蒼星再び
《対話の代貨》を使った対話を聞いて、また気分が悪くなる。モーリィの対話相手、黒いローブを身にまとった男が言っていた「鉱山」とは、もしかしてシバ様のダンジョンのことじゃないのか?
痛みでまとまらない思考を働かせ、左手を持ち上げて《秘本》を開く。
【警告。競合発生中、および、敵対勢力が一定距離内に存在するため、コストにペナルティが発生します。】
これからどうするべきか考えていると、青い甲冑のダンジョンマスター、モーリィがこちらを向いた。
「無理せん方がええで。魔力の使い過ぎで倒れたんやないの?」
違う。魔力以外の基礎能力が低すぎて、身体が負荷についていけてないだけだ。けれど、僕は無言で手を下ろす。
モーリィは、うんうんと満足そうに頷いて、身振りを交えて言葉を続けた。
「ここまで接近したら、俺かてコスト少ないのを普通に召還するくらいしかできんのに。トト君には無理っしょ」
ちらと見た感じ、必要な魔力は通常時の二十倍まで跳ね上がっていた。それに加えて、即時顕現となるとさらに数倍の魔力を必要とする。余程高レベルのダンジョンマスターでもなければ、《奇跡》に頼って戦うことができなくなる。モーリィの移動するダンジョンは、それを狙って肉弾戦に特化しているのだろう。
上体を起こして、改めて僕は周囲を見回した。どうやらベッドに寝かされていたらしい。白いベッドの並んだ、医務室のような部屋の窓からは、僕の《農場》が見えている。ライナスとかいう虫人によって、《戦艦》の中まで運び込まれてしまったのか。
ダンジョンマスターとコアの繋がりは、離れていても有効らしい。ベリルとカロッテはどうやら、散々荒らされたニンジン畑の辺りで隠れているようだった。
「それで、僕を、どうするんです?」
ベッドに腰掛けている僕に対して、青い甲冑の男は立ったまま考える素振りを見せた。
「……ここで再会できたのも何かの縁やし、やっぱ俺と一緒に来えへん?」
「僕のダンジョンが、あるんで」
「指示なら離れてても出せるし、うちの連中にも世話させるし、大丈夫やって」
監視させる、の間違いだろう。僕が黙って考えている間も、モーリィは話し続ける。
「あー、でも、もう少し果物の種類が増えてくれると嬉しいなァ。ほら、俺って甘いモン好物やし」
やはり彼にとって、僕のダンジョンは手頃な食料庫くらいの認識なのだろう。《秘本》へと意識を向け、痛みを堪えながら尋ねてみる。
「それで、どんな果物が、いいんです?」
「せやなぁ、梨がええかなぁ。むかーし、どっかのダンジョン潰したときに食った奴は美味かったわ」
うんうんと楽しそうに頷くモーリィに、また胃のむかつきを覚えながら、彼のリクエストを吟味する。
土のブロックに梨の苗木。たっぷりの肥料に栄養剤。それから、《陽光灯》は大盤振る舞いで四本として。魔力の方は。
「……足りる、か」
十個近い設置予約の表示が、視界の片隅に現れた。強まる頭痛を堪えてベッドから降り、窓際に近づいて振り返る。訝しげに首を傾げるモーリィの、足元あたりが丁度いい。
「即時顕現、全部」
「お、おい」
僕の宣言に慌てて一歩を踏み出したモーリィが、床の上を埋め尽くす土砂に足を取られて倒れ込む。部屋の四隅から斜めに生えた《陽光灯》が、中央に植わった苗木を強く照らし始める。
結果を最後まで見届けることなく、僕は窓から飛び出した。眼下には、青い水の領域が広がっていた。




