救援
《虚海》の上に現れた光の筋を、思わず視線で追って振り返る。光はまっすぐ《牙竜》に向かって伸びていき、その片翼に当たって弾けた。衝撃を受け、竜はバランスを崩して落ちていく。
運搬艇の速度を落とさないように気を付けながら、光の出所を探して目を凝らす。
「トトよ、あれではないか?」
斜め前方、ベリルの指さした方に、小さな影があった。近づいてくるにつれて、それが一人乗りの高速艇であることがはっきりしてくる。狭い操縦席の左右に短い翼がついているだけの機体を、同じくらいの大きさの動力機関が推し進めている。
高速艇の操縦席から、さらに何度か光が放たれ、そのたびに《牙竜》は叫びを上げて身を捩じらせた。
僕たちの運搬艇の横で、高速艇は反転して横並びになった。操縦席に居たのは、白い装束に身を包み、フードを深く被った女性のようだった。
彼女は片手に持っていた杖で、遠くを指し示す。星の輝きの無い暗闇は、元々僕たちが目指していた方角だった。
「あっちに向かってまっすぐ飛びなさい。アレは私が追い払っておくから!」
僕たちが問いかける間もなく、高速艇は再び《牙竜》の方へと飛んでいく。その様子に不安は見られず、僕は運搬艇の速度を少しだけ落とした。
「助かった……のかな」
「どうやらそのようじゃの」
『……俺には状況がさっぱり分からんのだが、そろそろ時間切れだ。後で顛末を教えてくれよ?』
困惑した様子で僕の様子を見ていたシバ様の幻像が、じゃあな、と一言残して消えていく。とりあえず、指示された通りに針路を変えていると、カロッテが縄梯子を登ってきた。
「ご苦労じゃったの。後ろで休んでおるがよい」
ベリルの労いを横目に見ながら、後方の様子を確かめる。高速艇は《牙竜》の周囲を飛び回り、光弾を放つ杖で攻撃を繰り返していた。大したダメージではないものの、一方的な攻撃に業を煮やしたのか、しばらくして《牙竜》は《虚海》へと潜って消えた。
速度を落とした運搬艇に、高速艇が追い付いてくる。距離を詰め、横並びになったところで再び対話が始まった。
「ともあれ、間に合って良かったよ。ここに入り込んだ星はすぐに消えるか引き返してしまうから、今回も無駄足になると思っていたのけれど」
「助けて頂いて、ありがとうござます。僕はトト。ダンジョンマスターです」
「わっちはベリルじゃ」
僕たちの自己紹介を聞いて、高速艇の女性はフードを取った。緑色の鱗に覆われた、蜥蜴の頭が姿を見せる。
「私はヒサエ。ウツロの街で、巫女をやっている」
蜥蜴人の巫女は、がたがたと揺れている運搬艇の様子を見て肩をすくめた。
「そんな調子じゃあ、また《星喰い》に襲われてしまうな。引っ張っていこう」
◇
高速艇に牽引されて、かなりの速さで移動すること半日。暗い世界の中、まばらな街灯りらしき光が遠くに見えてくる。
「あれが、ウツロの街かな」
「こんな場所に、本当に街があるとはの……」
ベリルは不思議そうに光を見つめている。僕もたぶん、同じような表情をしているだろう。
少しずつ大きく見えてくる街の上に、星の輝きは見当たらなかった。普通なら《虚海》に沈んで溶けてしまうはずの建造物が、何故か存在を主張している。
金色の星に照らされていた《黄金都市》と違って、目の前の光は弱く、街のほとんどが暗がりに隠れている。
明かりに照らされている部分も、あちこちの壁が崩れていて、まるで廃墟のようだった。
陰鬱とした街の端、何隻かの運搬艇が停泊している港へと、高速艇は入っていく。年季の入った桟橋に接岸して、僕たちは久しぶりにしっかりした地面の上に降り立った。
「杖の明かりは不要、か」
蜥蜴人の巫女、ヒサエが《星天》を見上げて呟いた。僕たちの真上──正確には、ベリルの真上には、常に緑の星が輝いている。つられて星を見上げていたベリルが、僕の手を引っ張った。
「お主も見るがよい。やはり、ここにも星はあったようじゃ」
「どういうこと?」
そう聞きながら、顔を上に向ける。彼女の言葉の意味はすぐにわかった。
緑の星のすぐ傍に、黒い星がひとつ。緑と黒の輝きが入り混じって、《星天》に光の帯が揺らめいている。
「黒かったから、ベリルが来るまで見えなかったってことか……」
「うむ。黒い星のダンジョンコアがおると聞いたことはあったが、見るのは初めてじゃ」
揺らめく二色の光を、ベリルは珍しそうに眺めている。モーリィの《戦艦》のような特殊なダンジョンでもなければ、コア同士が近づくことはまず無いのだから、彼女の反応は当然だろう。
「あの星がこの街を維持しているのかな」
「恐らくそうであろう。であれば、この先にダンジョンコアがあるはずじゃの」
普通に考えればベリルの言う通り。けれども、競合がどうの、干渉がどうのという警告のメッセージは聞こえてこないし、頭痛も襲ってきていない、というのは疑問だった。




