《先見の片眼鏡》
どうしたものかと呟きながら、狗頭のダンジョンマスターが何処からともなく取り出したのは、僕の背丈よりも長い金属製の棒だった。表面には様々な文字や図形が刻み込まれていて、どうやら魔法の道具であることが窺えた。
「《見習い魔法使いの杖》というんだが……ちょっと持ってみたまえ」
杖と呼ぶにはいささか語弊がありそうな、鈍器めいたそれを目の前に差し出される。僕は少しだけためらってから、両手でしっかりと受け取ってみた。
見た目通りの荷重が両腕にかかり、取り落とすまいと悪戦苦闘した結果、僕が杖に寄りかかっているのか、逆に寄りかかられているのか分からない姿勢でようやく安定した。
そんな、斜めになった僕と杖の様子を見て、狗頭のダンジョンマスターは難しい顔で唸り声を上げた。どうやら怒っているわけではないようだけれど、普通に怖い。
「まあ、それでいいか。《魔力弾》の魔法は使えそうかな?」
「……すいません、駄目です」
魔力を流し込んでみても、杖が反応する様子は無い。さもありなん、とダンジョンマスターは肩をすくめる。
「やはり、必要膂力値が足りてないと装備品扱いにならないんだな。となると……これはレベル制限で引っかかるし……こっちは精神値が必要、か」
「その、マスター様? あまりお手数おかけするのもご迷惑でしょうし」
「いやいや、気にするな。ここで放っておく方が、俺の精神衛生上良くない」
僕の遠慮をばっさり切り捨てたダンジョンマスターが、ずい、と顔を近づけてくる。
「それとな、俺の名前はシバだ。マスターサマ、なんて呼ばれ方されると、なんだ、背中が痒くなる」
「は、はい」
シバ様の手が《見習い魔法使いの杖》を掴み上げると、杖は光の粒になって消えてしまう。入れ替わりに現れたのは、小さな装飾品だった。細い銀色の鎖がついた、薄い透鏡を片目に当ててみせ、シバ様は口を開いた。
「《先見の片眼鏡》。これなら能力値の制限なし、トト君のレベルでも装備できる。これをあげよう」
「本当ですか!」
震える手で片眼鏡を受け取って、左目で覗き込んでみる。眼鏡とは言うものの度が入っているわけではないらしく、見える風景はいつもと変わらなかった。
「ただし、使用可能になる魔法は攻撃系でも補助系でもない」
「それでも、使えるようになるんですよね、魔法」
シバ様は頷く。屈んでいた姿勢を戻し、空中の「何か」へと視線を向ける。
「《未来視》の魔法。片眼鏡に魔力を流し込むことで、確定している未来を見ることができる。どれだけ先を見ることができるかは、流し込んだ魔力の量によって変わってくる。トト君の魔力なら、最大で五日先、といったところか?」
何だか凄い魔法だった。上手く使えば、敵の動きを先読みしてひらりとかわす、とかできるんじゃないだろうか。貴重な鉱石が埋まってる場所も事前に分かったりとか。
僕の表情から何を考えているか察したのか、シバ様は軽く肩をすくめた。
「残念ながら、トト君自身の行動次第で変化する可能性のある未来は、一切見ることができない」
「……ええと?」
「戦闘や探索に活用するのは難しい、ということだ」
そうでもない魔法だった。というか、途端に使い道が分からなくなった。
僕が片眼鏡をポケットに仕舞い込んだのを見て、シバ様は宥めるように声をかけてきた。
「そう気を落とすな。もしかしたら何かの役に立つかもしれないし、地道に頑張ってりゃ他の装備も使えるようになるはずだ」
そうは言っても、地道に頑張ってきた結果が、この現状なのだけど。
シバ様はさらに言葉を続けようとしていたものの、鉱山の中から近づいてくる話し声に気付いて口を閉ざした。
《棍棒:見習い魔法使いの杖》
必要膂力: 50.0
装備者は《魔法:魔力弾》が使用可能になる。
戦闘職向けの補助装備。
《装飾品:先見の片眼鏡》
装備者は《魔法:未来視》が使用可能になる。
流し込んだ魔力1点につき、1時間先を映し出す。
装備から外すか、最後に魔力を流してから一分経過すると効果が終了する。