運搬艇にて
探索隊の人たちが相談を終えて、外に出てこようとしているのだろう。彼らの声を聞いたシバ様は、渋い顔になって低く唸った。
「……他所の連中の前には、あまり顔を出したく無いな」
「どうしてですか?」
「威厳とか、神秘性とか考えにゃならんのさ。俺はもう中に戻るが、他の連中には片眼鏡の話はしないで欲しい。いろいろ面倒だからな」
「は、はい」
僕は慌てて耳を伸ばし、岩肌を駆け下りていくシバ様を見送った。たぶん、隠された別の出入り口みたいなものがあるんだろう。
それからすぐ、僕も含めた遠征隊の面々は、大型運搬艇へと乗り込んだ。戦利品を確認し、僕の《収納鞄》に仕舞ってあった大量の鉱石を格納庫へと放り込む。持ち込んだ食糧との取引で得た武具や、深い階層の探索で手に入れた戦利品の数々もまた、同じように格納庫へと運び込まれた。
最後にもう一度、遠征隊全員の点呼を行って、僕たちは帰路についた。
それから数時間後。僕とナラカはまた、見張りの任務についていた。人数が多いとはいえ、四時間ごとの交代だから、一度の遠征で何度か当番が回ってくるのだ。
「ダンジョンマスターに会った、だって?」
「はい、大きな人でした。口がこんなで、凄い歯で」
そう答えつつ、ポケットの中に手を入れて、片眼鏡の堅い感触を確かめる。大丈夫、あれは夢じゃなかった。
手すりに寄りかかりながら、ナラカは感心したように目を見開いた。
「そりゃ、喰われなくて良かったなあ」
「他のダンジョンマスターも、あんな感じなのかな?」
彼女なら知っているだろうかと尋ねてみると、どうだろうね、とつれない答えが帰ってきた。
「《猛獣牧場》や《地底湖》じゃ、会ったって話は聞かない。そもそも、ウチのマスター様も滅多に出てこないし」
僕たちが住んでいる《黄金都市》のダンジョンマスターは、何百年も生きている精霊人だ。長い金髪の綺麗な女性で、ナラカの言うとおりに宮殿から出てくることはほとんど無い。年に何度かあるお祭りのときでも、遠目でしか見ることができないのだ。
僕が生まれたときに名前をつけてもらったらしいのだけれど、さすがに記憶には残っていない。
シバ様になら、また会うことはできるだろうか。もし会えたなら、他のダンジョンマスターの話を聞いてみたい。
「ちょいと後ろの様子見てくる。居眠りするなよ」
「了解です」
耳を立てて、敬礼でナラカを見送った後、《星天》へと視線を向けた。運搬艇の正面。遠く、低い位置にひときわ明るく輝く金色の星がひとつ。
《七色鉱山》から《黄金都市》まで、大型運搬艇の速度でおよそ三日の距離がある。
視線を《虚海》の平面に戻して、双眼鏡を覗き込む。運搬艇の進む先、不規則に揺らめく灰色の上に、異変が無いかをじっくり見渡していく。
普段は何も無い《虚海》の上であっても、危険は皆無じゃない。
別の「ダンジョン」から派遣されている遠征隊の中には、好戦的な連中もいる。大量の戦利品を積み込んで帰路についている大型運搬艇なんかは、彼らにとって格好の標的だろう。この辺りは比較的安全とはいえ、万が一の場合を考えておかないと。
閉鎖的な「ダンジョン」の周りには、近づくものを排除するための罠が仕掛けられていることがあるらしい。うっかり針路を間違えると大変なことになるぞ、と誰かに脅かされた記憶がよみがえる。
「あとは、ドラゴンか」
大きな翼を羽ばたかせて飛び回っていたり、《虚海》を悠々と泳いでいたりする「竜」の姿を見た、なんて噂を時々耳にする。僕の父さんも、その噂話の発信源のひとりだった。「竜」は相当な悪食で、人も物も、「ダンジョン」でさえも食べてしまう、恐ろしい化け物なのだと、父さんは言っていた。
一度でいいから見てみたい気はする。実際に出会ってしまったら、それどころじゃないんだろうけれど。
《七色鉱山》
狗人のダンジョンマスター「シバ」が管理する鉱山・洞窟型ダンジョン。
《虚海》面上に出ている部分は全体のほんの一部で、猪人居住区や深い階層は《虚海》面より下に存在する。
ダンジョンカラーは銀。ダンジョンコアは詳細不明。
狗人
犬の頭を持つ種族。俊敏であり、嗅覚に優れている。
精霊人
魔法の扱いに長けた種族。長命である反面、成長は遅く、肉体的には打たれ弱い。




