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狭間のトト  作者: 時雨煮
第五章
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ウツロの街

 街の住人らしき猪人(オーク)の男と話していたヒサエが、《星天(ステラ)》を見上げる僕たちの方へと戻ってきた。

「運搬艇はこちらで修理しておこう。と言っても、ここの設備では大した整備はできないが」

「いえ。ありがとうございます」

 頭を下げて礼を言うと、ヒサエは戸惑い気味に頬を掻いた。

「長旅で疲れているところ済まないが、貴方たちに会いたいという方がいる」

 ここの主、ダンジョンマスターだろうか。ベリルは僕の方を見て、小さく頷いた。

「従っておこう。命の恩人であるしの」

「確かに、先に挨拶しておいた方がいいね」

 頷き、先を歩き始めたヒサエの後を、僕たち三人はついていく。元はちゃんとした街並みだっただろう、崩れかけた建物の間を通り抜けていく。細い路地の先や窓の陰から、こちらを伺う視線を感じる。


 しばらく歩いていると、崩れた壁の上から飛び降りてくる小さな影があった。

「こら、ティグ。危ないだろう」

「なあ、なあ。ヒッサーが星を連れてきたってホントか?」

 ヒサエに話しかけてきたのは、汎人(コモニア)の少年だった。カールした短い金髪に利発そうな顔、腰に短い杖を差している。

彼は僕たちの方を巡り見て、最後にカロッテに注目した。

「すげえ、お化けニンジンだ!」

「うん、お化けニンジンだよね」

 カロッテの周りを一周して、恐る恐る足を人差し指で何度か突いた。人差し指が手のひらになり、やがてばんばんと勢いよく叩く段になって、少年はお化けニンジンに襟首を掴まれた。

「すげえ!」

「カロッテ、相手してあげて」

 持ち上げられてなお騒ぐ少年の声とは別に、ひそひそと話す声がどこからか聞こえてくる。

 壁の端から興味深そうに覗く子供たちの姿を見つけて、僕はカロッテを置いていくことにした。


    ◇


 古い街並みが途切れ、視界が開けた。中央に向けてすり鉢状に低くなっている、広大な円形の庭園がそこにあった。

 迷路めいた生け垣があちこち荒れ放題になっているなかで、中心部に見える小さな東屋だけは、なんとか形を残しているようだった。

「……まさか」

 小さく呟いて、ベリルはふらふらと進んでく。崩れた門柱、伸び放題の薔薇の枝、淀んだ水路。

 周囲を見回し、ときには手で触れて確かめながら歩いていた彼女は、やがて振り向いて戻ってきた。僕が問いかける間もなく、ベリルは真剣な表情で口を開いた。

「のう、ヒサエとやら」

「何か?」

 白い装束の巫女に呼びかけはしたものの、彼女はしばらく黙ったまま、続きを口にしたものかと迷っている様子だった。

「この場所は、どれくらい前にできたのじゃ?」

「詳しくは知らない。私が生まれるずっと前から、ここははぐれ者の流れ着く場所だったらしい」

 そうか、と呟いて、ベリルは前に向き直った。


 緩やかな下り坂を降りていき、僕たちは東屋へと辿り着く。振り返れば、庭園の様子が一望できた。

「私はここで待っている」

 そう言い残して立ち止まったヒサエを残して、僕たちは低い段差を越えて中を覗き込む。

 そこに人影はなかった。一匹の大きな亀が、わずかに顔を動かして僕たちの方を見ていた。

「お主……オニキス、なのか?」

 大亀はゆっくりと頷いた。それで体力を使い果たしたとでもいうように、首を横たえて目を閉じる。

 ベリルは弾かれたように走り寄り、甲羅の中央に埋まっていた黒い宝石へと手を伸ばした。


 それによって、彼女と大亀との間に何らかの繋がりができたのだろう。僕たちの頭の中に、落ち着いた低い声が聞こえてきた。

『千年振りのご帰還ですな。姫様』

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