虫人の侵攻
どうやら、最初の部隊はこちらの実力を測るための様子見だったらしい。
黒い甲殻を身にまとった角つきの虫人が、戻ってきた一団に対してあれこれと指示を出しているのが見えた。
水路を渡るのをいったん諦めた彼らは、ニンジン畑や果樹園をくまなく調べ始め、やがて地下への入り口を発見してしまった。本隊が地下へと侵入し、統率の取れた動きで食料庫や魔物の巣を制圧していく。先頭に立って戦っているのは、指揮官らしき角つきだった。
片刃の大太刀を振り回す姿は、相当な手練であることを伺わせる。落石や落とし穴、水攻めの罠などで後続の一団は撃退できたものの、先を進む彼らの勢いは止まらない。
「《人形》たちじゃ、相手にならないかな」
「ならば、出迎える準備をせねばのう」
「うん。そろそろ最下層に入ってきそうだ」
ベリルとカロッテに状況を説明するために広げていた地図を丸めて、《保管庫》に収納する。
立ち上がって土を払い落とし、決戦場としてこしらえた広い空間をもう一度見回した。
天井からは、大樹の根がいくつも伸びている。壁や床にも、網の目のように根が張り巡らされていて、気をつけなければ足を引っ掛けてしまうだろう。
背後の壁面にはひときわ太い根があって、そこには緑色に光る宝石が埋め込まれている。ベリルの《植物操作》と《陽光灯》を組み合わせて、万一のことを考えて作ったものだ。
「こんなので上手く誤魔化せるのかな?」
「お主がマスターになる前のことを思い出してみるがよい。あれがダンジョンコアかどうか、マスターでもなければ迷うことであろうよ」
それもそうか。もうひとつの視覚なしに判別できるかと聞かれたら、僕もちょっと困る。
広間の反対側に見える通路から、複数の足音が近づいてくるのを耳が捉えて、僕はふたりに目配せをした。
やがて、通路から虫人たちが姿を見せる。先頭に立つのは、やはり角つきの武人だった。
「我が名はライナス。《紺碧戦艦》の使者である。ダンジョンマスターはおられるか」
《紺碧戦艦》ときた。あの、モーリィとか言う青い鎧のマスターを思い出していると、名乗りを上げたライナスが何歩か近づいてきた。
彼は視線を僕に向け、ベリルを見て、最後に鍬を担いだカロッテへと身体を向けて。
「もしや、貴方が──」
「僕ですが」
一歩前に出て、耳を伸ばす。何をどう考えたら巨大ニンジンをダンジョンマスターと勘違いするのか。虫人の表情は分かりにくくて、冗談なのか本気なのかはっきりしない。
ライナスは意外そうに首を傾げた後、僕に対して一礼した。
「これは失礼した。出来たばかりにしては、なかなかのダンジョンであった」
「僕に何か用でしょうか?」
彼の感想なんか、別にどうでもいい。あちこち散々荒らし尽くされて、食料庫からも大量の食料を運び出されてしまっている。取り戻しが効くとはいえ、彼らにはもう少し痛い目を見てもらいたいところだ。
「我がマスター、モーリィ様からの通達である。《氏族》ヴァルハラの傘下に加わるべし」
「断ったら?」
「同意が得られぬ場合、ダンジョンを制圧せよ、と命令されておる」
駆け出しダンジョンマスターなんか、相手にならないということか。余裕たっぷりの態度を見て、隣に立っていたベリルが小声で聞いてくる。
「もう、やってしまわぬか?」
「……そうだね」
カロッテとライナスがそれぞれの得物を構え、背後の虫人たちも身構えた。けれど、彼らが襲ってくるのを待っているつもりは無い。
もう既に、虫人たちの足元に、あるいは頭上に、大樹の根は伸ばされている。




