漂泊の日々
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3904.08.22 00:00:04
【メッセージID:24003は宛先不正のため送信に失敗しました。8時間後に再試行します。】
あれから数日、小型運搬艇は灰色の海を飛び続けている。
ヴァルハラという《氏族》の規模がどの程度かはよく知らないけれど、なるべく遠くまで離れた方がいいだろうという結論に至って、なるべく星のまばらな方角へと運搬艇の針路を向けていた。
青い甲冑のダンジョンマスター、モーリィが僕たちを追ってくることはなかった。それどころか、《伝文》を使って、忘れ物だと《耕し丸》を送りつけてくる始末だった。
事あるごとに送られてくる《伝文》を信じるなら、《紺碧戦艦》を派手に壊した梨の木はまだ元気らしい。《星光農園》から土を運び込んで、専用の部隊を編成して世話をしているだとか、いつになったら実が生るのか教えろとか、どうでもいいことばかりが書かれていて。
「……僕が返事すると思ってるのかな」
「まあ、略奪もルールのうちであるからの。さほど悪くは思ってはおらんのじゃろ」
された方はたまったものではないがの、とベリルは肩をすくめた。
「納得いかないなあ」
「それよりもほれ、お主の手番じゃぞ」
急かされて、僕はカードの山へと手を伸ばした。一枚引いて手札に加え、携帯用の小さなテーブルの上を見ながら思案する。
《剣の三》を伏せて、自分の場札の列に付け加える。
「略奪なんかしないで、自分のダンジョンの中で賄えばいいのに」
「そうも言っておられぬ事情があろう? お主が鉱石や貴金属を作成できぬように、十分な食料を用意できぬマスターもおるからの」
ダンジョンマスターとコアの性格、資質や、基盤となるダンジョンの特性によって、《秘本》で作成可能な「もの」の種類や必要となる魔力は大きく異なってくるらしい。
鉱山系のダンジョンを管理しているシバ様は、鉱石や宝石、拠点防衛用の《柱》などを作成できるかわりに、食糧生産については壊滅的だ。だから、《黄金都市》のマスターと協力しているわけだけれど。
「モーリィも、シバ様と同じで食料に困ってるってことかな」
「そうであろうな」
《氏族》によって、困った結果の対処法が違うのだろう。シャンバラに属する《七色鉱山》は、《黄金都市》に鉱石を提供するかわりに食料を得ている。ヴァルハラに属する《紺碧戦艦》は、移動するダンジョンという特性を活かして、あちこちで略奪を行っている。
「さて、推して参るぞ」
僕の場札を攻略すべく、ベリルの手から出されたカードは《鍵の七》。表向きになっていた一枚目の《杯》を排除して、二枚目をめくる。
「《杖の十》、じゃと」
「残念。僕の番だね」
手札を一枚増やして、しばし考え込む。自分の場札を伸ばすか、そろそろベリルの場札を攻略するか。
「それに、お主ほど魔力を持っておらんマスターは、そうそう配下のために魔力を使えんからの」
「あー、なるほど」
ダンジョン無しの現状でも、カロッテのために毎日《高級栄養剤》を作成できている僕は、かなり恵まれている方であるらしい。
今思えば、《黄金都市》のあちこちにあった《緑苔》の発生装置は、弱い配下たちのために用意した「苦肉の策」だったのだろう。魔法を使えなかった僕のために特別何かをしてくれた訳ではなかったけれど、飢え死にしなかった点については、マスター・メロウに感謝しなければ。
「ほれ、トトよ。いつまで考えておる」
「ごめんごめん」
山から引いた《剣の九》は、自分の場札に継ぎ足すことにした。ただ奪われるだけというのは勘弁だけれど、略奪に加担する気にはまったくならない。
「どこか誰にも邪魔されないところで、静かに暮らせればいいんだけど」
「それも悪くない、かもしれぬの」
狭い運搬艇の中の暇つぶしは、まだまだ続きそうだった。
《ダンジョンクロウラー》
アルカナカードを用いた対戦ゲーム。互いに相手のダンジョンを攻略する。
スートの強弱は「《剣》>《鍵》>《杯》>《杖》>《剣》」。




