決着
ベリルの《植物操作》から逃れられたのはライナスだけだった。彼は素早い動きで跳躍し、僕の方へと突進してくる。
「生成、《土壁》、即時顕現!」
一瞬で、僕とライナスの間に障害物が出来上がる。けれど、すぐに土壁の横からライナスの姿が現れた。彼は背中の小さな羽根を震わせて、急角度でさらに方向転換した。
「──!」
僕に迫ってくるライナスの太刀を、カロッテの鍬が弾き返す。進路をずらされ、離れた場所に着地したライナスの背後に、間をおかずに鍬が振り下ろされる。
振り向いて受けるのは間に合わないと判断したか、ライナスは横に転がってそれを避け、絡みつく根を引きちぎって立ち上がった。
「大した足止めにもならぬの」
「しかも、素早いし」
僕の配下ではないから、詳しい能力は分からないが、恐らくは相当のレベル差があるに違いない。とはいえ、こちらには《農場》による補正があるし、親方謹製の武器《耕し丸》もある。カロッテ自身も、狩りや鍛錬を繰り返して以前より強くなっているのだ。
激しく打ち合うふたりから離れて、ベリルは《植物操作》に集中する。二対一なら負けはしないだろう。僕の魔力にもまだ余裕がある。
予想通り、目の前のニンジンと死角から責め立てる大樹の根の両方を相手にして、ライナスは耐え切れずに傷つき始めた。
他の虫人たちが乱入してこないかどうか、ダンジョンのあちこちに配置した《人形》の視点を切り替えていく。その途中、頭の中にまたメッセージが聞こえてきた。
「また、増援?」
若干の面倒臭さを覚えつつ、メッセージの内容に注意を向ける。
【警告。競合発生。コアクリスタルの相互干渉により、権能の行使に負荷が発生します。】
同時に襲ってくる、久しぶりの強い頭痛とめまい。それは収まることなく、逆に少しずつ強くなっていった。
青い甲冑のダンジョンマスターについて、すっかり失念していたことがひとつあった。彼のダンジョン、《紺碧戦艦》は、移動できるダンジョンだった。
彼のダンジョンがここに接近していて、そのせいで、僕は頭痛に悩まされているのか。
「カロッテ。ベリルを連れて、隠れてて」
朦朧とした意識の中、僕はなんとか指示を出す。彼らの目的がダンジョンの制圧なら、ここで僕が命を奪われることは無いはずだ。けれど、ベリルに手を出されたら意味が無い。
強い耳鳴りのせいで何も聞こえない。メッセージも、ベリルの声も。歪む視界の中、カロッテが隠し通路へと飛び込んでいくのを見届けて、僕は目を閉じた。
◇
【──《征服の旗印》が設置されました。支配領域内での獲得マナの一部が《氏族》ヴァルハラに譲渡されます。また、同《氏族》のミニオンが強化されます。】
頭の痛みで意識を失ったというのに、目覚めるのもまた痛みが原因だった。少しだけ大人しくなった耳鳴りに重なって、突き刺すように聞こえたメッセージに、危機感を抱いて薄く目を開いた。
横倒しになった視線の先に、蒼と黒で彩られた紋章旗、《征服の旗印》があった。その横では、ライナスが部下らしき虫人から報告を受けているようだった。
「逃げた連中はどうだ?」
「通路が狭い上に木の根が邪魔で、思うように進めないようで」
「木の根は切り払っても構わん。その程度でダンジョンコアが傷つくことはなかろう」
いきなりライナスの顔がこちらを向いたので、咄嗟に目を閉じる。僕が目を覚ましていることに気付いただろうか。
足音が近づいてくる。首根っこを掴まれ、持ち上げられて気分の悪さが増してしまう。
「隊長?」
「戦闘中にいきなり気絶するような貧弱さでも、仮にもダンジョンマスターだからな。モーリィ様のところに連れて行って、処遇を決めてもらう。お前はこの木を見張っておけ」
頭を揺らされ、僕はまた意識を手放してしまった。
《設置:征服の旗印》
《氏族》関連アイテム。《氏族》に寄進されたマナを費やすことで作成できる。
一定範囲内を特定の《氏族》の支配下に置き、獲得マナの一部を《氏族》の蓄積領域へと強制的に吸い上げる。
また、支配領域内ではミニオンの能力に有利な補正がある。
設置後24時間は移動できない。




