ウツロの街
街の住人らしき猪人の男と話していたヒサエが、《星天》を見上げる僕たちの方へと戻ってきた。
「運搬艇はこちらで修理しておこう。と言っても、ここの設備では大した整備はできないが」
「いえ。ありがとうございます」
頭を下げて礼を言うと、ヒサエは戸惑い気味に頬を掻いた。
「長旅で疲れているところ済まないが、貴方たちに会いたいという方がいる」
ここの主、ダンジョンマスターだろうか。ベリルは僕の方を見て、小さく頷いた。
「従っておこう。命の恩人であるしの」
「確かに、先に挨拶しておいた方がいいね」
頷き、先を歩き始めたヒサエの後を、僕たち三人はついていく。元はちゃんとした街並みだっただろう、崩れかけた建物の間を通り抜けていく。細い路地の先や窓の陰から、こちらを伺う視線を感じる。
しばらく歩いていると、崩れた壁の上から飛び降りてくる小さな影があった。
「こら、ティグ。危ないだろう」
「なあ、なあ。ヒッサーが星を連れてきたってホントか?」
ヒサエに話しかけてきたのは、汎人の少年だった。カールした短い金髪に利発そうな顔、腰に短い杖を差している。
彼は僕たちの方を巡り見て、最後にカロッテに注目した。
「すげえ、お化けニンジンだ!」
「うん、お化けニンジンだよね」
カロッテの周りを一周して、恐る恐る足を人差し指で何度か突いた。人差し指が手のひらになり、やがてばんばんと勢いよく叩く段になって、少年はお化けニンジンに襟首を掴まれた。
「すげえ!」
「カロッテ、相手してあげて」
持ち上げられてなお騒ぐ少年の声とは別に、ひそひそと話す声がどこからか聞こえてくる。
壁の端から興味深そうに覗く子供たちの姿を見つけて、僕はカロッテを置いていくことにした。
◇
古い街並みが途切れ、視界が開けた。中央に向けてすり鉢状に低くなっている、広大な円形の庭園がそこにあった。
迷路めいた生け垣があちこち荒れ放題になっているなかで、中心部に見える小さな東屋だけは、なんとか形を残しているようだった。
「……まさか」
小さく呟いて、ベリルはふらふらと進んでく。崩れた門柱、伸び放題の薔薇の枝、淀んだ水路。
周囲を見回し、ときには手で触れて確かめながら歩いていた彼女は、やがて振り向いて戻ってきた。僕が問いかける間もなく、ベリルは真剣な表情で口を開いた。
「のう、ヒサエとやら」
「何か?」
白い装束の巫女に呼びかけはしたものの、彼女はしばらく黙ったまま、続きを口にしたものかと迷っている様子だった。
「この場所は、どれくらい前にできたのじゃ?」
「詳しくは知らない。私が生まれるずっと前から、ここははぐれ者の流れ着く場所だったらしい」
そうか、と呟いて、ベリルは前に向き直った。
緩やかな下り坂を降りていき、僕たちは東屋へと辿り着く。振り返れば、庭園の様子が一望できた。
「私はここで待っている」
そう言い残して立ち止まったヒサエを残して、僕たちは低い段差を越えて中を覗き込む。
そこに人影はなかった。一匹の大きな亀が、わずかに顔を動かして僕たちの方を見ていた。
「お主……オニキス、なのか?」
大亀はゆっくりと頷いた。それで体力を使い果たしたとでもいうように、首を横たえて目を閉じる。
ベリルは弾かれたように走り寄り、甲羅の中央に埋まっていた黒い宝石へと手を伸ばした。
それによって、彼女と大亀との間に何らかの繋がりができたのだろう。僕たちの頭の中に、落ち着いた低い声が聞こえてきた。
『千年振りのご帰還ですな。姫様』




