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狭間のトト  作者: 時雨煮
第五章
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玄星の下で

 ベリルの眼帯から、緑色の光がかすかに漏れている。彼女は黒い宝石に手を触れたまま、大亀──オニキスに話しかける。

「その言い様からして、やはり、ここはエルネのダンジョンで間違いないのじゃな」

『左様で御座います。クランリーダーであるエルネ殿が不在となってから千年、いつかこのダンジョンを引き継ぐに足る者が現れると信じて待っておりましたが、よもやベリル殿が戻られるとは思っておりませなんだ』

「ここが《根源庭園(ルート・ガーデン)》だとして、どうしてお主がここに居るのじゃ? わっちが眠らされてから、いったい何が起きて──」

「ベリル、落ち着いて」

 僕の声を聞いて、ベリルは言葉を切った。首を振り、顔を上げてゆっくりと深呼吸する。

「そう、じゃな……オニキスよ。こやつが今のわっちのマスター、トトじゃ」

『お初にお目にかかります。姫様をここまでお連れ下さり、有難う御座います、トト様』

 薄く開いた瞳は、たぶん僕を見ているのだろう。

 偶然ここに辿り着いただけで、ベリルの前のマスターが作ったダンジョンがあるとは知らなかったのだけれど。話の腰を折らないように、僕は曖昧に頷いた。

「トトにも分かるように、説明して貰えるかの?」

『少し、長い話になりますが』

 そう前置きして、オニキスはゆっくりと語り始めた。


    ◇


 およそ千年前。《氏族(クラン)》アガルタは、この場所に《星天(ステラ)》に至るダンジョンの建設を始めたらしい。長い時間をかけて集められたマナを費やして、彼らは三百ノティカの高みを目指す塔の基部を作り上げた。

『続けて二層目、三層目と手を付けていったとき、《星喰い(イーター)》の大量発生──《大蜃蝕(エクリプス)》が起きたのです』

 何十体も現れた《星喰い》は、周囲のダンジョンを喰い尽くした。《根源庭園》もまた、コアとマスターを失って、ただ喰われるのを待つばかりとなった。

「問題は、その後じゃな」

『クランリーダーを失って《氏族》アガルタは無くなってしまいました。しかし、私と我が主はこの場所を守るべく、元のダンジョンを捨てて馳せ参じたのです』

 塔を喰らっていた小さな《星喰い》の一体を、気付かれないように罠にかけ、動きを封じて倒したとき、オニキスは新たな力を手に入れた。

 《後天特性:竜殺し》──星の輝きによって《星喰い》を威圧する力は、それから千年の間、この場所を守り続けている。多くの《星喰い》は新たな餌を求めて遠く散っていったものの、まだ数体が、この辺りに棲みついているらしい。

「オニキスよ、お主のマスターは?」

『私をここに残して、ディーン様の救援に向かわれた後で、繋がりが切れました。恐らくは、《星喰い》に』

「そうか」

『結局、この老いぼれだけが、おめおめと生き延びたというわけです』

 マスターを失い、ダンジョンから新たにマナを得ることはできなくなってからも、オニキスは《根源庭園》を維持し続けた。大亀本来の生命力、長い寿命を削ってマナに変換する固有の能力を使っているらしかった。


『姫様が戻ってくるまで、なんとか持たせることができましたなあ』

 満足そうに語ってはいるけど、その言葉と雰囲気から、オニキスがぎりぎりまで寿命を削ってしまっていることが、なんとなく伺えた。

 ベリルも気付いているのだろう。どうしてそこまで、といった表情のまま、何を話すべきか迷っているようだった。

『気になさいますな、自分めが好きでやったことです』

「オニキス、お主……」

 薄く開いたオニキスの瞳が、僕の方に向けられた。思わず背筋と耳が伸びる。

『トト様。これからも、姫様をよろしく頼みますぞ』


    ◇


 他にもいろいろと尋ねたいことはあったものの、今日のところはどちらも休んだ方がいいだろう、と会話は打ち切られた。

 廃墟の街へと戻り、ヒサエの先導で歩いていく。

「客人が泊まるようなことは無いのでな。私の家の空き部屋くらいしか空いていないんだ」

「足を伸ばして休めるなら問題ない。運搬艇の中は狭かったからの」

 途中、子供たちの歓声を耳にする。小さな広場に寄り道してみると、両腕に子供をふたりずつぶら下げたままぐるぐると回転するお化けニンジンの姿があった。

 どうせ配下(ミニオン)の位置は分かるのだし、迷うことは無いだろう。カロッテを放置して先に進みつつ、ヒサエに問いかける。

「あの子達は?」

「近隣のダンジョンで、捨てられそうになっていた者たちだ。口減らし、と言えば伝わるだろうか」

 食糧事情が芳しくないダンジョンでは、戦力にならない配下は飢え死にするしかない。取引や探索のために訪れたダンジョンで、そういった子供たちを見つけては連れ帰ってきているらしかった。

「菜園で野菜を育てたり、ここを中継したダンジョン同士の交易でどうにかやっている。いろいろと便宜を図ってくれる商人がいるお陰でもあるが」

 白い装束の中から赤い宝石のついた首飾りを取り出して、ヒサエはどこか遠くに視線を向けた。ふと、山羊人(カペラ)の行商人を思い出す。もしかしたら彼が、なんて考えが浮かぶ。

「しかし、それもそろそろ限界かもしれないのだ」

「……オニキスの、寿命であるな?」

 大亀が生きている間は、彼の能力でここは守られている。けれど、その守りが無くなれば、《星喰い》は襲ってくるだろう。それに、ダンジョンコアが無ければ遅かれ早かれ《虚海(ラウム)》に沈んでしまう。

「ここの住人を受け入れてくれるダンジョンを探してはみたが、芳しくないな」

 蜥蜴人(ラケルタ)の表情はよく分からないけれど、彼女の言葉からは不安が滲んでいた。

 《黄金都市(エル・ドラード)》なら受け入れてくれるかもしれない。けれど、あの金色の星の位置はとっくに見失っていた。

《根源庭園》

 ダンジョンマスター「エルネ」が管理していた庭園型ダンジョン。

 庭園区画の周囲は大幅に拡張され、《氏族》アガルタの中心都市となっていたが、千年の歳月によって廃墟と化している。

 ダンジョンカラーは緑(現在は黒)。ダンジョンコアはベリル(現在はオニキス)。

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