ければウツロの街も存続できない。


 ウツロの街で応急処置した運搬艇は、段々と調子が悪くなってきている。連続で壁を生成しているために、僕の魔力はもうすぐ枯渇する。カロッテは瀕死の《牙竜》の片眼を潰したかわりに、片腕と《耕す者(ティラー)》を失ったところだ。

 このままでは、僕たちが押し負けるだろう。もう手段を選んではいられない。

「ベリル。奴に止めを刺そう」

「おうとも」

 運搬艇の進路を斜め下に向ける。鉄の杭を叩き込んでみたものの、強化された《牙竜》の外皮にはほとんど効果がなかった。

 進路を定め、制御球の横にある赤いボタンを押す。続けて、残りの魔力を動力装置へとつぎ込んで加速する。


 僕とベリルは手を繋いで、運搬艇から飛び降りた。地面から伸びてきた蔦が僕たちを受け止め、運搬艇は《牙竜》へと激突して、轟音と土煙を上げた。

 僕たちの元へとカロッテが走ってくる。全身傷だらけのニンジンのために、マナを費やして《栄養剤》を生成する。


 背後に迫る《爪竜》の地響きに、上から聞こえる《翼竜》の羽ばたき。

 土煙の中でわずかに動く影に重なって、もうひとつの視界もまた《牙竜》の健在を告げている。


 魔力もマナも、もう使えない。僕たちに今できることを考えて、萎れそうな耳をまっすぐに伸ばす。

「こうなったらもう、突撃しかないかな」

「まったく、無茶じゃのう」

 駄目で元々。僕たちは一歩を踏み出して。

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